第12話 子爵令嬢と男爵令嬢
* ブライム視点 *
自分で決めたのにつらくて、耐えられそうもなくて。
そんなとき、ちょうどよく、ボクの食事に毒が入れられた。
死ぬほどではない毒。
二日ほど吐いて、七日ほど寝込んで。
ただ、それだけの毒だけど。
毒のおかげでボクが泣いても不自然じゃなかった。
寧ろこのタイミングで毒を入れてくれてありがとうとさえ思った。
吐きながら泣く。
自然に泣ける。
ヴィーちゃん、さよなら。ホントは好きだよ。
心の中で、何回も繰り返しながら、泣くことができる。
誰だか知らないけど、毒を入れてくれてありがとう。
できるのなら、もっと強くて即死するくらいの毒だったらよかったけど……なんて、強がり過ぎだな。
本音は、死にたくないんだよね、ボク。
ホントは、父王みたいに薬で阿呆にされたくないんだよね。
しあわせになりたい。
無理だけど。
夢を見る。
王城から逃げる夢。全部振り切って、ヴィーちゃんとどこか遠くに行く夢。
小さな島のようなところがいいな。
花が咲いているところがいいな。
そこで、笑って過ごすんだ。
夢は夢で。実現なんて無理だけど。
諦めるつもりで、諦めきれずに。阿呆のフリをしてやり過ごす。
でもつらい。
つらいから……、また食事に毒とかが混ざっていないかな? そうしたら泣けるのに。
そんなことを期待しながら、城下を視察。
視察……、多分、ボクを誘拐とかして害したい人がいて、そういう一派が城から出る公務をたくさん入れて、護衛を少なくして。
でも、ボクをあがめたい一派もいるから、あとから護衛が追加されたりして。
実に中途半端だなあ。なんて思いながら。
そうしたら、治安の悪い通りの近くに、二人の女の子がいた。
お互いの手を取り合って、震えて。
この先に進まないといけないのに、足が震えて進めない……みたいに。
気になって、護衛の一人に命じて、ボクの乗る馬車に二人を連れてきてもらった。
それが、リリとレア。
二人は元々幼馴染というか、領地が隣り合っていて、代々家族ぐるみの付き合いで。
で、親である子爵と男爵が、一緒に悪徳商人に騙されて莫大な借金を負ったって。
「……両親たちはもう首をくくるしかないって」
「それくらいなら、あたしたちが、娼館に行ってお金を稼いでって」
「でも……怖くて」
「足が、動かなくて」
「行って、お金を稼がないと、もうアタシたちも……」
「……死ぬしかないのに」
真っ青な顔で、リリとレアが言った。
「死ぬの?」
「嫌だけど、仕方がないです」
「ふーん」
よくある不幸。
よくある話。
ホント、悪いんだけど、ボクは気分が殺伐としていたんだ。つらくて、苦しくて、どうしようもなくて。
だから、思わず言った。
「……その借金、ボクが支払ってあげる」
「え?」
「え?」
「その代わりに君たち二人の命をボクにちょうだい。ボクも多分、将来的に、殺されるか傀儡にされるかでさ。一人でそういう目に合うの怖くて、嫌で。一緒に耐えてくれる人が欲しくって」
馬車に揺れながら、ボクは全部リリとレアに話した。
ボクが王太子であること。
父王が聖女にしたこと。
現在の父王の様子。
教会側のこと。
ボクが『罪の子』として、蔑まれていること。
それから……ヴィーちゃんのことも。
毒入りの食事のことも。
包み隠さず、全部。
「大好きな子をしあわせにもできないボクだけど。今、二人の家の借金くらいならなんとかできる」
お金なんて、ボクの部屋の絵画とか壺とか服とか売ったら簡単に作れるだろ?
「リリ、レア。すぐにじゃないけどボクと一緒に死んでよ。死ぬ代わりに父王みたいに薬で阿呆にされて傀儡状態でずーっと生きることになるかもしれないけど」
リリとレアはボクの側に居ることを選んでくれた。
ありがたいな。
ヴィーちゃんとは一緒には居られないけど、ほんの少しだけ、つらさが薄まったみたいで。
息をするのが、少し、楽になった。
といっても、ボクを取り巻く状況が変わったわけじゃない。
思い出したように、というか、嫌がらせのように、たまに食事に毒は入っているし。まあ、最近は毒をわざわざ飲まなくても、リリとレアがいるからね。
どうしても泣きたくなってどうしようもないときなんかは、二人が偽装をしてくれる。
天蓋付きのベッドの、その重たいカーテンを閉めて、ボクは毛布にうずくまって泣くんだ。
そんなときはリリとレアが、ボクとふざけて戯れている演技をしてくれている。
きゃあきゃあはしゃいで、わざと嬌声を上げて。
……変なことさせてゴメンって思うけど、ボクの泣く時間を作ってくれているリリとレアはもう手放せない。
このまま、死ぬまで、こうやって、つらさをやり過ごして、リリとレアに迷惑をかけながら生きていくんだろうなあ。
ボクができることはそれしかないんだろうなあ。
阿呆のフリで。
無害なフリで。
ヴィーちゃんのことを、本当の意味では忘れることもできないで。
ああ……、そうだ。ヴィーちゃんだ。あの子にはしあわせになってもらわなくちゃ。
ボクの知らないところで。遠くで、どこかで。
ごくあたりまえに結婚して、旦那さんと子どもに囲まれて。しあわせに。
……相手がクレメントなら、いいかな? だって、クレメントはヴィーちゃんのことが好きだし。ヴィーちゃんを守ってしあわせにするための努力くらいはしてくれるだろう?
ボクの勝手な希望。ボクの代わりに、クレメントが、ヴィーちゃんをしあわせにしてよ……。
そう、思っていたのに。
「現国王陛下の唯一の子であるブライム・ガブリエル・リンダークネッシュ王太子殿下。あなたは王太子という地位のまま、国王になることなく、このわたくしに一生飼われ続けるの」
薔薇の花のように、物語や演劇の悪女のように……ヴィーちゃんは、ボクを見て……嗤ったんだ。
「ごめんなさいね、ブライム王太子殿下。……ああ、婚約者になりますので、今後はブライム様と呼ばせていただくわね」
張り付けたような淑女の笑みを浮かべながら、ヴィーちゃんが告げてくる。
「ヴィーちゃん……、い、いや、ヴィクトリーヌ嬢」
「ヴィーで構いませんわ。婚約者であるのなら、愛称呼びも、呼び捨ても、親しさを表すようで素敵ですもの」
「ですが、婚約者でもないのに馴れ馴れしく、このわたくしを呼び捨てにする男は嫌いなの」
「は?」
予想外。というか、クレメント……。そこまで嫌われていたの? 馬鹿なのか⁉ 好きなら、好かれる努力をしろ……って、ボクもできないのに、クレメントにだけ押し付けるのは酷か……? でも……。
でも、ボクの希望は、ガラガラと、崩れて落ちた……。
どうしよう。
戸惑っているボクに、ヴィーちゃんは三つの選択肢を突き付けてきた。
「ブライム様に選択肢は三つ。一つ、わたくしと婚姻を結び一生飼われる。二つ、現国王陛下のように傀儡になる」
「三つ、病を得て儚くなる。その際は、その両腕にぶら下がっているお二人のご令嬢も、ブライム様と運命を共にすることになりますわね」
「ここまで内情を知って、放置はできませんもの。一蓮托生ですわね」
淡々と紡がれる言葉。
でも……。
指が。
ヴィーちゃんの細い指が……震えてはいないけど、ものすごく、力が入っていた。関節が白い。
クレメントたちとのお茶会の時。
交流会の大広間。
霧雨の中の薔薇。
ヴィーちゃん、君は……。もしかして、ボクを守ろうとしている……?
自分の情けなさと……それでもヴィーちゃんと婚約できる嬉しさに、ボクはどうしようもなくなって……。
ぶっきらぼうに、婚約届に名前だけを書きなぐって、それで……。謁見の間から、さっさと去った。
もちろんリリとレアを連れて、部屋に戻って、ベッドの上で毛布をかぶって、泣いた。
情けない。
嬉しい。
どうしようもなく悔しい。
好きな女の子を守るんじゃなくて、守られて。
だけど、ヴィーちゃんとの婚約は……、嬉しくて。
ああ、本当にボクは情けない男だな!
毛布をかぶって芋虫みたいにしていたら、リリが言った。
「よかったですねえ」
レアが毛布の上からボクの頭を撫でる。
「アタシたちけっこうヴィクトリーヌ様好きですよ」
そうだよ! ボクだって好きだよ! 大好きだよ!
こんな情けない男を、守ろうとしてくれている女の子を、好きにならずにいられないよ! メチャメチャ惚れ直したよ! ボクが情けなさすぎて、そんな思いは言えないけどね!
「リリ、レア……」
「はい」
「何でしょう」
ボクは弱い。一人じゃ何にもできない。泣くのすら二人の協力がいる。
「ボクと一緒に死なないで。もしもこの先、何かが起こったとき、ボクを見捨てていいからヴィーを守って」
「はい」
「わかりました」
未来を予知とかしていたわけじゃない。
聖女の息子といえどもボクには何の力もない。
ただ……ヴィーちゃんのために、ボクができることなんてなくて。
リリとレアに頼むしか。
でも……、この命令のせいで……あんなことになるとは思ってもみなかったんだ。




