第百六話 謎の老人との出会い
森を抜け、獣道を進んだ先に――小さな山小屋がぽつんと建っていた。 軒先には干された薬草の束、切り株の上には木剣が無造作に置かれている。
軒先には干された薬草の束がいくつもぶら下がり、切り株の上には木剣が無造作に置かれている。周囲の空気は、普段なら穏やかな香りのはずだが、今日は何か異様な緊張感を帯びている。
そして、その前に、白髪に白ひげ、背筋をぴんと伸ばした老人が立っていた。見た目は単なる老人なのに、その存在感は二人の背中にぞわりと冷たいものを走らせる。
「……む?」老人は小さく首を傾げ、二人を見渡した。その視線には、若さと無謀さを一目で見抜く厳しさと、同時に久しぶりの新しい出会いに対する淡い好奇心が混ざっていた。
「ひっ……! ゆ、幽霊!?」レオンが思わず後ずさり、指を震わせて老人を指差す。
「馬鹿者! 足あるだろ足!」ノアが冷静に突っ込むが、二人の心臓は高鳴ったままだ。
老人は笑わず、鋭い眼光を向けたまま口を開く。
「……ほう。貴族の小倅か、何日か生き延びてきたようだな」
「……え?」ノアとレオンは同時に顔を見合わせ、軽く息を飲む。
「千人目の修行者かと思えば……違ったか」
その声は低く、重く、森の奥に反響する。だが不思議と、聴く者の心を揺さぶる力があった。二人は思わず足を止め、森の静寂の中に沈み込むように立ちすくむ。
老人はふっと目を細め、笑みを浮かべた。
「わしは、この山に住まう者。名はとうに捨てた。」
「せ、千人目!?」レオンは目を見開き、声が震えた。
「千人も修行したってのか……!?」ノアも息を飲む。
老人は肩を揺らして笑う。その笑顔には、どこか少年のような無邪気さが混ざっており、見ている二人の動揺は一層増す。
「最近は修行に来る者がさっぱりおらん。……おぬしら、ちょうどいい。今日からわしの弟子もどきとして鍛えてやろう」
「――いやいやいや! ちょうどよくないですから!」レオンは両手を振り、必死に距離を取ろうとする。
「俺たちは帰るんで! お暇しますんで!」ノアも声を張る。
だが、久しぶりに他人と会話できる老人は、どこかウキウキしていた。頬がほころび、目が輝き、距離を詰めては小さな跳躍で二人を挑発する。
「まあまあそう言うな! 若者よ、健康には修行が一番だぞ!」
「押し売りか!」レオンは思わずツッコミを入れる。
「俺たちは帰るんだ! これ以上は――」ノアも抗う。
言葉の応酬が口論に発展し、口論がヒートアップする。ついには怒声が森に響き、木々の間を風が駆け抜ける。
「ならば、わしと勝負してみろ!」老人が突然叫ぶ。
「……はあ!?」二人は同時に驚愕した。
気づけば、三人は小屋の前で対峙していた。空気がピリリと張り詰め、森の静けさを切り裂くような緊張感が漂う。
「来い、小倅ども!」老人が軽く跳ねるように前進する。
次の瞬間、老人の姿が――消えた。
「――なっ!」ノアは声を上げる。
「速ぇ!? どこ行った!?」レオンも驚愕する。
背後から衝撃が襲い、ノアは辛うじて受け止める。レオンは木の幹にぶつかり、吹き飛ばされる。
「ぐはっ!」
「れ、レオン!」ノアが慌てるが、レオンも必死に立ち上がる。
老人は軽やかに飛びかかり、二人の攻撃をいとも簡単にかわす。手を伸ばすと腕を弾き、足を出すと蹴りを避ける。体の小さな揺れひとつで重心を変え、接触するたびに衝撃が走る。
「なんだ、老人のくせに……!」ノアが息を切らしながら呟く。
「す、すごくないか!? 一体なんでこんな山奥に……」レオンも目を丸くする。
二人は剣を構え、体当たりし、払いのけようとする。だが衝撃のたびに腕や足にしびれが走る。老人はその全てを受け流し、笑っている。
「ふはははっ! やはり若い者と戦うのは楽しいのぅ!」老人の声は、楽しげで、しかし威厳に満ちていた。
木の葉が舞い、風が巻き上がり、落ち葉が舞う中で三人の小競り合いは続く。ノアとレオンは息を切らしながらも立ち上がり、攻撃を仕掛ける。老人は受け流すたびに微笑む。
「くっ……ま、参った……」ノアが思わず小さくつぶやく。
「まだ開始地点にも立っていないんですけど……」レオンも苦笑い。
老人は満足そうに手を叩き、肩を揺らす。
「さあ、これからが本番だ、千人目」
森の奥で、土と木の香りに包まれながら、兄ィズの修行第二ステージは幕を開けた。
口論から肉弾戦へ、笑いと必死さが交錯する山奥の鍛錬の日々――ここから、彼らはさらに過酷でコミカルな修業を積むことになるのだった。




