第百五話 兄ィズ修業編 ― 山奥送りの始まり
◆ 山奥送り
「……えーと、ここからが修業ってやつらしいぞ、兄さん」
「……ああ。……って、え? 従者は? 馬車は? 飯は?」
「あるわけないだろ、ノア。俺たちに“甘やかされ過ぎたから叩き直せ”って言ったのは父上だぞ? レオン=レイフォードをなめるな」
「……おまえ、誰だよ……」
その日、ノアとレオンの二人は、無理やり山奥へ放り込まれた。
アレクシス伯爵――つまり父の決定である。
「学園にまで迷惑をかけるとは……貴様ら二人、少し頭を冷やせ」
―――いまさらである……。
そう言われて気づけば馬車に押し込められ、着いた先は険しい山脈のふもと。
従者も馬もいない。食料も最初の二日分だけ。
あとは自分で何とかしろ、とのことらしい。
「兄ィズ修業編、開幕ってわけだな」
「誰に言ってんだよ、それ……」
二人はため息をつきながら、山道を歩き始めた。
◆ サバイバルの第一日目
初日。
とりあえず川を見つけた二人は、水を汲もうとした。
「おおっ、見ろノア! 天然の水源だ!」
「おまえ、そんな大げさに……。いや、でも、なんか光って見えるな……」
ふたりはすぐさま川に駆け寄り、顔を突っ込む。
「ごくごく……ぷはぁッ! 生きてる実感だぁ!」
「俺は貴族のはずなんだが……なんで川の水すすってんだ……」
ノアの心はすでに半分折れていた。
次は食料。
レオンが張り切って剣を振り回し、うさぎを追いかけるが――
「待てコラァ! 俺の腹に入れッ!」
「いや、そう叫んでも逃げるに決まってるだろッ!」
結果、空振り。
むしろ崖下に転げ落ちそうになってノアに引きずり上げられる。
「レオン、マジで死ぬから……! 俺たち修行以前に帰らぬ人になるぞ!」
「ぐ、ぐぬぬ……。野獣め……」
結局、その晩は携帯してきた干し肉を分け合い、腹を空かせたまま夜を迎えた。
◆ 焚き火という名の修行
二日目。
寒さに震える二人は火をおこそうと試みる。
「枝を集めたぞ! あとはこうやって……石と石を……カチカチ……」
「おい、それじゃ一生つかねえだろ。魔法使え魔法!」
「……あ、そうか」
レオンは小さな火炎魔法を唱える。
「《ファイア》!」
ボウッ!
「ぎゃああああああッ!? 燃えすぎたぁぁああ!」
枝どころかテント代わりの布まで炎上。二人で必死に川水をかけて鎮火。
「おまえさぁ……加減って知ってる?」
「ふ、不思議だ……。俺はただ小さな火を……」
「いや、絶対盛っただろ」
結局、焚き火はつけられたものの、煙がすごくて涙目になりながらの食事となった。
◆ 獣との戦い
三日目。
山奥には当然ながら獣が出る。
「おい、ノア……。あれ……熊じゃねえか?」
「く、熊!? おい、冗談だろ!?」
茂みから現れたのは大きな影。
彼らは腰を抜かしながら剣を抜いた。
「兄弟の絆を見せるときだ! 行くぞッ!」
「行くしかないよな!? ……はあああッ!」
必死の戦い。
……とはいえ、熊の動きに翻弄されて転げ回るばかり。
最後は崖際まで追い込まれたところで、ノアの氷魔法が奇跡的に命中。
「……し、しとめた……?」
「お、おお……俺たち……やったのか……?」
熊はぐったり。二人は恐る恐る近づく。
その瞬間――
「……ぐるる」
「まだ生きてるゥゥゥッ!?」
二人は全力で逃げ出した。
◆ ボロボロの兄ィズ
数日後。
服は泥だらけ、髪は乱れ、顔には無精ひげ(※実際は疲労による影)まで浮かび、完全に野生人と化していた。
「……俺、もう文明人に戻れない気がする……」
「安心しろノア。お前はまだしゃべれてる……。俺はもう、“ウホッ”とか言いそうだ……」
「それ人間じゃなくて猿だろッ!」
二人は笑いながらも、本気で限界が近かった。
◆ 老人の登場
そんなとき。
森の奥、小さな山小屋の前で、一人の老人と出会う。
白髪、白ひげ。
背筋はしゃんと伸び、ただ立っているだけで圧を放つ。
「……む?」
「ひっ……! ゆ、幽霊!?」
「馬鹿者、ちゃんと足あるだろ!」
老人は静かに二人を見つめ、口を開いた。
「……ほう。貴族の小倅どもが、ここまで生き延びるとはな」
「……え?」
「千人目の修行者かと思えば……違ったか」
その声は低く重く、しかし不思議と心を揺さぶる響きを持っていた。
「わしは、この山に住まう老人。……名はとうに捨てた。呼びたければ、千人目とでも呼ぶがよい」
「せ、千人目!?」
ノアとレオンは思わず顔を見合わせた。
――修行編。
本当の始まりは、この老人との出会いからだった。




