第百七話 彼らはさらに過酷でコミカルな修業を積むことになるのだった!?
――どれほどの時間が経ったのか。
木剣を振るい、汗を飛び散らせながらも兄ィズはまだ立っていた。
相手は白髪の老人。呼吸一つ乱さず、木剣を小枝のように軽々と操っている。
「はぁ、はぁっ……くそっ、どうなってんだよ、この爺さん……」
「じ、爺さんのくせに……っ。ノア、手がしびれて木剣が……」
肩で息をするレオンの指先は震えている。ノアも同じだ。だが――老人はまだ笑っていた。
「ふははっ、なかなかやるではないか! 若者よ、いいぞいいぞ!」
「な、なにがいいぞだぁっ! こっちは死にそうなんだよ!」
「……俺たちはさっさと帰りたいだけなんだ……っ!」
そう。二人の本音はそこに尽きる。
ただ一人の少女――アリアのため。彼女を守るため、彼女の笑顔を見るため、それだけを糧に生きてきた。
だからこそ、こんな山奥の怪しい老人に弟子入りするつもりなど毛頭なかった。
……だったのに。
「よし、決めた! お前たちは今日からわしの弟子じゃ!」
「聞いてねぇぇぇぇぇぇえええ!!」
「勝手に決めんなぁぁぁぁっ!」
二人の叫びを老人はまったく意に介さない。
◆老人の修業一日目
翌朝。
兄ィズは半ば強引に山小屋に泊められ、朝日と同時に叩き起こされた。
「おはよう! 弟子ども!」
「……なんでこんなに元気なんだよ、爺さん」
「う、うぅ……まだ夜明けたばっかじゃ……」
老人は木の桶いっぱいの冷水をぶちまけて目を覚まさせた。
「修行はまず身体から! 走るぞ!」
「はあ!? 朝飯も食ってないんだぞ!」
「朝飯は走った後だ!」
山の獣道を全力疾走。転びそうになれば木の枝が容赦なく顔を叩く。
それでも後ろから老人の木剣が容赦なく尻を突く。
「うおっ!? 刺さったぁぁぁ!」
「速く走れ! 尻が割れるぞ!」
「もう割れてるわぁぁぁ!」
レオンの情けない悲鳴が山中にこだまする。
◆奇妙な修行その二
走り終えたと思えば――次は丸太担ぎ。
「若いうちは骨をいじめぬいてこそ強くなる!」
「いやいや、これ人一人分以上あるだろ!」
「俺たちは木こりじゃねぇぇぇ!」
汗だくになりながら丸太を担ぎ歩く二人。だが老人は平然と三本同時に担いで見せる。
「なっ……!? なにそれ反則だろ!」
「爺さんのくせにどんな筋肉してんだよ!」
しかし老人はケラケラ笑いながら歩く。
「わしはもう百年この山で修行しておるからな!」
「百年!? 人間じゃねぇだろ!?」
◆昼食(?)
ようやく山小屋に戻った兄ィズは、空腹で死にそうな顔をしていた。
老人は大鍋を持ってきて叫ぶ。
「よぉし! 飯だぞ!」
「きたぁぁぁぁぁ!」
「助かったぁぁぁ……」
だが鍋の中身を見て二人は固まった。
「……なにこれ」
「……ただの草じゃねぇか」
鍋の中には山で採れた野草がそのまま突っ込まれていた。煮えたぎる緑色の液体。
「栄養満点、腹にも効く! 食え!」
「いやいやいや! 食えねぇって!」
「……ノア、匂いがもう毒なんだが」
老人は平気な顔でがぶ飲みする。
「ぐびぐび……ぷはっ! 若返るぞぉ!」
「若返らなくていいから普通の飯をくれぇぇぇ!」
◆午後の修行
午後はさらに過酷だった。
「次は精神修行だ。滝に打たれて心を鍛えよ!」
轟音を響かせる滝。兄ィズは全身を叩きつける水に耐えるが、唇は真っ青。
「ノア……凍え死ぬ……」
「歯が……がちがち止まらねぇ……」
老人は涼しい顔で隣に立っている。
「どうした若者よ! 愛しき者を想え!」
「愛しき者……アリア……」
「アリア……っ。会いたい……」
気づけば兄ィズの瞳に闘志が宿る。
老人はにやりと笑った。
「よし、その顔だ! 心の支えがある限り、おぬしらは折れぬ!」
◆夜の小屋
その夜。
布団もなく床に転がされ、二人は疲労困憊で天井を見つめていた。
「……なぁ、ノア」
「なんだ」
「これ、俺たち……いつまで続くんだ?」
「さぁな。だが……」
ノアは小さく呟いた。
「アリアが笑ってくれるなら……耐えてみる価値はあるかもな」
「……だな」
レオンも同意する。
二人の心は一つ。アリアのためなら――老人の理不尽な修行にも立ち向かう。
その思いを胸に、再び眠りについた。
◆次の日
翌朝。再び老人に叩き起こされる。
「よし! 今日は岩を素手で砕く修行だ!」
「そんなもん砕けるかぁぁぁっ!」
「やる前から無理だろ! 爺さん頭おかしい!」
しかし老人は岩を握った瞬間――粉々に砕いて見せた。
「うそだろぉぉぉ!?」
「人間やめてるだろ!?」
悲鳴とともに兄ィズの新たな修行が始まる。
こうして――。
精神を鍛え、肉体を鍛え、老人の理不尽に振り回されながらも兄ィズは着実に強くなっていく。
だが、表向きは真剣な修行であっても、二人の心の中心は常に同じ。
「アリアのためなら……!」
「アリアに笑ってほしいんだ……!」
その一念だけで、過酷な山奥修行を生き延びていくのだった。
そして最後に老人は高らかに叫んだ。
「よぉし! これで修行第二ステージの始まりじゃ!」
「まだ始まりかよぉぉぉぉ!!!」
兄ィズの悲鳴が再び山に響き渡った。




