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血契の双刃 〜その契約は、愛か呪いか〜  作者: クマハム
第1章:亡国の血と黄昏の誓い
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第26話:痛みを喰らう聖女



 万事休す。その絶望の淵で、倒れ込んだリーネが、血に濡れた手で強引にブラッドの足首を掴んだ。


 彼女の物腰柔らかい瞳から、普段の柔和な光がすっと消え、底深い「闇」の光彩が宿る。


「……私の後ろを預かると、約束してくださいましたよね、ブラッドさん」


 リーネは、教国を追われる原因となった歪な呪文を、静かに紡いだ。


「――『ペイン・イーター(痛みを喰らう)』」


 ゾクリと、ブラッドの背筋を冷たい蛇が這い上がったような感覚が走った。


 次の瞬間、彼の全身を苛んでいた、心臓が焼き切れるような、血管が引き裂かれるような**「一切の劇痛」が、嘘のように完全に消え去った。**


 痛みが、ない。


 だが、傷が治ったわけでは決してない。破裂した血管からは今も血が流れ続け、心臓は死に向かって悲鳴を上げている。

 ただ、脳がその「危険信号(いたみ)」を受け取ることを、リーネの魔法が強引に遮断したのだ。


「……っ、ふ、あぐ……っ!!」


 ブラッドが痛みを失った瞬間、今度はリーネの鼻腔から、たらりと生々しい一筋の血が伝って水面へと落ちた。

 ブラッドの負うべきだった激痛のすべてが、今、彼女の華奢な肉体へとダイレクトに流れ込み、彼女の内臓を裏側から灼いているのだ。


 全身を襲う凄絶な痛みに、リーネは小さく身を震わせ、苦しげに睫毛を揺らす。


「お前、この魔法まさか………」


「はい、『ペイン・イーター』は、痛みをこの身に受け入れる魔法なんです。」


――それでも、彼女の唇は、いつもの穏やかな笑みの形を崩さなかった。


「さあ……行ってください。私の『盾』が壊れる前に、終わらせて」


 痛みを失ったブラッドの肉体が、機械のように冷酷に駆動する。


 感覚が麻痺した身体で、彼は水底に沈んでいた『血喰双刃』を掴み、泥臭く立ち上がった。


「言われなくても……動くさ、クソ聖女が」


 ブラッドの碧眼に、冷徹な殺意が戻る。


 ひび割れた『プリズム・シェル』が砕け散ると同時に、ボスの巨腕が迫る。だが、痛みを失ったブラッドは、自分の肉体が壊れることすら躊躇わない。


 バキバキと、限界を超えた太ももの筋肉が断裂する音を生身で響かせながら、ブラッドはボスの懐へと弾丸のように突っ込んだ。


「――死ね」


 『血刃生成』すら行わない。ただの生身の、しかし全体重と執念を乗せた、最速の交差(クロス)。


 ザシュウゥゥッ!!!


 硬質な鱗を強引に叩き割り、ブラッドの双刃が古代の主の太い首筋を深く、深く駆け抜けた。


 一瞬の静寂の後、ボスの結晶質の巨頭が、生々しい肉色の血飛沫を噴き上げながら、ボトタプン、と冷たい水底へと転がっていった。


 ドサリ、と同時に、巨躯が崩れ落ちる。


 それを見届けると同時に、ブラッドの双剣が手から滑り落ち、彼もまた、糸の切れた人形のように水面へと倒れ込んだ。


「は、ぁ……、は……っ」


 領域が解け、ボスの息の根が止まっても、神殿の底には、ただ二人の荒い呼吸音と、水滴の落ちる音だけが、ひたすら鉄臭く響き渡っていた。







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