第二十話
美鶴を広間のソファに横たえ、毛布でその震える身体を包み込んだ後、私は消えた宇曽口の行方を追うことに決めた。彼は第一の紋章である「緑の箱」を手にしたまま、内藤の変死による混乱に乗じて姿を消していた。欲望に目が眩んだ男が向かう場所など、一つしか考えられない。
「あの強欲な男なら、地下の実験室へ向かったはずだ。博士の本当の遺産を探しに、泥棒猫のごとく這いずり回っているに違いない」
大内が忌々しそうに吐き捨てる言葉には、重いトゲが含まれていた。彼の目には、内藤殺しの疑いをかけられたことへの消えない怒りと、隣で怯える田口を何としても守らなければならないという焦燥が同居していた。
私と大内、そして莉月は、湿り気を帯びた地下への階段を慎重に駆け下りた。階段の壁もまた、不気味な緑色の光でゆっくりと脈打っており、まるで巨大な生物の体内を降りていくような錯覚に陥る。最下層に近づくにつれ、空気は粘り気を帯び、異様な静寂が耳を圧迫し始めた。
地下室の重い防潮扉が、あり得ない方向にひしゃげていた。そこから漂ってくるのは、焦げた回路の鼻を突く匂いと、生温かい鉄錆の、逃れようのない死の匂いだった。
「宇曽口さん」
私が声を上げたのとほぼ同時に、視界の端を何かが高速で横切った。それは、この暗闇の中では異質に見える、田口の服装によく似た白い影だった。
「田口。なぜ、なぜこんなところにいるんだ」
大内が叫び、その影を追って部屋の奥へと消えていく。私は手に持ったライトを掲げ、不気味な静寂を保つ部屋の中央を照らし出した。光の輪が捉えたのは、人間の尊厳を奪い去るような凄惨な光景だった。
そこには、第一の紋章である「緑の箱」を愛おしそうに抱えたまま、床に転がる宇曽口の遺体があった。
彼の喉は、鋭利な刃物で一文字に深く裂かれている。だが、通常であれば噴き出すはずの鮮血が、重力に従わずに床へ広がることを拒否していた。血は空中で凝固し、まるで赤い珊瑚の森、あるいは毛細血管の模型のように、上空へ向かって奇妙な枝を広げながら成長を続けていた。
さらに奇妙なのは、その表情だった。宇曽口の顔は、何か信じられないほどの至高の宝を手にした瞬間のまま、恍惚とした歓喜の表情で固まっている。死の恐怖など微塵も感じさせないその笑顔が、凝固した赤い珊瑚の陰で不気味に浮かび上がっていた。
「時空のラグだわ。彼は自分が殺されたことに、今この瞬間も気づいていないのよ」
いつの間にか背後に立っていた美鶴の声に、私は肩を震わせた。彼女の肌はまだシャワーの湿り気を帯びており、乱れた髪が蒼白い頬に張り付いている。彼女の瞳は冷静さを取り戻していたが、その奥底には暗い炎が揺らめいていた。
美鶴は宇曽口の遺体と、宙に固まった血の珊瑚を冷徹に見つめ、静かに口を開いた。
「莉月が持っていた第二の紋章――あの赤い結晶と、真犯人が持つ『赤い何か』は、間違いなく関係しているわ。犯人はそれを利用して、この時空の歪みを制御している」
「赤い何か、だと?」
私は問い返したが、美鶴はそれ以上、真犯人の名を明かそうとはしなかった。
宇曽口の手からこぼれ落ちそうになっている「緑の箱」が、不気味なノイズを発しながら明滅を繰り返している。その光が宇曽口の恍惚とした死顔を照らすたび、影が踊り、彼がまだ生きているかのような錯覚を私に与えた。
私たちはその時、気づいていなかった。部屋の奥、鏡のように歪んだ空間の断層から、大内が追ったはずの「白い影」が、無機質な瞳でこちらをじっと見つめていたことに。
因果律の歯車は、もはや誰にも止められない速度で狂い、私たちの運命を粉砕するために回転し続けていた。この赤い珊瑚の森の中で、私たちは次の死が誰の手によってもたらされるのか、ただ震えながら待つことしかできなかった。




