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血契の双刃 〜その契約は、愛か呪いか〜  作者: クマハム
第1章:亡国の血と黄昏の誓い
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第48話:未熟なる抵抗、冷徹の問い



 石造りの古い扉の隙間から、漏れ出す薄暗い灯火。


 そこから聞こえる息遣いは、どれも若く、そして張り詰めていた。

 化け物のそれではない。明らかな「人間の緊張」が、冷たい地下の空気に乗って伝わってくる。


 ブラッドは音もなく『血喰双刃』の柄に手をかけたが、刃を抜くことはしなかった。


 隣のリーネに目で合図を送り、呼吸を合わせる。


 ――ギィ、と重い音を立てて、ブラッドは容赦なく扉を押し開けた。


「……誰だっ!」


 一斉に響く、複数の鋭い声。


 室内にいたのは、五人の若者たちだった。

どれもノワール街の吹き溜まりで見かけるような、擦り切れた衣服を纏った少年少女だ。

 彼らは一様に、錆びついた鉄パイプや、果物ナイフのような貧弱な武器を構え、剥き出しの警戒をこちらに向けている。


 その中心に、一人の少年が立っていた。


 年の頃は十代半ば。粗末な外套を羽織っているが、その瞳には奇妙な気品と強い意志が宿っている。

 何より、その昏い眼差しは、つい先ほど別れたあの灰色の老人を思い出させた。


(……こいつか)


 ブラッドは内心だけで呟く。


 少年は、ブラッドの纏う圧倒的な死線の気配と、その手の手の甲にある血契の紋章を見た瞬間、ハッと息を呑んだ。


「……地上からの追手か。いや、違うな。親父の差し金か」


 少年は怯えるどころか、むしろ忌々しそうに唇を噛み締め、ブラッドを正面から見据えた。


「お前たちが何と言おうと、僕は戻らない。あの街は間違っている。親父のやっていることは、ただの『飼育』だ! 地上の貴族や大商会の汚物を受け入れて、その見返りに甘い汁を吸っているだけの、ただの犯罪組織だ!」


 少年の青く、しかし烈しい弾劾の言葉が、狭い信徒室に響き渡る。


 周囲の若者たちも、その言葉に呼応するように、武器を持つ手に力を込めた。

 彼らは本気で、この地下から世界を変えられると信じている目だった。


 リーネは、彼らの目に宿る純粋な『熱』に、どこか痛ましさを覚えていた。


 間違ってはいない。彼らの言う通り、地上の光も、地下の闇も、どちらも欺瞞に満ちている。だが――。


 ブラッドは、静かに鼻を鳴らした。


 フードの奥の三日月のような瞳は、冷徹そのものだった。


「語るねえ、お坊ちゃん」


 低い、地を這うような声音。


「親父の飼育が気に入らねえか。暴力と利害の支配が汚く見えるか」


 ブラッドは一歩、ゆっくりと足を踏み出す。

 それだけで、部屋の中の空気がガタガタと震えるほどの威圧感が若者たちを襲った。先頭の少年が、恐怖で一歩後退りする。


「だがな、ガキ。その汚いドブ水の上で、お前が今日まで飯を食い、五体満足で生きてこれたのは誰のおかげだ」


 少年の顔が、一瞬で屈辱に赤く染まった。


「それは……!」


「地上の法律が救わねえ命を、あの爺さんはドブの中で拾い上げてやがる。お前たちがこうして地下で理想論を並べ立てていられるのも、あの爺さんが地上からの圧力を全部裏で堰き止めてるからだ」


 ブラッドの言葉には、一片の容赦もなかった。国を失い、居場所を失い、理想だけでは腹は膨らまないと知っている彼だからこそ言える、剥き出しの現実。


 だが、少年もまた、ただ守られていただけの無知な子供ではなかった。


「そんなこと、分かっている!」


 少年が叫ぶように言葉を返した。


「だから、ただ隠れているわけじゃない! 僕は、親父のやり方ではなく、地上を、あのギルド本部と貴族の汚職を本当にひっくり返すための『証拠』を、掴みかけているんだ!」 


 沈黙。


 ブラッドの瞳が、僅かに細くなる。


 そして。


「……それを先に言え」


 低い声が、信徒室に落ちた。


 若者たちが、一斉に呆気に取られて息を呑む。


 ブラッドにとって、彼らの掲げる崇高な理想論など、どうでもよかった。


 価値があるのは、今この状況を覆すための、その具体的な「証拠」だけだった。






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