噓で塗り固められた楽園が崩壊する時
ヴィントブルグの戦いから一週間後の話です。
魔王タクトの『百合軍団』との激戦から一週間が経ち、ヴィントブルグの町は城壁や建物が崩れて瓦礫が山のように積まれている。
瓦礫の間を多くの人々が忙しそうに行き交い、急ピッチで復興を進めている。
ユリウスたちも負傷者の手当てや現状把握に追われて休む暇もない。
だが、魔王軍の猛攻に晒されたというのに人々の顔はどこか明るかった。
それは『勇者ユリウス』がこの町を守ってくれているという安心感からだろう。
ヴィントブルクの城主は戦いで魔王軍の方が優位に立った時に、恐れをなして有能な部下を引き連れさっさと逃げ出していた。
残された人々は懸命に戦っていたが、城門が壊され、魔王軍が町になだれ込もうとしていた時に勇者パーティが現れて魔王軍を撃退したので、ヴィントブルグでの勇者ユリウスの人気はすさまじいものになっていた。
ユリウスは暫定的にヴィントブルグのリーダー的な立場になり、町の再建や負傷者の救護作業を取り仕切っていた。
「ユリウス様、大丈夫ですか?このところほとんど休まれていないようですが……。」
城壁の傍の瓦礫に腰掛け、休むユリウスにジェイドは心配そうにミント水を手渡す。
「心配無用だ。……頼りにされるというのは案外心地良いな。
アドニスでは俺を嫌うか利用しようとする人間ばかりだったが、ヴィントブルグの民は純粋に『勇者ユリウス』を信じてる。
……まあ、恩を売っておくのも悪くない。」
ユリウスは水を飲み干し、立ち上がる。
その時、ユリウスの体が少しふらつく。
ジェイドがとっさにユリウスの肩を抱き自分に引き寄せる。
「私は心配なんです。あなたはすぐに強がりを言って無茶をしようとする……。
私をもっと頼ってください……。」
「ジェイド?」
ジェイドの顔を見上げたユリウスの顔は心なしか赤い。
常に気持ちを表情に表さない彼にしては珍しい。
「そんなに私が信じられませんか?
……ガイウス様と私は……。」
夕日が沈み、辺りは暗くなっていく。
城壁の影に立つユリウスとジェイドの前に、奴は唐突に姿を現した。
「……ふむ。我が主の『百合軍団』の初陣としては、少々手際が甘かったようです。やはり、あの二人に任せるのはまだ時期尚早でしたか。」
「ッ、誰だ!」
ユリウスが瞬時に魔法剣の柄に手をかけ、ジェイドがそれを庇うように一歩前へ出る。
崩れた城壁の影から優雅に歩み出てきたのは、どこにでも居そうな特徴のない顔をした黒髪の人間……。
いや、その額には角があり、にじみ出る魔力から高位魔族と分かる。
――魔王補佐官、アージェント。
その瞳は、周囲の荒廃した景色を冷徹に映し出している。
「初めまして、ユリウス王子。私は魔王補佐官アージェントと申します。
……おや、ジェイド殿。そんなに怖い顔で私を睨まないでいただきたい。
一週間前の取引は、まだ有効のつもりなのですが?」
「取引……? ジェイド、奴は何を言っているんだ」
ユリウスが眉をひそめた瞬間、ジェイドの背中が微かに強張るのをアージェントは見逃さなかった。
鏡の魔族は、愉悦に唇を歪める。
「おや、皇子は何もご存知ないのですね。
……貴方のその『忠実な聖騎士』が、裏で貴方の兄上である皇帝ガイウスと繋がり、貴方の動向を逐一報告しているスパイだということ。
そして何より、彼が貴方に近づいた『本当の理由』も。」
「アージェント……! 黙れ!!」
ジェイドがかつてないほどの殺気を放ち、アージェントを真っ二つに斬りつけた。
しかし、斬られたアージェントはぐにゃりとゆがみ消える。
そして音もなくユリウス達の背後に現れ、その鏡のような瞳でユリウスを真っ直ぐに見据えた。
「ユリウス王子、教えて差し上げましょう。
十年前、不落を誇った中央山脈の小国『アゼルクレスト』が、なぜ一夜にして滅びたか。
……貴方の兄ガイウスが、私の力を借りてあの国を蹂躙したからです。そして—―」
アージェントの細い指が、ジェイドを指し示す。
「そこにいる男こそ、すべてを奪われ、泥にまみれたアゼルクレストの第一王子……。
我が主のご令妹なら『仇の弟×亡国の王子、復讐から始まる禁断の主従愛』と狂喜乱舞するシチュエーションですが。
……さて、ユリウス王子。貴方は自分を狙う狼を、今までそれほど近くで飼っていたのですよ?」
「…………っ!!」
ユリウスは息を止める。
衝撃に目を見開くユリウスの視線の先で、ジェイドは何も弁明せず、ただ絶望に染まった瞳で拳を血がにじむほど強く握りしめる。
「ククッ……素晴らしい。王子を憎むべき『仇の血族』として利用しようとした野心と、いつの間にか彼を独占し、守りたいと願ってしまった歪んだ愛。
ジェイド、貴方の内に渦巻くそのドロドロとした欲望……本当に美しく、私の鏡を輝かせてくれる。」
アージェントは満足げに一礼すると、影に溶けるようにしてその姿を消した。
「では、またお会いしましょう。
……嘘で塗り固められた楽園が、内側から崩壊する様を楽しみにしていますよ。」
あとに残されたのは、夕闇に染まるヴィントブルクの瓦礫と、重苦しい沈黙だけだった。
「ちょっとあんた!!何してくれてんのよ!!」
モエは魔力の残滓を追い、ヴィントブルク城壁の外でアージェントを探し出した。
「おや、モエ様ご機嫌麗しゅう……。
そう言えばこうやって面と向かって話すのは初めてでしたね。
貴方のお兄様のタクト様にはいつもお世話になって……、いえ、こちらがお世話していますね。」
アージェントは何か思い出したようくすくすに笑った。
その笑顔は驚くほど幼く見えた。
「アージェント、あんたの目的は何なの!?」
「さっき、あなたがスキルを使い、隠れているのは気づいていましたよ。
この『仇の弟×亡国の王子、復讐から始まる禁断の主従愛』はあなたのお眼鏡にかなうと思うのですが……。」
「くっ、確かに大好物だけどあんな言い方ないじゃない!!
二人の関係は微妙なバランスの上に成り立っているんだから!!」
アージェントはモエを見つめ、不敵な笑みを浮かべている。
「私はあの二人が憎しみあい殺しあうのか、それとも障害を乗り越え愛しあうかをただ見届けたいだけですよ。
その為に少しさざ波を起こしましたが……。」
「それ、タクトの百合趣味より100倍業が深いわよ。
私はユリウスとジェイドのハッピーエンドしか見たくない!!
あんたとは『解釈違い』だわ!!」
「『解釈違い』……。タクト様もよくおっしゃるセリフですね。
さすが兄弟でいらっしゃる。
……そうだ!モエ様、ぜひタクト様に会ってくださいませんか?
タクト様もお喜びになりますよ。」
そう言うとアージェントから紫色の魔力の霧があふれ出し、私とアージェントの体を包んでいった……。
今回、リウとケインは出てきませんが、町の復興を助けながらもこっそりイチャイチャしていると思います笑。




