第22話:朝霧の反省会
翌朝、グランポートの街を包む朝霧は、昨夜の嵐のような激戦が嘘のように静かだった。
ギルドの休憩室で一晩泥のように眠ったおかげで、リーネの顔にはいつもの穏やかな血色が戻っていた。
宿へ戻る道すがら、朝のひんやりとした空気を吸い込みながら、彼女は小さく伸びをする。
「ミレイアさんの毛布、とても温かかったです。ブラッドさん、昨夜は色々と……ありがとうございました」
「お前にお礼を言われる筋合いはない。道具が錆びて動かなくなれば、俺の死角が塞がらなくなる。それだけだ」
前を歩くブラッドは振り返りもせず、相変わらず冷淡な声を返した。背中の『血喰双刃』が、歩調に合わせて硬質な音を立てる。
「……だが、昨夜の戦い方は最悪だ。合格点(及第点)は取り消す」
「え……? どこか、不手際がありましたか?」
リーネが小さく首を傾げると、ブラッドは不意に足を止め、冷徹な碧眼で彼女を睨み据えた。
「お前の『プリズム・シェル』だ。あれは衝撃の『点』を完璧に堰き止める実戦用の盾のはずだろう。通常の神官が使うような、無駄に広い球状の結界とは違って魔力消費は最小限に抑えられるはずだ。それなのに、昨夜は後半、明らかに展開が広すぎた」
「それは……ブラッドさんの踏み込みの速度が、いつもより速かった気がしたものですから。もし巻き込んでしまったらと思って、少し余裕を……」
「余計な真似をするな」
ブラッドは吐き捨てるように言った。
「俺の血気術が、お前たち教国の言う『悪魔の業』なのは知っているだろう。体内の血を滾らせれば、筋力も速度も跳ね上がる。……だが、あれは使えば使うほど、俺の理性を引き剥がしにくる禁忌だ。昨夜のように、俺の速度に合わせてお前が無理に魔力を削れば、先に『盾』であるお前が壊れる。そうなれば、俺を正気に繋ぎ止める奴がいなくなる」
ぶっきらぼうで、容赦のない言葉。
しかしそれは、「お前が壊れたら、俺は本物の化物(暴走状態)になって敵味方の区別なくすべてを屠ることになる」という、彼なりの生々しいリスクの提示であり、同時にリーネの身を案じる不器用な警告でもあった。
リーネは胸元の聖印をそっと指先でなぞりながら、まっすぐにその碧眼を見つめた。
「……ええ、分かっています、ブラッドさん。あなたのその不浄な血の力が、どれほど危うい天秤の上にあるのかも。だからこそ、私はあなたの後ろにいるんです。もしあなたがその血に呑まれそうになったら、私のこの光の平面で、あなたの刃を命懸けで堰き止めます。……私の『ペイン・イーター』だって、あなたの痛みを取り除くだけの、教国に追われた歪な魔法なのですから」
リーネは物腰柔らかに、しかし絶対に揺るがない覚悟を瞳に宿して微笑んだ。
「……ふん。道具の分際で、大層な口を叩くな。次からは、俺の速度を完璧に見極めて、一寸の無駄もなく障壁を張れ」
「はい。ブラッドさんの背中を、もっとよく見ておきますね」
朝霧の向こうから、ようやく昇ってきた太陽の光が二人の影を長く引き延ばしていく。
一方が限界を超えれば世界を滅ぼす凶器となり、もう一方がそれを命懸けで繋ぎ止める盾となる。
お互いの危険な「底」を改めて削り合わせた二人の連携は、ただの冒険者のそれよりも、ずっと深く、切実なものへと研ぎ澄まされていくのだった。




