↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
血契の双刃 〜その契約は、愛か呪いか〜  作者: クマハム
第1章:亡国の血と黄昏の誓い
58/61

第57話:影の正体



「何を隠してる」


 鉄鼠の低く濁った声が、泥巣(どぶねず)の冷たい空気を支配した。


 彼はリーネの前に立ち塞がったまま、その細い肩を冷酷に見下ろしている。


 沈黙。


 リーネは答えない。いや、答えられなかった。


 彼女は胸元の銀の聖印を、指が白く変色するほどの力で強く握りしめ、ただ床の一点を見つめて唇を戦慄かせている。その横顔からは、完全に生気が失われていた。


「おい。耳が聞こえなくなったか」


 鉄鼠の追及に、焦れたレンが一歩前に出る。


「親父、少しは手加減――」


「黙ってろ、レン」


 それを遮ったのは、壁に背を預けたままのブラッドだった。

 ブラッドは三日月の瞳を薄く開き、冷めた視線をリーネへと固定している。


 鉄鼠はレンを一瞥することすらせず、情報屋が持ってきた紙を指先でトントンと叩いた。


「連中は誰を探してる」


「……」


「街の浮浪者じゃねえ。ガザリアの残党でもねえ。白い外套を着た教会の手先が、ノワール街の泥を嗅ぎ回って探している標的だ」


 鉄鼠の声が、一段と低くなる。


「――お前か」


 ビクリ、とリーネの肩が大きく跳ねた。


 彼女の碧眼から、ぽろぽろと大粒の涙が零れ落ち、床の泥へと吸い込まれていく。



 その沈黙と涙こそが、何よりも確実な答えだった。


「まさか……」


 レンが息を呑む。


 リーネはゆっくりと、折れそうな首を縦に振った。


「……はい」


 ひび割れた、消え入りそうな声だった。


「私は……教会に追われています」


「どうしてだよ」


 レンが驚愕して声を震わせる。地上の巨大な宗教組織が、なぜこの地下街まで手を伸ばしてくるのか、レンには想像もつかない。


 リーネは胸元の聖印を強く握ったまま、唇を震わせた。


「私は……異端です」


 その告白を聞いても、鉄鼠の表情は動かなかった。彼は裏社会の人間だ。教会の権威など恐れてはいない。


「教会に追われてる? ……だから何だ」


 鉄鼠は鼻で笑い、無造作に新しい煙草に火をつけた。


「破門された神官の小娘一人、捕まえにきた連中だろ。ガザリアの私兵どもと何が違う。ノワール街のドブに沈めてやりゃあ、それでおしまいだ」


 いつもの鉄鼠なら、それで片付くはずだった。


 だが、その言葉に対する情報屋の反応が、鉄鼠の指を止めさせた。


「い、いや、親父……それが、違うんだ」

 情報屋は額の冷や汗を拭いもせず、ガタガタと歯を鳴らしている。


「あいつら、ただの教会の兵隊じゃねえ。街の入り口で、すれ違った浮浪者が少し怯えて目を逸らしただけで……なんの躊躇もなく、その場で腕を叩き折りやがった。ギルドの連中みたいに『隠す』気すらねえんだ。まるで、この街の人間を人間だと思ってねえみたいに……」


 鉄鼠の瞳から、一瞬で余裕が消えた。

 紫煙が、静止する。


「……待て」


 鉄鼠が、初めてそう呟いた。


 彼の濁った瞳が、怪しく、鋭く細められる。


 部屋の奥、リーネはただ胸元の聖印を強く抱きしめ、絶望の涙を流し続けている。

 紫煙だけが、重苦しい沈黙の中をゆっくりと漂った。







評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。