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血契の双刃 〜その契約は、愛か呪いか〜  作者: クマハム
第1章:亡国の血と黄昏の誓い
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第24話:引き潮の階段



 前線の喧騒が、背後で遠ざかっていく。


 溢れ出していた魔獣の第一波をすり抜け、ブラッドとリーネの二人は、洞窟のさらに奥――普段は波の下に隠れているはずの、未知の領域へと足を踏み入れていた。


 大潮の夜にだけ引くという海水は、今は不気味なほど綺麗に干上がっている。


 代わりに露わになったのは、自然の岩肌ではなく、人工的に削り出された黒成岩の不気味な下り階段だった。

 階段の表面には、びっしりと青白い発光苔と、干からびかけた海草がへばりつき、二人の足音が湿った音を立てて地下へと吸い込まれていく。


「……空気が変わりましたね」


 リーネが胸元の聖印を少し強く握りしめる。


 洞窟特有の生臭い潮の匂いに混ざって、どこかカビ臭い、何百年も密閉されていた建造物特有の「古い死」の匂いが漂ってきていた。


「ああ。ミレイアの言っていた『海底神殿』とやらの入り口だろうな。ただの魔獣の巣にしちゃ、悪趣味な建て付けだ」


 ブラッドは双剣をいつでも抜ける角度に維持したまま、音もなく階段を降りていく。彼の碧眼は、暗闇の奥に潜む「何か」を冷酷に値踏みしていた。


 階段を降りきった先は、広大な円形の空間だった。


 天井からはいくつもの巨大な鍾乳石が牙のように突き出し、床には膝の高さまで海水が溜まっている。

 その空間のいたるところに、先遣隊として突入したであろう高ランク冒険者たちの遺留品――へし折れた槍や、主を失って転がる鉄兜が、冷たい水底に沈んでいた。


 パシャリ、とブラッドが微かに水を跳ね上げて立ち止まる。


「リーネ、光を灯せ。ただし、外の目を気にする必要はない。一番明るい奴だ」


「はい。――『ライト』」


 リーネが呪文を唱えると、彼女の掲げた手のひらから、夜を切り裂くような純白の光球が立ち上り、天井へと吸い込まれていった。


 真っ白な光が、広大な海底神殿の全貌を、そして――水底からゆっくりと巨体を持ち上げる、その「元凶」の姿を、容赦なく照らし出す。


 ――ゴォォォォオ、と、空間そのものが震えるような重低音が響いた。


 空間の最奥。岩肌に同化するように眠っていたのは、これまでの魔獣とは一線を画す、圧倒的な質量を持つ『古代の主』だった。


 何百年もの間、海底の底で強大な魔力を吸い上げ続けた結果、その皮膚は鋼鉄よりも硬い結晶質の鱗に覆われ、巨大な四本の腕と、深海魚のような無数の牙が不気味に蠢いている。


 その巨体が動くだけで、周囲の海水が激しい波飛沫となって二人の足元を打ち鳴らした。


「……っ、これは、普通の魔獣とは『格』が違います……!」


 リーネの顔から、すっと血の気が引いていく。


 先遣隊のベテランたちが一瞬で全滅した理由が、その絶望的な威圧感だけで理解できた。生身の人間が太刀打ちできる領域を、完全に超えている。


「ふん……。ちょうどいい、手応えのなさそうな雑魚ばかりで退屈していたところだ」


 ブラッドは双剣を構え、その碧眼を冷酷に細めた。


 相手は人間が定めたランクなど通用しない、本物の化け物。生身の剣技だけでは、あの硬質な鱗を一枚削ることすら敵わないだろう。だが、ここは誰もいない深海の下。ブラッドを縛る「衆目の目」は存在しない。


「下がっていろ、リーネ。ここからは、俺の『本当の速度』に、遅れずに盾を張れ」


「……はい。あなたの死角は、すべて私が預かります」


 ジャキリ、とブラッドが双剣を深く握り直し、体内の不浄な血を静かに滾らせ始める。


 誰の目もない絶対の死地で、二人の「異端」による、総力戦の幕が上がろうとしていた。








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