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絶望的な状況でも、ミナモは一切困難とは思っていない。
(避雷針になってもらうか)
ミナモは即座に右手に持っていた斧を横に前に投げつけると、雷はそちらに折れ曲がっていった。
(よけ易い方に避けてしまった、もう少し先を見て避けないと駄目だな)
自己反省しつつ、雨の様に降り注ぐ雷撃を回避していき難を逃れる。
雷撃は砂塵を巻き上げ視界を奪う。
アウトセンスを使えるミナモには関係ない。むしろ自分よりもフィーネの心配をするが、盾で防ぎ難を逃れていた。
「……君、化け物にでもなったの?」
フィーネは人外魔境な動きをするミナモを畏怖し始めた。
しかしミナモからすれば朝飯前な行動、誇れる事では一切無い。
「おいおい、この程度の動きなんて超人ゲーじゃ普通」
「それがどうしたっていうの!」
フィーネの方へ襲い掛かる猪。
盾で受けながらもミナモと会話を続ける。
「超スーパーZ級の超人格闘ゲーム」
「だから、なんなの!」
「……クソゲーの様な、神ゲーの様な」
当人も形容しがたい作品であった。
「どっちなの! うわ、また攻撃……ッ!」
「ダメージの1くらいは食らってるだろから、何発入れれば良い事やら」
「ダメージは0にできる、それに自動回復が有ったりするんだよ」
ゲームの仕様を知り、やる気が見る見るうちに減っていく。
つまり現時点でミナモが猪を撃破する事は不可能だ。
「はぁ、……あほらしぃ、ワンチャンがないのかぁ」
ミナモはアイテム欄からポーションを取り出す。瓶に詰められた薄緑色の液体を飲み一息つく。
「コーヒーみたいに飲むんじゃないよ!
君は何でポーション飲んでるの、回避しきったんでしょ?」
「……このゲームアウトセンスのデメリット仕様があるみたい」
ゲーム内のシステムログには、逐一起きた事の詳細が表示されていた。
「これ、肉体が限界以上の動きした時に出るダメージみたい、ログに肉体負荷限界ダメージって出てる」
「な、なにそれ?」
「小癪な運営ではあるけど、穴を塞ぐよりは良い仕様じゃないか」
アウトセンスは仕様の穴ではあるが、防げるものでもある。しかし塞いでしまうと五感が鈍くなる。
体験を損なわない様に対処するには、ペナルティを付ける事が手っ取り早い。今まで見た事のない仕様にミナモは感動していた。
「攻撃力を上げる代わりにダメージを受けるってのに似てるね」
「よくあるやつね。
で、どうしよう、武器もさっきで駄目だし、囮くらいにしかならんのだが」
雷撃で融解した戦斧が転がっている。
その光景を見て恐る恐るフィーナは盾を見て白目を向きそうなった。防いだ部分がボロボロに焦げ、耐久が予想以上に低下していた。
「……新品なのに、嘘でしょ?」
「武器無いの? 武器、数値高い奴、頂戴、くれくれ、くれくれ厨だぞ」
「五月蠅いよ」
フィーネは譲れる武器を一切持っていない。華麗に倒す予定が、追いやられている状況に絶望してしまいそうだ。
「敵強いし長く耐えられない、これ予想以上に危ないよ……」
「なんかないのか」
周囲に武器になりそうな物を探すが、麻で作られた袋の様な物しかなかった。
「あの袋何?」
「袋? ッ!? また来た!」
答える前にUターンしてきた猪がフィーネに襲い掛かる。
アーツを使い一撃だけを防ぐが次が続かない。
「一気に削れた!」
残された時間は少ないと察し、ミナモは起死回生をかけて周囲に落ちている麻の袋へと急いだ。
(これはあのパーティーが落としていった物、多分デスペナか。
ぱっと見何かの素材だけだ、いらん、別なやつ)
一袋目に希望が持てず次々と袋を漁っていくが、武器は一切無い。
「駄目だ、無い」
「もういいから、これ使って良いから何とかして!」
フィーネが槍を投げ、簡単にキャッチし駆けだす。
(軽い、不安な軽さだ、遠心力とかも必要なのに、大丈夫なのかこれ)
初期に持っている戦斧よりも軽く、すぐに折れそうで不安を感じる。これはフィーネ専用の武器である、誰にも触らせたくないほどの高級品であった。
「デスペナで失う物ないけど、……ないけどこんなところでやられるのは嫌!!」
「なら少し耐えろ」
フィーネに一撃が入る。倒れる事はないが、もう次は確実に無い。
ミナモが接近すると猪は突き上げようとする。
(なら、それを利用させてもらおうか)
牙に飛び乗る。しゃくり上げると同時にその力を利用し、縦に身体を回転し遠心力をつけて猪の背中へと攻撃を叩き込んだ。
「お」
衝撃が手から体を突き抜ける。弾かれるとばかり思っていた攻撃が背中に突き刺さっていた。
燃えるような痛みが猪の中を駆け巡り、けたたましい雄たけびをあげ、体をよろめかせ暴れ始めた。
「うわっ」
暴れる猪に振り落とされないよう必死に槍にしがみつき落ち着くのを待つ。
「大丈夫!?」
「魔法が来るかも、まあ来ても問題はないけど」
慣れたもので、暴れている最中でも平然とフィーネの呼びかけに答える。
(踏ん張れないし、槍も抜けない。雷撃が来ると危ないけど、避雷針代わりになるし自滅は避けられんだろ)
背中に突き刺さった槍、そこに雷撃が放たれれば内部に伝わりタダでは済まない。
(ん? なんだこれ?)
次の一手を模索している時、背中の毛の奥から赤い何かが見えた。
(血管? いや、違う、人口のものか)
集中して眺めると、毛で隠されているが、何かしらの紋様が描かれているのが分かった。
さらに全体像を確認すると、その紋様が記憶の奥底を刺激した。
(あれ? これって、なんだったっけ? どっかで見たことある様な……)
蓋をしていたファンタジーゲームの記憶が沸き上がる。
草原を走り回った事、魔法を発動した事、強敵と戦った記憶、それらが駆け巡った。
(どのゲームだったか?
ファクター、は、違う。アーティベル……周りに円があった気がする。ファンタジスタ、は単純なのだけ。サプクエ――)
記憶の小道に逸れそうになる中で、一つのネットゲームで思考が止まった。
(嗚呼、そうだった)
完全に記憶が蘇る。
それと同時に暴れていた猪が、これ以上暴れていても無理だと悟ったのか、戦闘を辞めて森の中へ向かって行く。
「思い出したよ」
その声はひどく冷たい。
暴れる事を辞めた為、猪の背中に両足が着地し、力を籠めれば簡単に槍を引き抜ける。
「くそったれの聖痕だ」
そして『傀儡の聖痕』目掛けて飛び出した。
『ガアァァァァアアアアァァッッ!!!!』
槍を体から抜いた瞬間猪が吠える。だがその咆哮は長くは続かず、振り下ろされた槍により途切れる事となった。
「リリー!」
リリー、その名前は現実でのシャルロッテが癒里を呼ぶ時の名前であった。
(そっちで呼ぶんじゃないよ)
猪が制御を失い勢いよく森の中へ転がっていく。ミナモは飛び降り、受け身を取って猪の方へと走り出した。
木々がクッションとなり猪は少し先に横たわった。
「リリー、やったじゃないか」
「ゲーム内はゲームの名前じゃなかったの?」
「ミナモ」
「うん」
「もう少し嬉しそうにすればいいのに、どうしたんだい?」
「……傀儡の聖痕があった」
言葉は聞こえていたが、フィーネの記憶が『そのゲーム』と繋がっていない。
「え? なんだって?」
「傀儡の聖痕」
ある過去の記憶が呼び覚まされていく。
名前を言うまでは忘れていた、しかし完全に記憶から抹消されたわけではない、嫌でも記憶がこびりついていた思い出だ。
「嘘でしょ?」
「本当だよ、……ほら、出てくる」
倒れている猪の腹部付近、そこにある影が膨れ上がっていく。
そして『影』から這い出る人型が倒れた。
「嘘……」
這い出た影が色を帯び、どんどん輪郭をはっきりしていく。
そこに居たのはエルフだ、金髪のまだあどけなさ残る女性のエルフ。少し汚く見える焦げ茶色のローブを纏い、額に手を当て目をつむっていた。
そのエルフを見るなりミナモは近づき、槍の刃を首元に近づける。
「やあ、こんにちは」
出来る限り気さくな挨拶だ。
エルフが強い眼光で睨み付けるが、表情は一切変えずに笑みを浮かべたまま。
「お嬢さん、挨拶をしたまへ」
しかし無言のまま睨みつけるばかりで声を上げようとはしなかった。
「ほい」
「あっ、ちょっ!?」
ミナモは返答を返さないエルフの太ももに、刃を食い込ませて傷をつける。
一瞬やられた事が理解できなかったエルフは目を見開き驚いたが、痛みに悲鳴を上げて転げまわる。
「イッ、ヤアァァァ!?」
叫び転がるが、ミナモは突然そのエルフを蹴り飛ばす。
木の根元に転がると、再び首元に槍を突きつけた。
「リリーNPCは死んだら終わりだ、リスポーンしないんだぞ」
NPC、ノンプレイヤーキャラクター、つまりゲーム内部の存在だ。
一般的にゲームを盛り上げるガヤ的な存在ではある。
ただこのゲームでは少しだけ特殊だ。
「例え悪でも保護するのがボク達プレイヤーなんだ、駄目だ」
「知らねぇよ」
ゲームの様に復活など無い、一度きりの命。
プレイヤー達は一度きりだからこそ、NPCの殺害を畏怖し、犯罪者であっても捕らえる方針を取っていた。
「さて、それで君に聞きたい事があるんだ。
次は片手を飛ばす、直に答えるといい」
フィーネの話を聞かずに脅し続ける。フィーネもこれ以上は止めず、そしてエルフの動向を見守った。何故ならフィーネ自身も事の真相を知りたいのだ。
しかしエルフの次の言葉で理解してしまった。
「この命、どうか清きヴァルハラへと召されますようにッ、どうかこの穢れ切ったこの世を清浄な世界へと浄化されますよう、どうかヴァルハラの威光で全てをお救い下さいッ!」
彼女なりの辞世の言葉が零れる。それは二人には十分なほどお釣りがくる情報であった。




