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それでもエルニカは止まらず、駆け巡り相手の肉をそぎ落としていく。
「イイキニナルナ!」
その言葉を聞きエルニカは嗤う。
化身は腕を鞭の様にしならせ襲い掛かる。
「その言葉が聞きたかった」
化身の一撃はとてつもなく早く、成すすべなく叩きつけられてしまう。
しかしエルニカの目は相手を見据え揺るがない。
「閃光ッ、――穿てぇぇぇぇ!」
口に咥えていたエリクシルの瓶を放り捨て、化身の懐に潜り込むと全身全霊、渾身の一撃を叩き込んだ。
その一撃で脇下から肩まで一直線に切り裂いた。
「私を、舐めないでッ!」
真面もな生物では致命傷の一撃、例え強敵であってもこれだけは堪える。
残心、刀を鞘へ仕舞い。
(え?)
だが仕舞おうとした際に刃が半分消え去っている事に思考が止まった。
「ソノテイドカ」
まるで先ほどまでの事が芝居だったと言うように、化身の体は一瞬にして再生してしまった。
あり得ない回復速度はプレイヤーの魔法やポーション以上。
「――――は?」
絶句し、押し寄せる絶望に次の行動を移せない。
「少シハ驚イタガ、値シナイ」
閃光が走る、次の瞬間にはエルニカは火の粉舞う夜空だけが視界に入り、宙へと投げ出されていた。
何が起きたのか理解できぬまま、崩れ落ちた建物の中へと叩きつけられる。
(なに、が、起きて……)
ぼやける視界で必死に相手を捉えると、体躯がほっそりとし2.5m程度の背丈となった化け物が立っていた。
「天、使……」
その姿は人間としたらとても不気味なのだが、それを取り払うくらい神々しく美を感じるほどの体であった。
綺麗な純白の翼を広げ、温かさを振りまく。
この時初めて心の底から挑んではいけない相手に挑んだと後悔した。
しかしそれでも諦めない者が居た。
「無理してくれてありがとうエルニカちゃん」
ナガレは神々しい光を纏い、剣を化身へと向ける。
「今度は私の番」
地を蹴る、すると地面を削り足の跡が残った。
次の瞬間には化身に体当たりをしており、ナガレはなんとか態勢を整えようと身をひねると、その捻った勢いで化身を吹き飛ばした。
(制御しきれないッ!?)
軽い行動のはずが、ナガレの体は一切の制御が効かず困惑する。
ただ走ろうとして一歩踏み出しただけ、だというのに全ての力を出し切った以上の力で飛んでいた。
(敵は、何処?)
制御しきれない事に困惑している時間はない、吹き飛んだ相手を探し目を動かして確認する。
ところが探る必要はなく、突然目の前に肉薄してくる化身の姿が映り込んだ。
(やられるっ!?)
攻撃が来る、そう判断したナガレは防衛本能に従い手を振り上げる。
腕と相手の拳がぶつかり合うが、まるで見えない壁にでも弾かれ、何事もなく攻撃を受け止める。
ナガレは吹き飛ばず、代わりに化身が上方と吹き飛んでいった。
ナガレは衝撃でほんの少し下がるが、簡単に踏みとどまりダメージすらなかった。
(……あれ? ダメージが、ない、それに、この力は!?
これが、覚醒だというの?)
そのアーツの名は覚醒。
封具に備わっているスキルである。そのアーツの詳細を知り最初はその本質を理解していなかった。
(ただ、真なる力を目覚めさせて強化されるって、だけだったのに、まさかこれほどまで)
強化と言っても期待するものでないと思っていた、しかし今は違う。
(これなら倒せる!)
制御しきれない力が不安であるが、ナガレは空に吹き飛んだ化身を睨みつけ目標を絞る。
化身は宙で立ち止まると滑降し、旋回後に勢いよく降下してくる。
(来た、……けど、遅く見える、警戒してるの?)
スローモーションの映像を見ている様だ。
ナガレは剣を構えると一歩軽く踏み出す、今度は勢いよく飛び出すことは無く、地響きが鳴る程度だ。
「つむじ風!」
そして勢い良く剣を化身目掛けて振るう、風の刃が目にも止まらぬ速さで駆けぬけていく。
化身はその攻撃が危険と判断したのか、慌てて回避しようとするが、回避しきれず左翼の半分を失った。
顔を歪ませ体勢を崩し落下する化身、左翼に力を入れて無理やり再生させると、さらにスピードを上げてナガレに攻撃をしかける。
(遅い……)
ナガレには相手の速度がさらに遅く見えていた、その光景が奇妙で気味が悪い。
遅い世界の中、足に力を入れて地面を思いきり蹴る。
先ほど自分の移動にすら何が起きたのか分からなかったが、今は飛び上がった速度が相手と同じように遅く見える。
(嗚呼、そうか、この速度に私が付いていけてるんだ)
周囲の光景があまりにも遅く、ナガレ自身が速度に適応したのだと気が付いた。
(やれる)
剣を構え、化身とすれ違いざまに一太刀入れる。
切り裂かれた腕を見て次の攻撃を行おうとすると、化身は体から無数の突起を生やしナガレへと迫る。
ナガレはその『遅い』攻撃を剣で切り裂いていく。
「オォオォォォオォッッ!!」
叫ぶ化身は勢いよく再生し、肉弾戦を強いる。
近接戦は獲物が長いほど不利なのだが、ナガレはお構いなしに剣で受け止めては切り裂いていく。
「……す、すごい」
ナガレの空中戦を見上げるエルニカは、その戦闘に見惚れていた。
戦いの細部まで目視することは出来ないが、圧倒的な力の敵をさらに圧倒する力で制する。
その姿にまさに救世主、絶望の淵から救い上げてくてれる様だ。
「これなら――」
『助けてくれ!』
敵を倒せる、そう思っていたのだが、ナガレが相手にしている敵だけではない。
街にはまだ17体の清廉の子兵が残っている。
「……そうだ、まだ他にも」
エルニカが立ち上がろうとするのだが、肉体がぷるぷると震えてうまく立つことが出来ない。
アウトセンスによる肉体の反動、それがVRデバイスに影響を及ぼし行動に制限をかけていた。
肉体が落ち着くまで制限が解除されず、現実時間で30分程度かかるだろう。
「お願い、動いて」
よろよろと立ち上がり、なんとか瓦礫の中をゆっくりと歩いていく。
「姉さん」
そして叫ぶ。
「姉さん!」
(分かってるわ)
ナガレも状況を理解しているが、化身との戦いが長引いてしまっていた。
(だから、そろそろ終わらせる)
落下しながら戦い、その短時間で力加減が出来る様になっていた。
まだ完ぺきに力の制御は出来ないが、相手を切ることは容易い。
(何時までも相手にはしていられないわ)
ぶつかり合う攻撃はナガレに分があり、化身の命はナガレに握られていた。
ナガレは攻撃の合間、化身の隙を見破り、相手の攻撃をわざと誘い込む。
(やっぱりバリアが張られてる)
攻撃はナガレに当たる事はなく、薄皮で止まりナガレにダメージが入ることは無かった。
それを利用し、ナガレは振り上げた剣を思いっきり振り下ろし、化身を地面へ叩きつける。
「これで……、終わりよ」
剣を握りしめ、弓を引くように剣を背よりも後ろの位置へ。
狙いは一点、胸元の中心ただそこだけ、そこへ渾身の一撃。
「ワンズ、レインッ!」
接近するさなか、剣が神速を超え化身に肉薄する。
突き抜ける剣は衝撃波を広げて化身の内部を削り取る様にダメージを与えていった。
衝撃波が化身をかき乱し、ぐずぐずに崩していく。
これで終わった。
はずだった。
(え?)
ナガレは見た。
化身が不気味に微笑み、そして腕を大きく開く姿を。
そしてこう呟く。
「タダイマ」
言葉はナガレに戸惑を与える。
何故「ただいま」なのか、何故このタイミングでそのセリフなのか、何故手を広げたのか、泥の様に遅い時間でナガレは考える。
(え? なにが、どうなって、るの?)
そして気が付いた。
何故今これほどまでに周りの時間が遅いのか。
(分からない……)
衝撃波がゆっくりと広がっていく、周囲の煙は静止画の様に止まって見え、衝撃で飛んだ物体はスローモーションよりも遅い。
そんな世界でナガレだけが一人普通に物事を考えられる。
(おかしい、これは絶対におかしいわ)
ナガレの言うおかしいは、現状の状況だけではない。
(だって、この剣もこの化け物も、この強化も時間の遅さも、絶対におかしい)
冷静に考えればすぐにわかるはずだった。
しかし状況がそれを阻害していた。
(最初はこのモンスター、絶対に私達を倒せたはずなのに、……まるで力を試すみたいに手加減して)
その疑問は最初に思ったが、それはあくまで強者ゆえの余裕であり、弱いナガレ達を弄ぶ為だと考えていた。
(そして私がこうなってからちゃんと戦い始めて、……あれ?)
ナガレはふとそこで今回の事件の事を思い出す。
化け物が人間に化けている。
しかしある可能性に気が付いた。
(もしも、これが人間に寄生するタイプだったら)
人に寄生し乗っ取るのだとしたら。
(……ま、まさか、コイツ、……わ、私が、狙いだったッ―――)
ここでやっと化身の思惑に触れた。
(に、逃げ)
逃げる、その判断はすでに遅かった。
静止したような世界で、変化が起きる。
(ッ!? か、変わっていく!?)
気持ちの悪いほど時間が遅い世界、そこで粘土の様に化身が柔らかく太い紐状に変わっていく。
剣を中心に空間をあけて取り巻いていく。その様子はDNAのらせんである。
(剣が!?)
さらに剣は化身と同じ白い色へと変わり、剣の先から細い糸状になっていく。
細い糸は太い糸と絡み合い始め、ナガレを飲み込むように取り巻き。
(遅、かった―――)
ナガレのすべてを飲み込んでいった。




