第30話:黄金の価値と、繋がる心音
「――はい、これが今回の基本報酬。大銀貨50枚よ。……本当に、信じられない。あの『古代の主』の討伐依頼を、生きて完遂して戻ってくるなんてね」
ギルドの応接室。窓から差し込む昼下がりの光のなか、まだ赤黒い鬱血が残る満身創痍のブラッドと、少し青白い顔のリーネの前に、ミレイアはズシリと重い革袋を置いた。
彼女の目はまだ少し赤く腫れていた。二人の無事を誰よりも心配して涙を流していたミレイアだったが、職務に戻れば有能なギルド職員だ。
机の上に並べられた、おぞましくも美しい「素材」の数々を前に、その視線はプロのそれに変わる。
「解体班も総出で鑑定して、腰を抜かしてたわよ。これだけの『結晶化した魔核』に『魔鉄の鱗』なんて、歴史的な発見だって」
「で、いくらになるんだ」
ブラッドは手の甲の包帯を無意識にさすりながら、ギチリと椅子を鳴らして身を乗り出した。
衣服の袖の奥、隠された紋章は、今も微かな熱を持って脈打っている。まだ肉体はボロボロで一歩歩くごとに痛むが、鋭い金の亡者としての目は健在だった。
「基本報酬とは別に、出来高の換金分として……大銀貨、あと150枚。合計で200枚よ。満足かしら、がめつい冒険者さん?」
「ふん、妥当な額だな。お前の泣き顔の価値を引けば、もう少し欲しかったところだが」
「ちょっと! 誰の泣き顔が安物よ! 心配して損したわ!」
ミレイアが頬を膨らませて怒る。いつも通りのやり取り。
だが――その瞬間、ブラッドの胸の奥で、トクン、と心音が微かに跳ね上がった。
隣に座るリーネの心臓が、ブラッドの軽口に対して「呆れ」と、ミレイアへの「申し訳なさ」で揺れたのだ。それが、血契のシステムによってブラッドの魂へとダイレクトに伝わってくる。
(……チッ、またか)
言葉を交わさずとも、リーネが今、心の中で小さな溜息をつき、同時に「ミレイアさんに本当のことを言えなくて心苦しい」と思っていることまでが、朧気な波長となって流れ込んでくる。
ブラッドが不意に口を噤み、ふいっと窓の外へ視線を逸らすと、同時にリーネもまた、自身の身体に溢れる強大な魔力の残滓を落ち着かせるように、静かに目を伏せてお茶を口に運んだ。
会話がピタリと止まり、応接室に妙に甘酸っぱい『気まずい沈黙』が流れる。
「…………ねえ」
ミレイアが、じっとりと二人を交互に見つめた。机に肘をつき、探るような目で身を乗り出してくる。
「医務室の時から思ってたけど、あなたたち、やっぱり何かおかしくない? 敵を倒して大金が手に入ったのに、何その、痴話喧嘩の後に気まずくなったみたいな空気。まさか馬車の中で、私の知らない何かがあったわけ?」
鋭いツッコミに、リーネの手元がピクリと跳ね、お茶が微かに揺れた。
魂が同意してしまったあの時の感触。リーネの白い耳たぶが、みるみるうちに林檎のように赤くなっていく。
「な、何でもありません、ミレイアさん! 私たちは、ただ……次の旅の、準備について考えていただけです」
リーネは必死にいつもの微笑みを作ろうとするが、声が微かに上ずっている。
「そうよ。ブラッドさんがまた、その……あんな無茶な戦い方をして倒れたりしないように、聖女としてどう管理するか……その、『心身の連携』について、ね。深く……そう、深く連携する方法を、その……」
「心身の……深い、連携?」
ミレイアの目がギラリと光った。
「へえ、どんな連携かしら? 具体的にどうやって『心身』を管理するの? リーネ、あなた今、思いっきり耳まで赤くなって言動が怪しいんだけど!」
「それは――っ!」
ミレイアに詰め寄られ、リーネの心拍が目に見えて跳ね上がる。
ドクドクドク、と細かく速いそのリズムは、ダイレクトにブラッドの胸の奥へ響き渡った。他人の緊張が自分の身体を揺らすその不快感に、ブラッドはこめかみをピキリと震わせる。
(おい、落ち着けクソ聖女。お前の心音がうるさくて、俺の心臓まで狂いそうだ。これじゃこっちまで動揺してるみたいに見えるだろ)
ブラッドは心の中でそう毒づき、これ以上の追及を遮るように、バンと乱暴に机を叩いて立ち上がった。
「くだらん勘繰りをしてる暇があるなら、その大銀貨200枚をさっさと袋に詰めろ、ミレイア。……それと、この街で一番腕のいい防具職人と、魔力伝導率の高い触媒を扱っている店を教えろ。この大金、すぐに使う」
「防具……? 触媒って、リーネの装備を新調するの?」
「あいつの魔力の質が少し変わった。これまでの安物の法衣じゃ、出力に耐えきれん。盾が先に壊れたら、俺の命に関わるからな」
ぶっきらぼうに言い放つブラッド。
だが、その言葉を聞いた瞬間、リーネの胸の奥から伝わってくる心音が、すっと穏やかに凪ぎ、温かい感情に変わるのをブラッドは感じ取ってしまった。
(ブラッドさんは、いつもあんな風に冷たい言葉ばかりおっしゃるけれど……。本当は、誰よりも私のことを……)
言葉では突き放しているのに、彼の「配慮」が筒抜けになり、彼女の「喜び」がそのまま還ってくる。
この恐ろしいほどに密接なシステムのせいで、二人はお互いから完全に顔を背けたまま、さらに深まる気まずさにじっと耐えるしかなかった。
ミレイアはそんな二人をなおもジト目で見つめていたが、やがて呆れたように大きな溜息をついた。
「まあ、いいわよ。ガチのバケモノ二人組が、生きて大金を稼いできたんだから。……腕のいい職人の店、紹介状を書いてあげるわ。その代わり、そこで装備を整えたら、もう一仕事くらいこの街で受けてもらうわよ?」
「……ギルドに貢献しろってことか。いいだろう、金になるならな」
ブラッドは腕を組み、不敵に笑う。
血契によって劇的に変化した二人の力。その実戦テストを兼ねた「次の依頼」の影が、グランポートの街で静かに動き出そうとしていた。




