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血契の双刃 〜その契約は、愛か呪いか〜  作者: クマハム
第1章:亡国の血と黄昏の誓い
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第9話:亡霊と聖女の契約



 月明かりが、レンガの広場に横たわる狂犬たちの死骸を白々と照らし出している。


 ブラッドは背中の鞘に双剣を収めると、やはり一言も交わすことなく、その場を立ち去ろうとした。

 彼にとって、この戦闘は単なる突発的なアクシデントに過ぎない。

 これ以上、この奇妙な元神官と関わるつもりはなかった。


「待ってください」


 背後から、リーネの静かな、けれど毅然とした声がかけられる。


 ブラッドは足を止めず、冷淡に言葉を返した。


「昨日も言ったはずだ。二度と俺の前に現れるな、と。耳まで腐ったか」


「助けていただいたお礼もまだです。それに……怪我はありませんか? あなた、先ほどの戦い、少し無茶が過ぎます」


 その言葉に、ブラッドの足がピタリと止まった。


 振り返った青年の瞳に、凍りつくような鋭い視線が宿る。


「……何が言いたい」


「あなたは強い。ですが、その戦い方はどこか自滅的です。まるで、自分の身に何かを急いでいるような……。治癒を志す者として、見ていて危うすぎます」


 リーネは一歩も引かなかった。彼女の碧眼は、ブラッドの表面上の冷酷さではなく、彼の身体の奥底から漂う、尋常ならざる不気味な気配を本能的に捉えていた。

 それがどんな力なのかまでは分からない。だが、放っておけば遠からず自滅する――そんな確信めいた予感があった。


 ブラッドはフン、と鼻で笑った。


「他人の心配か。神官サマの身から出た『闇魔法』の言い訳としては、随分と殊勝なことだな」 


 その指摘に、リーネは胸元の銀の聖印を強く握り締めた。


「……私には、このスラムの孤児たちを守る力が必要です。教国の追手や、今日のような魔物から子供たちを護り抜くための拠点が。ですが、私一人の魔法では、前衛で敵を食い止める手が足りません。今日の戦いで、それははっきり分かりました」


 リーネは一呼吸置き、真っ直ぐにブラッドを見据えた。


「お互いの目的のために、私と手を組みませんか。私はあなたの死角を補い、傷を癒す。あなたは私と子供たちの盾になる。名前も知らないあなたにこんなことを言うのは、おこがましいと分かっています。ですが……これは利害の一致した『契約』です」


 スラムの風が、二人の間を吹き抜ける。

 ブラッドは無言でリーネを値踏みするように見つめた。


 馴れ合うつもりは毛頭ないし、自分の過去を明かす気も一切ない。

 しかし、先ほどの戦闘で見せた彼女の補助魔法のタイミングは完璧だった。

 生身の剣技だけではどうしても限界のある広範囲の毒霧や死角からの奇襲を、彼女なら確実に埋めてくれる。

 それは、己の切り札を極限まで温存することにも繋がる。


 復讐を果たすための、効率的な道具として割り切るならば――悪くない提案だった。


「……勘違いするな」


 長い沈黙の後、ブラッドが低く、冷たい声で言った。


「俺はお前を守らない。お前が俺の足手まといになった瞬間、その場で切り捨てる。それでもいいなら、勝手に後ろを付いてこい」


「……はい。足手まといにならないよう、精一杯お守りします。私はリーネ・アストレア。あなたの、お名前は?」


 ようやく少女が差し出してきた問いに、青年は背を向けたまま、短く吐き捨てた。

「ブラッド。それだけだ」


 それが、二人の歪な協力関係の始まりだった。


 名前を交わし、夜の路地を歩き出すブラッドの後ろを、リーネは静かに付いていく。

 亡霊と、異端の聖女。お互いに最大の秘密を隠したまま、二人の運命がここに結託した。





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