第11話 王太子
* ブライム視点 *
……ルクヴルール侯爵家の三人の令息たちはすごくうるさい。
正確に言うと、口の達者な上の二人の兄が、一番下の弟をからかうという構図で……。
可哀そうな弟は涙目になって、兄たちを睨む……。
そういうのは、自分たちの屋敷でやってくれればいいものを、仮にも王太子の位にあるボクの前でもしている。
まあ……ね。過去にあれこれやらかしたボンクラでお飾りでしかない国王の息子のボクと、『裏の国王』とまで言われているルクヴルール侯爵の息子たちでは……、いくらボクに王太子という名称がついていても、実際にはあっちの方が権威も権力も上だ。
だからね、ボクはね。
目の前で三兄弟が何をやってもにこにことしている。
口達者な二人が、下の弟……クレメントをからかいすぎて、クレメントが癇癪を起してテーブルクロスをひっくり返しても、茶器を割っても。
ボクは「あはははは、男同士の兄弟って元気だねー」って感じに笑うだけ。だって、それしかできないし。
クレメントは悪いヤツじゃないけどね。三人兄弟の一番下。しかも兄たちとは年がかなり離れている。年の差は埋められない。勝てるはずがない。
兄たちも、本気でクレメントを怒らせているわけではなくて……年の離れた弟がかわいいのか……は、分からないけど。からかって楽しんでいるだけかもしれないけど。
まあ、別に。
ボクが口を出すところではないよね。
でも、何回も一緒にお茶をしたけど、毎回兄弟の諍いに巻き込まれるのはさすがに面倒だなあ……。なんて思い始めたところに、ボクのお茶会に女の子が一人増えた。
ヴィクトリーヌ・クリフォード・ジェモン侯爵令嬢。
二大侯爵家のうちの片方の女の子。
年はボクやクレメントと同じハズだからまだ十一歳かな? 誕生日が過ぎていれば十二歳?
緩やかで長い赤みがかった金色の髪と緋色の瞳のきれいな子。
その子が参加したことで、お茶会の様子は変わった。
まず、クレメント。
初めてヴィクトリーヌ嬢を見た時に、ぼーっとなっていたクレメント。
兄たちのからかいも、耳に入っていないんじゃないのかな?
顔も真っ赤で……。
すごいなー。ボク、人が恋に落ちたところ、初めて見ちゃったよ。
最初は、そんなふうに思っていた。
まあでも、一目ぼれするくらいには、ヴィクトリーヌ嬢はきれいな女の子だった。
顔かたちだけじゃなくて。所作もね、すんごい優雅。さすが高位のご令嬢。かなり高度で厳しい教育を受けているんだろうなあ……。
そのヴィクトリーヌ嬢は……クレメントの兄たちが、クレメントをからかうところを見て、すんごいタイミングでにっこりと笑うんだよね。
「まあ、さすがですわね。年上の殿方の物の見方は勉強になりますわ」とか、「素敵ですわねー。そういえば、別の話ですが、先日こんなことを聞きまして」とか、兄たちがクレメントをからかうことからさりげなく話題を変える。
すんごいなー、この子。
高位令嬢で。きれいで。物怖じもせずに、年上の令息をやんわりとたしなめるというか、話題を逸らす。
でも……、よく見れば……。クレメントの兄たちをたしなめているとき……、手が、指が、ほんの少し震えていた。
ドレスの上に置いてある手にも、ぎゅっと、力が入っていた。
ああ……、この子、ホントは、物怖じしないんじゃない。平気でやっているんじゃなくて……怖かったり緊張したりするんだ……。でも、それを見せないように、優雅に微笑んで……。でも、手は、指は、震えるのを完璧に隠すことはできないでいる。
なんでもできてすごい子じゃなくて……、怖くても、勇気を出して立ち向かえる子なんだ。
クレメントじゃないけど……好きになっちゃうよね。
多分、ボクも。
少しずつ、ヴィクトリーヌ嬢のことを好きになっていった。
ボクは腐っても王太子だし、ヴィクトリーヌ嬢は二大侯爵家の片方のご令嬢だし。
……お茶会にやってきたのも、きっと、将来のボクのお嫁さん候補なんだろうなあ。
なんて、心の半分では嬉しく思って。クレメントにゴメンなんて思って。
でも、心のもう半分では……、ボクのお嫁さんにだけは、ならせたくないなあって思っていて。
だってねえ、馬鹿なことをした父王のおかげで……ボクは『不義の子』だの『罪の子』だのなんだのと言われている。反対に『神から祝福された子』なんても言われているんだけど。
ホントね、どっちかにしてくれって感じだけど……。
ボクが嫌いな人がいる。憎んでいる人もいる。
ボクのことをあがめている人もいる。
ボクのせいではないけれど。
父王のやらかしのせいだけど。
……父王を、責めても仕方がない。
多分、ボクが五歳くらいまでは。父王はごく普通にボクを愛していてくれていたんじゃないかなーと思う。あんまり記憶にはないけれど、それでも、笑顔で、ボクの頭を撫でてくれた父王の掌のあたたかさを覚えている。
でも、今は。
父王にお会いしても、ぼーっと焦点の合わない目で遠くを見ているだけ。
その様子は神様からの天罰と言う人もあれば、ルクヴルール侯爵あたりが父王に薬を盛って阿呆な状態にさせているという人もいる。
真実は分からないけど。
もしも、ルクヴルール侯爵が父王に薬を盛っていたとしても……ボクはルクヴルール侯爵を咎めることができない。
だって、ボクの母は。聖女は。
父王のせいで病んだのだから。
だからきっと、ボクも父王のように阿呆にさせられるんだろう。
そうでなければ破棄されるんだろう。
分かっていても、ボクは何もできない。
ボクの未来に、好きな女の子を巻き込むべきじゃないよね。
ごく普通の王様の、ごく普通の王太子なら。
ボクはヴィクトリーヌ嬢と結婚して、王と王妃になって国を導くなんて未来もあったんだろうけど。
駄目だよね。
うん、巻き添えにしちゃ駄目だ。
……クレメントは、今は、兄たちに馬鹿にされて、からかわれて半泣きになっているようなヤツだけど。きっと、大人になったら、いいヤツになるんじゃないかな? だって、ヴィクトリーヌ嬢みたいな女の子を守るためだったら、すっごく強くならないと駄目だろう? 全力でいい男になるよね⁉ なれるよねって、ボクの願望かなあ? ボクができないことを、クレメントに託したいだけ? かもしれないけどね……。
その後も、何回か、お茶会にクレメントもヴィクトリーヌ嬢も呼ばれて、交流を持って。
知れば知るほど、好きになるなあ。
どうやって諦めたらいいのかなあ。
ボクはヴィクトリーヌ嬢をしあわせにできないのに、諦められないなんて、困るなあ。
どうしようかな。
諦めないとな。
そんな中、大勢の令息や令嬢を招いた大規模な交流会が催されることになった。
令息は、きっとボクの将来の側近候補とかで。
令嬢は、きっとボクの将来のお嫁さん候補とかで。
……クレメントとヴィクトリーヌ嬢。二人がもちろん本命なんだけど。
でも、阿呆なボクに二人はもったいないって考える大人もいて。
ある程度まともで、でも、捨てても惜しくない程度には阿呆で。それから……ルクヴルール侯爵とか誰かの手足となって、ボクの考えとか動向とかを知らせる使い勝手のいい人間が求められているんだろうなあ。きっと。
ボクを、どの程度、放置していていいのか。
薬とかも使って、傀儡にしたほうがいいのかとか。
決めるために、ボクを探る役目……という感じの側近役が求められているのかなあ?
仕方がない。
だって、父王が、アレだもん。
ボクも、いつか、意識なんてなくて、ぼけーっとして、お飾りにされて……、飼い殺しにされるんだろうなあ。
悔しいなあ。
嫌だなあ。
でも、たった十二歳のボクにはできることなんてないんだよなあ。
大人になったら対抗するなり逃げるなりできるのかなあ。
……無理そうだけど。
ルクヴルール侯爵はそこまで温くない。他の大人たちだってそう。
あー……。
薔薇園で開催されるはずだった交流会。霧雨が降って来て、いきなり大広間に場所が変更になった。
……王妃がいない、内向きのことを統括する立場がいない王城では、突発事項が起こると、使用人たちの動きも統制されなくなってしまう。
女官長とかは一応いるんだけど……、彼女だって、誰かに確認しないと動けない。
誰か?
普通なら王妃とかになるのかな? でも王妃はいない。
では国王? 薬とかでボンクラにさせられている国王はなーんの対処もできない。
ボクが……口出しをすれば……。いや、駄目だね。うっかり、この場を仕切ってしまえば、ボクの身がどうなるか分からない。
うまく転んで、ボクを傀儡じゃない真っ当な王として立ててくれる道が開ける……なんて、運がいいことをボクは考えない。リスクを考えれば……ボクは、阿呆で使えない人間を装っていたほうが良い。多分だけど、そっちの方が安全性は高い。
仕方がない。適当なところで大広間に登場すれば、何の指示も出さなくても、それなりに何とかなるかなー。それとも使用人たちがますます焦るだけかなー。
決めかねていたら。
「ねえ、皆様。準備が整うまで、座って待ちませんこと?」
ヴィクトリーヌ嬢の凛とした声が、大広間に響いた。
ボクは扉が開いたままの大広間のドアのすぐ裏に居て、その声を聴いた。
お茶会の時の、クレメントの兄たちをやんわりと咎めた時のあの指の震えが思い出された。
今も、ホントは手が震えるくらいなのに、それでも、声を上げて、みんなが不安にならないようにって。
……ホント、すごい女の子だ。勇気がある素敵な子だ。
ゴメンね、クレメント。ボクも、ヴィクトリーヌ嬢が好きだよ。本当は、あの子の手を取りたかったんだよ。指の震えを、ボクが止めてあげたかったんだよ。
でもねえ……できないんだよね……。悔しいなあ。情けないなあ……。
大広間に入る。
一斉に頭を下げてくる令息や令嬢たち。
その中で一番きれいなヴィクトリーヌ嬢。
泣きたくなって、何も声をかけないまま、バルコニーに出た。
霧雨。
濡れる薔薇の花。
雨になんて濡らさないで、傘をかざしてあげるとか、屋根をつけてあげるとか。
してあげたい。
でも、無理だ。
ボクはヴィクトリーヌ嬢をしあわせにはできない。
だから、今、ここで、君への思いは忘れるよ。
サヨウナラ、ヴィクトリーヌ嬢。
最後に一回だけ言わせてね。
「雨がね、薔薇を濡らして。その水滴が宝石みたいに見えるんだよ!」
「ほら! ヴィーちゃんのドレスも!」
ヴィクトリーヌ嬢。ボクの初恋の人。
ねえ、君は本当に、姿も形も心も全部。まるで薔薇の花のように「すっごくきれい!」だよ。一緒にいる未来を掴みたかったんだ。一緒にしあわせになりたかったよ。
でも。
さよなら。




