第百八話 老人の目に光るもの――修行の成果?
――修行が始まって数日。
ノアとレオンは、もはや生ける屍のような顔をしていた。
「……なぁ、ノア」
「……なんだ」
「俺たち……ほんとに人間か?」
「知らん。少なくとも、昨日まではそうだったと思う」
床に倒れ込んだ二人の上に、老人の影が覆いかぶさる。
「こらぁ! 弟子ども! 昼寝の時間ではない!」
「ぐあぁぁぁぁ! また来た!」
「なんでそんなに元気なんだよぉぉ!」
老人の手には巨大な縄跳び。
「今日は持久力の修行じゃ! 二人でこの縄を回して跳べ!」
「縄跳びぃぃぃ!? 今さら子供かよ!」
「でも絶対普通じゃないぞ……!」
その予感は的中する。
老人が振り回した縄は太さが腕ほどもある麻縄。しかも両端には石がぶら下げられていた。
「死ぬぅぅぅぅ!!!」
「跳べるかこんなもん!!!」
縄が振り下ろされるたびに地面がえぐれ、砂煙が舞い上がる。
二人は悲鳴を上げながら飛び跳ね続けた。
◆不思議な適応力
だが――。
何度も転び、叩かれ、泥まみれになりながらも、兄ィズは不思議と少しずつ順応していた。
「おい、レオン……今、俺ら……跳べてなかったか?」
「はぁ、はぁっ……う、うそだろ……でも確かに……!」
さっきまで不可能に思えた縄も、二人が必死で息を合わせることで、ほんの数回だけ跳び越えることができた。
「ふむ……」
縄を止めた老人の目が細まる。
その瞳には、かすかな驚きと――喜びが混じっていた。
「悪くない……筋はあるな」
「えっ、今なんて?」
「褒められた!? 俺ら褒められた!?」
久々に褒められた気がして、二人はほぼ泣きそうになる。
◆修行その二:薪割り地獄
次の日。老人は二人に斧を渡した。
「よぉし! 今日は薪割りだ!」
「お、普通だな」
「やっとまともな修行か……」
だがその山は、薪というより巨岩。
「……これ薪じゃねぇぇぇぇ!!!」
「岩じゃん! ただの岩じゃん!!!」
斧を振り下ろすが、刃がはじかれて腕がしびれる。
それでも二人は叫びながら斧を振り続けた。
「アリアの……ためぇぇぇぇぇ!!!」
「アリアの……笑顔のためにぃぃぃぃ!!!」
その叫びと気合に、斧の刃がついに岩にめり込んだ。
「おお……割れた!」
「やったぁぁぁぁ!!!」
レオンとノアは抱き合って喜んだ。
老人は腕を組んでうなずく。
「ふむ……本当にやりおる。アリアとやらの存在……おぬしらの心を支えておるのか」
その口調には、ほんの少し感心が混じっていた。
◆成果の兆し
修行は続く。
丸太担ぎ、滝行、草スープ地獄……数々の理不尽を潜り抜けるうちに、兄ィズの体は確実に変化していた。
「……なぁノア。俺、なんか前より走れる気がする」
「俺もだ。足が軽い」
山道を駆け抜ける二人の姿は、以前よりも力強く、呼吸も乱れにくい。
老人の口元が、にやりとほころんだ。
「よし、次の段階に進むぞ」
◆木剣の稽古
老人が差し出したのは木剣。
「基本に戻る。わしと打ち合え!」
「またかよ!」
「昨日も一昨日もやっただろ!」
だがその稽古は確かに成果を示した。
以前は一撃受けるだけで吹き飛ばされていた二人が、今は数合を渡り合える。
「おっ!? 今の俺、受けられた!」
「俺も一撃入れたぞ!」
老人は嬉しそうに目を細める。
「ふはは! ようやく人並みになってきたか!」
「人並み!? 今まで人並みですらなかったのか!?」
「そ、それはそれでショックなんだが!」
◆老人の心の変化
その夜。焚き火の前で老人は一人つぶやいた。
「……まさか、ここまで伸びるとはな」
久しぶりに訪れた修行者。
彼らは最初、ただの貴族の小倅と思っていた。
だが――何度倒れても立ち上がる姿に、老人の心は少しずつ温まっていた。
「……あやつら、なかなか気に入ったわい」
◆次なる試練
翌朝。老人は宣言した。
「よし! 次はわしと本気で戦え!」
「ま、待て待て待て!」
「いきなり最終試験みたいなのはやめろ!」
だが老人は構わず木剣を構える。
「わしが認めるか否か、それはこの勝負で決まる!」
「おいノア、やばいぞ!」
「分かってる! だがやるしかねぇ!」
二人は互いにうなずき合い、木剣を構えた。
こうして――。
兄ィズの修行は、笑いあり涙ありのスラップスティック調でありながらも、確実に成果を見せ始めていた。
そして老人の心にも、確かに彼らを「弟子」と認める光が灯り始めていたのである。
だがその先に待ち受けるのは、さらなる地獄の修行か、それとも――!?




