幼き日の約束
遺跡で魔導書を入手し、帰路につきます。
勇者の墓での戦闘を終え、緑嶺の地下墓地から脱出すると辺りは暗く夜になっていた。
私たちは疲れていたのでジェイドが作った簡易結界の中で休むことにした。
体力に余裕があった私は見張り番に名乗り出た。
木にもたれて寝息を立てるリウとケインは手を握っている。
ひとしきりその光景を目に焼き付けた後、ユリウスとジェイドを確認する。
ユリウスは疲れていたのかすでに深い眠りの中にあるようだ。
ジェイドは私と目が合うとシーっと口に人差し指を当て、静かに私の方へ歩いてくる。
「なんだか眠れなくて……。モエ、良かったら私と話しませんか?」
私はコルネリウス家の家族の事、修行の事などを話した。
コミュ障の私だが、ジェイドはやさしく相槌を打ちながら聞いてくれるので話しやすかった。
(こんなお兄さんがいたら良かったな。そういや、『あいつ』何してるかな。また百合ゲーでもプレイしてニヤついてるんだろうな……。」
私は前世の兄を思い出す。
子供の頃はそれなりに仲良く一緒に遊んだりしたものだが、兄とは数年、まともな会話をしていなかった。
兄は天敵だ。思い出してみれば、兄にBLを読んでいるのを嘲笑されてから話さなくなったんだ。
私は人の趣味嗜好を馬鹿にするやつが一番嫌いだ。
兄だって女の子同士の恋愛、つまり『百合』を偏愛してるというのに!!
ジェイドの視線に気づき、私は慌てて話題を振る。
「あの、ジェイドは元奴隷ですよね?どうやって王子と出会ったんですか?」
わたしはずっと聞きたかった二人の出会いについて尋ねる。
ジェイドはふっと微笑み、話し始める。
「ユリウス様との出会いですか?それはユリウス様が10歳、私が14歳の時でした……。」
【新たなスキル、『水鏡ー過去を見る能力』を使いますか?】
私は視界に突如として現れた文字に内心驚くが、ジェイドに気づかれないようにそのスキルを発動させる。
ジェイドの顔がぼやけ、パッと景色が変わる。
中央には砂が敷き詰められた楕円形の舞台があり、すり鉢状の観客席からは多くの人間の歓声が聞こえてくる。
どうやらこれが闘技場のようだ。
今から、10年前のアドニス帝都のコロシアムは、熱狂と血生臭い匂いに包まれていた。
「……これが、兄上が言っていた『掃き溜めの見世物』か。」
(こ、これがユリウスたん??かわいすぎる!!)
10歳のユリウスは、城で着ている王族の華美な衣ではなく、庶民が着るような木綿の服をまとい、帽子を目深に被っている。
このような場所に彼のような美しい少年がいたらとても目立ってしまうし、現在のアドニス帝国では表向き、コロシアムでの戦いは禁止されており、お忍びで来ている身でなので面倒ごとは避けなくてはならない。
その為に市井の子供に見えるよう変装しているのだろう。
帽子から覗く瞳は冷めた光を宿していた。
ユリウスは次期皇帝候補でありながら、兄である皇帝から疎まれ、城内では味方のいない孤立無援の身だったという。
「王子」という肩書はあるが、兄からの暗殺の危険が常に付きまとっていた。
私の調べによると彼は何回も暗殺されかけている。
死ななかったのは彼が幼少時から賢く、危機察知能力が長けていたこともあるが、彼の母オクタヴィアが身を挺して守ってくれたのが大きかっただろう。
ユリウスの母は前皇帝の二番目の正妻で、アドニス国内で勢力を伸ばし始めていた辺境伯の娘だった。
美しく聡明な女性だったらしいが、ユリウスとは仲睦まじい親子というわけではなかったようだ。
だが、常にユリウスの立場が悪くならないように陰で動いていた。
不器用な人なのだろう。愛情はあるがその示し方が分からなかったのかもしれない。
その母もユリウスが9歳の時に亡くなっていた。
母亡き後、母の兄である辺境伯の叔父が彼に近づいてきたが、それは彼を使って政治の中枢に入り込もうという野心が見え見えで、ユリウスは辺境伯にとってただの駒に過ぎなかった。
だから彼は自分だけの「絶対に裏切らない従者」を求めていたと私は思う。
ユリウスが観覧席の最前列に着いた時、中央に一人の少年が引きずり出された。
14歳のジェイド……。彼が中央広場に出てきた時、観客から甲高い歓声が上がる。
汚れて痩せてはいるが美しい顔の少年だ。
戦争で国と両親を失い、奴隷として売られた彼は、闘技場で勝ち続けた。
決闘で勝てば殺されることもなく、商品として自分の価値を上げることができる。
少年は自分より二倍も大きい大男を相手に、たった一本の短剣で立ち向かっていた。
「殺せ! 殺せ!」
観客の歓声と罵声が飛び交う中、ジェイドは全身傷だらけになりながらも、決して膝をつかない。
その瞳は、絶望に染まるどころか、周囲の全てを焼き尽くさんばかりの、凄まじい生への執念で爛々と輝いていた。
「…………っ!」
ユリウスは大きく目を開く。
彼の頬は少し紅潮している。
ユリウスの思いが私に流れ込んでくる。
彼は煌びやかな城にいる誰よりも、泥を啜りながら戦うこの少年の瞳の方が、気高く、そして美しいと感じていた。
試合が終わった直後、ユリウスは奴隷商やコロシアムの用心棒達の目をかいくぐって檻の中に繋がれたジェイドの元へ向かっている。
鉄格子越しに、血と埃にまみれたジェイドが、獣のような鋭い視線をユリウスに向ける。
「……何の用だ、ガキ。俺を笑いに来たのか?」
嗄れた声で威嚇するジェイド。だが、ユリウスは怯むことなく、その小さな修練の跡の残る手を、鉄格子の隙間から差し出した。
「お前のその瞳……気に入った。他人の顔色を伺い、媚びを売る城の連中よりも、お前の方がよほど『人間』らしい」
ユリウスは帽子を取り、真っ直ぐにジェイドの射抜くような目を見つめ、凛とした声で言い放った。
彼の銀色の髪が揺れる。
「俺はユリウス•ファン•バルデール。この国の王子だ。……お前のその命、この俺が買い取ってやる。」
「……俺を……買うだと?」
「そうだ。俺は今の腐敗した帝国を倒し、新たな国を作るつもりだ。 城にうごめく狐どもから俺を守り、俺が王座に就くその日まで、一番近くでその牙を剥いていろ。」
その瞬間、ジェイドは自分の中で何かが壊れ、再構築されていくのを感じた。
初めて自分を一人の人間として、いや、それ以上の「価値ある存在」として見つめてくれた幼き王子。
ジェイドは差し出された小さな手を、震える手で握り返した。
「……貴方が、俺の新しい飼い主か。……いいだろう。この命、貴方に捧げてやる。」
(ちょっちょっと!!これって実質プロポーズじゃない??
幼き日の約束を守ってジェイドはあんなにユリウスを大事にしてるのね!尊過ぎる〜!!)
暗転し、元の森の中に戻る。
私はいつの間にか眠って(気絶?)いたらしい。
横のジェイドを見ると眠っているユリウスの頬に手を這わせている。
「私はあの出会いの時誓ったんです。
貴方と貴方の持っている全てを奪うと……。」
ジェイドって今は品行方正で穏やかですが、昔は結構尖ってたんですね!




