第8話:闇夜の共闘
翌夜。ブラッドは冒険者ギルドで受注した別のDランク依頼――スラムの廃棄区画に巣食う『泥這い(マッド・スライム)』の討伐のため、再び街の最暗部へと足を運んでいた。
生身の双剣で確実に標的を処理し、依頼は数分で片付いた。
だが、死骸から核を抉り出し、ギルドの支給袋に収めたその時、風に乗って微かに届いた異音にブラッドの耳が跳ね上がった。
――複数の狂暴な咆哮。そして、昨日聞いたばかりの少女の、緊迫した声。
「……チッ」
ブラッドは小さく舌打ちをすると、音のする方へと音もなく地を駆けた。
崩れかけたレンガの広場で繰り広げられていたのは、凄惨な光景だった。
下水路から這い上がってきたのだろう。Dランク上位の魔物『毒牙の狂犬』が、三匹。その濁った瞳の先には、小さな孤児たちを背後に庇い、片膝をついたリーネの姿があった。
「――『プリズム・シェル』!」
リーネが鋭く叫び、胸元の聖印を掲げる。
彼女の前に多面体の美しい金色の結界が展開され、突撃してきた一匹の牙を強引に弾き返した。
しかし、長詠唱による魔力消費と、昨日から続く心労のせいか、リーネの額には大粒の汗が滲んでいる。
結界は単体専用。さらに、別の方向から残る二匹が、結界の死角を突いて子供たちへと同時に跳躍した。
「しまっ……!」
リーネの碧眼が絶望に染まる。彼女の詠唱は間に合わない。
その絶体絶命の隙間に、黒い影が割り込んだ。
――キィィン!
鋭い金属音が夜の帳を切り裂く。
抜刀された『血喰双刃』が、空中で二匹の爪を同時に受け止め、火花を散らした。圧倒的な腕力で獣たちを力任せに弾き飛ばし、ブラッドは子供たちの前に冷酷に立ちはだかる。
「あ、あなたは……!」
「お前は下がれ。足手まといだ」
名前も告げぬまま、ブラッドは地を蹴った。
生身のままで放たれる超神速の踏み込み。弾き飛ばされた一匹の懐へ瞬時に潜り込み、その喉笛を深く切り裂く。
しかし、残る二匹はただの獣ではなかった。傷ついた同胞を囮にするように、ブラッドの死角へ回り込み、その牙から猛烈な「毒霧」を吹き付けたのだ。
(くそ、間合いが狭い――)
いかに剣技が圧倒的であろうとも、生身の肉体には物理的な死角と、呼吸という弱点がある。広範囲の毒霧を完全に回避することは不可能。
だが、その瞬間。
「――『ピュリファイ・レイ』! 続けて、『ホーリー・フレア』!」
リーネの凛とした声が響いた。
ブラッドの周囲を満たそうとした紫色の毒霧が、上空から降り注いだ浄化の光によって一瞬で霧散する。それと同時に、狂犬たちの眼前で強烈な閃光が爆発した。
「グルアッ!?」
視界を奪われ、完全に動きを止める獣たち。
「……上出来だ」
ブラッドの瞳が、冷徹に細められた。
完璧なタイミングでの補助。自らの生身の剣技に、足りない手数を補う最高の「後ろ盾」が加わったのだ。
視力を失いもがく二匹の隙を、亡霊が見逃すはずがない。
一閃、そして二閃。
無駄のない冷酷な軌跡が闇を払い、残された魔物たちは、血を噴き上げながらレンガの床へと次々に崩れ落ちていった。
静寂が戻る。
ブラッドは双剣に付着した血を払い、鞘へと収めた。息一つ乱れていない。
だが、その視線は、荒い息を吐きながらも、すぐに子供たちの元へと駆け寄って怪我がないかを確認しているリーネへと向けられていた。
ただの足手まといの神官ではない。あの状況で最善の術を選択し、初対面の自分の動きに完全に合わせてみせた。
「……助かりました。」
子供たちの無実を確かめ、ホッとしたように微笑むリーネ。彼女はまだ、彼の名前を知らない。
だが、昨夜ギルドの噂話を頼りに、必死で彼の特徴を調べ上げていたのだ。
「でも、私は、あなたのような力を抱えた人を……放っておけません」
そう言って真っ直ぐに見つめてくる碧眼の奥にある強い光に、ブラッドは小さく眉をひそめるのだった。




