第12話:祝杯のハーブティー
冒険者ギルドのカウンターに、『鉄甲の巨蜘蛛』の硬質な魔核がゴト、と置かれた。
それを見つめる受付嬢ミレイアの目が、驚愕で丸くなる。
「本当に……たった半日で討伐してこられたんですか!?」
「あぁ。これでCランクへの昇格要件は満たしたはずだ。手続きを頼む」
ブラッドが淡々と告げると、ギルド内はにわかに騒然となった。
登録してわずか数日、生身の双剣一本でDランク最上位の魔物を仕留め、Cランクへ一気に駆け上がった少年。そしてその背後には、泥を被りながらも神聖な美しさを失わない金髪の元神官、リーネ。荒くれ者たちは、もはや彼らを冷やかすことすらできず、畏怖の視線を送るしかなかった。
「……はい! 確かに確認いたしました。
ブラッドさん、Cランクへの昇格、おめでとうございます!」
ミレイアから新しい青銅のプレートと、ずっしりとした報酬の金貨袋を受け取る。
ギルドを後にした二人は、スラムの入り口近くにある、リーネが孤児たちと暮らす古びた教会へと戻っていた。
「ブラッドさん、少し待っていてくださいね」
薄暗い教会の片隅、ガタつく木製のテーブル。そこに腰掛けたブラッドの前に、しばらくして、ふわりと瑞々しい花の香りが上り立つ。
「初仕事の成功と、Cランク昇格のお祝いです。大したおもてなしはできませんが……」
リーネが物腰柔らかに微笑みながら差し出したのは、丁寧に淹れられた温かいハーブティーと、少し形は不揃いだが香ばしく焼き上げられた焼き菓子だった。
ブラッドは無言で湯気の立つカップを見つめた。
今の自分には、味覚を楽しむ余裕などないはずだった。復讐のためだけに生きる亡霊に、このような穏やかな時間は不要だ。……そう思っていたはずなのに。
一口、ハーブティーを口に含む。
すうっと胸に染み渡るような優しい爽快感と、ほのかな甘みが、戦いで張り詰めていた神経を不思議と緩めていく。続けて差し出された焼き菓子を小さく齧ると、素朴な麦の甘みが広がった。
「……悪くない」
ブラッドが短く呟くと、リーネの澄んだ碧眼が嬉しそうに細められた。
「良かったです。ハーブには疲労を和らげる効果があるんですよ。お菓子も、子供たちのために時々焼くんです。お口に合って安心しました」
リーネは嬉しさを隠すように、自分のハーブティーを上品に口に運ぶ。
普段は自分の感情を表に出すことが苦手な彼女だったが、目の前で不器用にカップを持つブラッドの姿を見ていると、自然と心が温かくなるのを感じていた。
「ブラッドさん」
「なんだ」
「あなたはとても強い。でも、やっぱりその強さは、どこか自分を傷つけているように見えます。……もし、あなたが本当に辛くなった時は、いつでもこのお茶を飲みに来てください。私が、ここにいますから」
真っ直ぐに向けられる、清楚で、しかし決して折れない強い芯を秘めた碧眼。
ただの『都合のいい道具』として契約したはずの少女。しかし、彼女の淹れた一杯のお茶は、ブラッドの凍りついた心を、ほんの僅くだけ融かしていくようだった。
「……無駄話が過ぎる。明日も早い、俺は戻る」
ブラッドはぶっきらぼうに立ち上がり、背を向けた。
照れ隠しのような彼の態度に、リーネは「ふふっ」と小さく悪戯っぽく微笑み、その背中を優しく見送るのだった。




