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血契の双刃 〜その契約は、愛か呪いか〜  作者: クマハム
第1章:亡国の血と黄昏の誓い
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第5話:驚愕の生還



 ――ガシャリ、と音を立てて、受付の木製カウンターに無造作な袋が放り出された。


 中から転がり出たのは、まだ生々しい粘液と硝煙の匂いを纏った、がしゃ泥(マッド・ウルフ)の牙が五対。

 どれも根元から綺麗に叩き折られており、討伐が完璧に遂行されたことを物語っていた。


「……依頼の完了報告だ」


 黒いコートの襟を正し、ブラッドが冷淡に告げる。


 カウンターの向こうで羊皮紙を整理していたミレイアは、差し出された素材とブラッドの顔を交互に見比べ、完全に硬直した。


「え……? あ、あの、ブラッドさん、ですよね? 旧下水路の……」


「そうだ。他に確認が必要か」


 ギルド内が、水を打ったように静まり返る。


 彼がギルドを出てから、まだ一時間も経っていない。

 入り組んだ暗闇の下水路に潜り、数の暴力で襲いかかってくる凶暴な狼の群れを、単独(ソロ)で、それも傷一つ負わずに全滅させて戻ってきたのだ。 


「冗談だろ……? あの数をソロで、こんな短時間でかよ」


「おい、あのガキ、本当にただのEランクか?」


 昼間まで彼を「死に急ぎの新人」と嘲笑っていた荒くれ者たちが、引きつった顔でヒソヒソと囁き合う。

 衣服に返り血こそ付いているものの、呼吸一つ乱れていない。

 彼らの視線が、侮蔑から明確な「畏怖」へと変わっていくのを肌で感じながらも、ブラッドの心は凪いだままだった。


 当然だ。300年前、最強と謳われた六魔将の軍勢と渡り合ってきた一族の生き残りが、たかが街の害獣相手に遅れを取るはずがない。

 体内の『血気術』という禁忌の切り札を切るまでもなかった。ただの生身の剣技と、無駄のない踏み込みだけで、あの程度の獣など容易く屠れる。


「あ、いいえ! 失礼いたしました……。ただいま確認いたします」


 ミレイアは慌てて素材を天秤にかけ、素早い手つきで書類に判を捺した。

 彼女の目が、ブラッドの細身の双剣へと向けられる。

 刃こぼれ一つない鉄の刃。一体どんな戦い方をすれば、これほど手際よく討伐ができるのか、彼女の常識では測りかねていた。


「確かに、Dランク依頼『がしゃ泥の討伐』の完了を確認いたしました。こちら、報酬の銀貨七枚と、討伐証明のギルドポイントになります」


 ジャラリ、と差し出された革袋を、ブラッドは無造作に懐へ仕舞った。


 普通の新人であれば、初陣でこれだけの報酬を得られれば大喜びするだろう。だが、ブラッドにとっては、武器の手入れ用の油と、今夜の安い宿代、これからの旅路 での糧食に消えるだけの、ただの数字に過ぎない。


「……次の依頼は」


「あ、申し訳ありません。Eランクの規約上、一日に受注できる討伐依頼は原則一つまでとなっております。ブラッド様の安全のためにも、今夜はしっかりとお休みになってください」


 ミレイアがどこか気遣うような、しかし依然として得体の知れない強者への怯えの混ざった複雑な微笑みを向ける。


「チッ……分かった」


 ブラッドは小さく舌打ちをすると、それ以上食い下がることもせず、ギルドの扉へと背を向けた。


 背後からは、隻眼のギルドマスター・ガルドが、値踏みするような鋭い視線をその背中に突き刺していたが、ブラッドは一瞥もくれずに重いオークの扉を押し開けた。

外に出ると、グランポートの街は完全に夜の帳に包まれていた。


 賑やかな大通りの明かりから外れ、ブラッドは今夜の寝床を探すべく、薄暗いスラム街の境界線へと足を向ける。

 手に入ったわずかな銀貨を握り締め、亡霊は再び、孤独な闇の中へと溶け込んでいった。








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