第14話:亡霊と聖女の旋律
Cランクに昇格して一ヶ月。
ブラッドとリーネの二人は、グランポートから馬車で数日の距離にある『霧鳴き谷』へと遠征していた。
深い霧が立ち込めるこの渓谷は、視界が極端に悪く、多くの冒険者が足を踏み入れるのを嫌う難所だ。
今回の依頼は、この霧に紛れて街道の商隊を襲うDランク上位の幻獣『霧隠れの怪鳥』の群れの間引き。Cランクパーティにとっては、環境の悪さも含めて一種の「洗礼」とも言える任務だった。
「――右、二」
ブラッドが走りながら、短く低く呟く。その視線は前方に向いたままだ。
「はい。――『ホーリー・フレア』!」
斜め後ろを並走するリーネが、胸元の銀の聖印を掲げる。
彼女の放った強烈な閃光が濃霧の奥を爆発的に照らし、音もなく急降下してきた二羽の怪鳥の目を正確に眩ました。
視界を奪われ、ギャァッ! と不快な悲鳴を上げて飛行軌道を乱す怪鳥たち。ブラッドは一瞬の視線誘導すら必要とせず、その落下予測地点へ既に踏み込んでいた。
――ザシュ、ザシュッ!
無駄のない二連撃。生身の『血喰双刃』が、体勢を崩した怪鳥の首を冷酷に刎ね飛ばす。
一ヶ月という時間は、二人の戦い方を完璧な「ルーティン」へと昇華させていた。
攻撃手段を持たないリーネは、その分、ブラッドの動きと敵の殺気を完全に先読みし、絶妙なタイミングで目眩まし(ホーリー・フレア)や結界を差し込む。ブラッドもまた、言葉による詳細な指示は出さず、リーネが作った一瞬の隙を逃さずに刃を叩き込む。
それはまるで、血塗られた戦場で紡がれる歪な旋律のようだった。
「ブラッドさん、上空にさらに三羽! 囲まれます!」
霧の奥から、さらに凶悪な羽音が迫る。
ブラッドは自らの内に燻る『血気術』の衝動を冷徹に抑え込み、生身の膂力の限界まで使って岩壁を蹴り、空中へと跳躍した。三羽の怪鳥をまとめて視界に捉える。
だが、一羽が霧の死角から急加速し、空中を逃げ場のないブラッドを目がけて鋭い爪を突き出した。
「――『プリズム・シェル』!」
リーネの凛とした声が響き、ブラッドの側面に金色の光の結界が展開される。
ガキィィン! と激しい火花を散らして怪鳥の爪が弾かれた。リーネの完璧な先読みによる防御だったが、僅かに防ぎきれなかった余波の風圧が、ブラッドの肩と脇腹の肉を掠める。
鮮血が宙に舞うが、ブラッドの瞳に迷いはなかった。
肉を切らせて骨を断つ――亡霊の如き執念の剣撃が、空中でもつれ合う三羽の怪鳥を瞬時に肉塊へと変え、地面へと叩きつける。
着地と同時に、ブラッドは小さく膝をついた。肩と脇腹から血が滲んでいる。
「ブラッドさん!」
リーネが素早く駆け寄り、彼の傷口に手をかざした。
「『ペイン・イーター』は……使いませんね?」
「あぁ。傷の深さを誤認する。……縫え」
「分かりました。――『リライト・ヒール』」
リーネの掌から溢れ出た金色の光の糸が、ブラッドの裂けた肉を優しく、しかし確実に縫合していく。じくじくと疼く痛みが、温かい魔力によって急速に塞がれていく感覚。
ブラッドは顔をしかめながら、その治療を黙って受け入れた。
「……少しは、私を頼ることに慣れていただけましたか?」
傷口を見つめたまま、リーネが物腰柔らかに、けれど少しだけ拗ねたように呟く。
「お前は契約通り、俺の死角を埋めている。それだけだ」
「ふふっ、本当に相変わらずですね」
冷淡な言葉にも、リーネはもう怯まない。彼がどれだけ不器用で、どれだけ命を削って戦っているかを、この一ヶ月間、誰よりも特等席で見続けてきたからだ。
怪我を治療し終え、ブラッドは再び双剣を鞘に収めて立ち上がる。
霧の向こうに広がる過酷な世界を見据えながら、二人は次の獲物を求めて、静かに歩みを進めるのだった。




