第10話 婚礼衣装とケーキ
結婚式までおよそ一年。
茶番とはいえ大々的に行うので、それなりに準備が必要。
まず婚姻後の住まいは……王城の裏の今は使われていない離宮を用意してもらっている。
高い壁に囲まれていて、昔は罪を犯した王族を軟禁している場所だったらしい。
でも建物は立派だし、ブライム様とわたくしとリリさんとレアさんで暮らすには広すぎるくらいに広いし。中庭には薔薇園もある。
そちらの修繕はルクヴルール侯爵に任せて、わたくしは婚礼衣装を仕立てます。
「あ、あの……本当にあたしたちの分まで……」
「もちろんよ、リリさん、レアさん。まずは採寸をしてもらって、それから婚礼衣装を選びましょう」
ジェモン侯爵家の屋敷に、半ば連行するようにして連れてきたリリさんとレアさんは、最初は戸惑って、恐縮していたけど……やはりご令嬢。ドレスの見本となる布を実際に触ったり、仕立て屋が描くドレスの完成予定図を見たりしているうちに、浮き立ってきた。
「えっと、やっぱり、ヴィクトリーヌ様の赤金色の御髪を引き立てるには……、ドレスの色は純白だとしても、ドレスの裾の縁取りには髪と同じ色の金糸を使いたい……!」
「でも、リリ。赤金の縁取りは素敵だけど、少し透明感を増した金色のほうが良いと思うのよ」
「あー! つまりブライム様のアカシアハチミツ色ね! でもその色はヴェールのほうが良いんじゃない? ドレスの裾はやっぱり赤茶色の色で刺繍! 絶対映える!」
「……そうすると、ヴィクトリーヌ様の被られるヴェールは背丈より長く、床に届くくらい……いえ、長々と引きずるロングヴェールね! 入場するまではあたしたちが二人でヴェールを持って、祭壇に向かうときは、ふわーってヴェールを広げて……」
「それ、いい! 絶対に美しいわヴィクトリーヌ様! あ、あと、ウエディングブーケは絶対に赤いバラ!」
……すんごく盛り上がっている。わたくしのドレスとヴェールとブーケで。
「あのー……、リリさん? レアさん? あなたたちも花嫁なのよ? ご自分のドレスとヴェールは……」
「あ、あたしたちは花嫁というよりは、ブライズメイドで!」
「そうですよー。ヴィクトリーヌ様のご衣裳が決まったら、それが引き立つようなものにしますから!」
「大丈夫、あたしたちのはすぐ決まります。ヴィクトリーヌ様のヴェールを長くするから、あたしたちのは二の腕が隠れる程度の短めのヴェールにするとかですね! 対比とか対照的に!」
ええとー……。リリさんとレアさんがキャッキャウフフとしているうちに、婚礼のためのドレスが決まりました。ええとー……。
「あたしたちはこれでオッケー! でも、やっぱり統一感と言うと、ブライム様のご衣裳も……。そうね! ヴィクトリーヌ様のウエディングドレスと対になるように、赤茶色の刺繍を袖とかボタンホールのところとかに施して……」
「口頭で説明、難しいわ! ねえ、仕立て屋さん! ヴィクトリーヌ様のウエディングドレスの絵を一枚描いてくれる? それをブライム様にお渡しして、お揃いのご衣裳、作ってもらうから!」
サクサクと話が進みます。えっとー……。わたくし文句は……ないどころか……ちょっとでいいから婚礼衣装にブライム様のお色を入れたいなー……なんて、言い出せなかったから、リリさんとレアさんのご提案はありがたい……。
ありがたいんだけど……。ドレスも、それに合わせるアクセサリーも靴も……すべて二人はわたくしが着用するモノをバシッと決めてから、お二人用の衣装は、わたくしを引き立てるようなものばかり……。
「ね、ねえ……、リリさん、レアさん。遠慮なんてしないであなたたちの好みの物を選んでいいのよ?」
リリさんとレアさんは、白い歯が見えるくらいの笑顔で即答。
「選んでいますよ! も、楽しくて楽しくて!」
「代金を考えずに好き勝手してますよ! あー楽しー! ヴィクトリーヌ様、何を着せてもお似合いになるからわくわくでウキウキです!」
「ねー、リリ!」
「うん、レア!」
えーと……、お二人がいいのなら、わたくしもいいのだけれど……。
勝手に愛妾にしたので、お詫び的にもっと、こう……。なんて言うのか、せめてドレスくらいはリリさんとレアさんの好きにしてもらおうと思って……、思って……思っているうちに、着替えの衣装だの婚礼後に着るゆったりとして締め付けのないドレスとか。婚礼後の……使う予定もない夜着とかが……、着々と決まっていく……。
全部がわたくしのモノを決めた後、それを引き立てるためのリリさんとレアさんの衣装……。
「はぁー♡ 楽しかった! 仕立て屋さんが書いてくれたデザイン画、明日学院に行ったらブライム様に見せよう!」
「ねー! ブライム様も楽しみにしてくれているハズ!」
……だといいのだけれど。いきなり婚約式で、いきなりわたくしに飼われるなんて言われて……。男としてのプライドも傷ついたと思うのだけれど。
婚姻を受け入れてくれてありがたい……けど、楽しみっていうのは……きっとないわね。
だって、ブライム様は優しいから。
リリさんとレアさんを死なせないようにするために、三つの選択肢の中からわたくしに飼われる提案を受け入れただけに違いないのだもの。
……落ち込まないようにしていても、やっぱり落ち込んでしまう。
だけれども、リリさんとレアさんの前だと、どうしてだか妙に気が緩むのよね……。さすがにブライム様がお選びになったご令嬢たちなだけはあると言うべきか。脳内お花畑に見せかけて、実はしっかりとしていると分かっているからかしら……。
まあ、一蓮托生のリリさんとレアさんが、わたくしに多少なりとも好意的というのは……きっといいこと……よね……。
そのリリさんとレアさんが、ひょこっとわたくしに顔を近づけてきた。
「あたしたち、はしゃぎ過ぎました? ごめんなさい。ヴィクトリーヌ様、お疲れですよね?」
「ヴィクトリーヌ様のご衣裳選びが楽しくって。ヴィクトリーヌ様のご意見とかご趣味とか、全然聞かないまま暴走してしまって……。すみません」
「いえ、いいの。わたくしは衣装などどうでもいいから二人が決めてくれて助かったわ」
「ヴィクトリーヌ様……、本当に?」
「ええ、本当よ」
リリさんとレアさんがわたくしの顔をじーっと見つめる。
「んー、やっぱりお疲れのよう」
「マリーさん! 休憩にしましょう! ヴィクトリーヌ様にお茶を!」
……いつの間にか、わたくしの侍女であるマリーとも仲良くなっているわ。才能かしら、お二人の。
休憩を挟んで。またアクセサリーを選んだり、婚姻後の離宮での部屋の壁紙の色なんかの好みを聞いたり……。
思いがけず楽しいひと時を過ごしてしまったわ……。
次の日、貴族学院で。リリさんとレアさんは本当に婚礼衣装のデザイン画をブライム様に見せていた。
いつものベンチで、真ん中にブライム様、そして右側にリリさん、左側にレアさんを侍らせて。わたくしはその正面に立つ……と思ったのに。
「リリ、レア」
「はい、ブライム様」
「ヴィーが来たからカフェに移動しよう。このベンチに四人は座れない」
「はーい!」
「はーい♡ ねえ、ヴィクトリーヌ様、カフェに新メニューが入ったそうですよ。ベリーフェアですって!」
リリさんが立ち上がって、わたくしの右腕にするりと腕を絡ませた。
「三種類のベリーとクリームチーズのケーキとミックスベリーのギモーヴ。どっちがお好きですか?」
レアさんも立ち上がり、わたくしの左手を掴む。
「え、え、えっと……ギモーヴってなにかしら?」
「ふんわりとやわらかな食感が特徴のマシュマロに似たお菓子だそうです。一口頬張れば、ミックスベリーの爽やかな香りが口いっぱいに広がるって聞いたことがあります!」
「あら……。美味しそう」
「でしょー⁉」
二人に手を引かれて、歩きだす。
後ろを振り向けば、デザイン画をポケットにしまいながら、立ち上がったブライム様がゆっくりとわたくしたちの後ろをついてくる。
……気のせいか、ブライム様の表情が……柔らかい、ような、気がする。
「ケーキとギモーヴ、両方たくさん食べましょ。あとはお茶もよね」
きゃー! と、はしゃぐリリさんとレアさん。
「早く早く! 行きましょう!」
「たくさん食べられるなんて、しあわせー♡」
後ろからくすくすと笑う声が聞こえてきた。
「リリ、レア。食べ過ぎてせっかくのドレスが入らなくなっても知らないぞ?」
ブライム様のお声が……明るい。
「ひっどーい! ブライム様、オンナノコにそーゆーこと言っちゃダメですぅ!」
「そーですよ! 美味しいケーキを食べた後はダイエットするからいいんです!」
「あんまりごちゃごちゃ言うと、ブライム様もあたしたちのダイエットに付き合わせちゃいますからね!」
「ええ⁉ ボクも⁉」
「もちろんヴィクトリーヌ様もご一緒ですからね!」
「わ、わたくしも⁉」
何故⁉
「わかったわかった! ボクが謝るから! ヴィーを巻き込むなよ!」
「だーめーでーすー!」
「そうそう、ヴィクトリーヌ様とあたしたちは一蓮托生なのー」
「諦めて付き合ってね、ブライム様も♡」
……わたくしは何も言っていないのに。
リリさんとレアさんは……、わたくしを、ブライム様との輪の中に入れてくれようとしているみたい。
肩をすくめるブライム様。
「ホント、リリもレアも仕方がないな……。ゴメンね、ヴィー。リリもレアも遠慮がなくて」
「い、いえ!」
びっくりした。
ドキドキした。
ブライム様が……わたくしに、あんまりにも普通に話しかけてくれたから……。
「……できる限り、仲良くしてやってよ」
「は、はい! あ、あの……、ブライム様。わたくし、リリさんとレアさんのことは……好き、ですから……」
ブライム様は、一瞬表情を止めて。
それからほんの少しだけ、目じりを下げて……。
「ありがとう」
わたくしを見て微笑んだ。
飼うなんて、ひどい言葉を、わたくしは言ったのに。
ブライム様も、わたくしを……許して下さっているみたい……。
選択肢がなくて、仕方がなくて、わたくしの手を取ったのでもいい。リリさんとレアさんを守るためでも。
でも、どうか、このまま。
四人で過ごす時間が、こんなふうに穏やかなものでありますように。
こんな時間が過ごせるのなら、何を代償にしてもいいから。
願う。
祈る。
わたくしは……ブライム様が微笑んでくださるのなら……きっと、何でもできるから。もう少しだけ、四人で笑いあえる時間を……、どうか、神様。
ほんの少しだけ、わたくしに、与えてください……。




