リセットしても最初からではない
失敗した事は取り返せない。
しかしネットゲームにおいては、引き返せない事でもリセットが出来ればまた話は変わる。
失敗をそのアバターへ押し付け、真っ新な状態から再スタートが可能であった。
本人の体験と心を除いては。
「ねぇ、どれだけあるの?」
「……結構」
シャルロッテはけったいな仮面をつけて、マントを羽織りながら冒険者ギルド近くの物陰でミナモと共に隠れていた。
何故隠れているか、それはシャルロッテ、アバター名フィーネはそこそこ有名な人間だからである。
「君と受け渡ししていると、自ずと君と関りがあると思われる。
そこから君と接触した新しいアバターのボクを見つければ、繋がりを疑われる」
「……どっかホームを買うか借りて、そこにアイテム入れて私に譲渡、そしてシャルに渡すって感じじゃ駄目なの?」
フィーネは手を叩き、ミナモの肩を揺すり笑った。
「考えてなかった。
分かったよ、確か貸物件があったな、一月契約なら十分か、君と共同という事にするから」
「あいよ」
ミナモは一度受け渡されたアイテムを再びシャルロッテに返し、シャルロッテは変装を解くと準備をするために走り出した。
残されたミナモは桶の中に入っているイトウに餌を与えただ呆け続ける。
「シャルは再スタート、私も、この子で再スタートか、……お前はどこまで強くなれるかな」
人差し指でイトウの頭部に触れようとすると、イトウは嫌がって避けていく。
「……どう頑張っても愛せそうにはないな」
可愛げのないイトウを無理やり突いて、シャルロッテが戻ってくるのを待った。
貸家はミナモが借り、そこにシャルロッテがアイテムを詰め込み作業を行う。
ミナモはその貸家で一人寝転がり作業が終わるのを待った。
しばらくするとシャルロッテの搬入作業を終えて、ミナモの隣に座りクランメンバーに向けて突然の別れを告げる。
『アバター作り直すからクラン抜けるね、お世話になりました。じゃお元気で』
『え?』
寝耳に水であった。
ほぼ全員が居たクランであるが、誰も突然の告白についていけない。
『ちょ、ちょっと待って』
しかしその声が届くことは無く、シャルロッテは既にクランを脱退していた。
急いでクランメンバーリストを確認するが、そこにフィーネという文字は無く嘘偽りなく抜けたことを突き付けていた。
「抜けた、じゃあ作り直してくる」
「アイテム全部終わった?」
ミナモはやり残したことが無いか確認を始める。
「終わった」
「どっかの拠点にアイテム残してない?」
「ない、すでに回収済み」
「誰かに金貸してない?」
「貸してるけどたいした額じゃない」
「忘れ事無い?」
「無いよ、じゃあアバター作ってくる。
しばらく限定種族でないか思考錯誤するつもりだから、ログアウトしてていいよ」
「そう、じゃあ昼飯でも食ってくるよ」
共にログアウトし、シャルロッテはアバターの制作作業に移った。
それから癒里は軽食を済ませて、春の日差しに現を抜かしていると、アラートが響く。
メールが十件ほど溜まった事を知らせる、携帯端末の呼び出しだ。
「あれ? めっちゃ来てる、今朝0だったのに。
……全部シャルだ、しかも30秒おきとか、どうしたんだろ?」
確認すると「早くログインして」という催促のメールばかり。日差しを名残惜しみつつ渋々ログインする。
そして外部ツールの連絡手段でシャルロッテに連絡を試みる。
『やっと出た、遅いよ』
『遅いって、ちゃんとご飯食べてくるって言ったでしょ』
『それは言ったけど、けどそれよりも大変なんだ!』
『大変って?』
『アバターを削除したんだけど、作り直したらアバター弄れなくなった』
『ほむ』
『ほむってなんだよ、もっと親身になってくれ。君前にリアルの姿に近しい状態で弄れなくなったって言ってただろ』
『そうだね、美少女だろ?』
『あの状態になった、どうすればいいんだ……』
反応が無く、ミナモは不愛想に答えた。
『知らない』
『他人事だからってちゃんと真面目に考えてくれよ』
『どうせばれやしないよ、有名人じゃないだろ? ……糞乳風情が調子に乗るなよ』
『やっぱり君結構乳に拘るよね。
どっちにしろ平然と人目に晒せないよ、君リスポーン地点でマントか何かを持って待機してくれないか?』
『乳を隠すのか』
『いい加減そこから離れてくれ。
違う、特殊種族なんだ、だから目にも止まらぬ速さでボクを隠してくれ!』
『見た目はどんなんだ、さっさと行くから見せろ』
唸り声を上げながらシャルロッテが画像を送る。
そこにはミナモが見たことある姿、かつてのシャルロッテの姿が映し出されていた。
白く長い髪、すらっとした体形に見合わない、女性らしい象徴が目につく。
しかし人間以外の部分があり、側頭部から羊の様な角が、可愛い小顔を引き立たせる様に生えていた。
腕付近には爬虫類の様な鱗が生え、背部からは蝙蝠の翼が、臀部付近からふさふさとした白い毛の生えた、胴体ほどの太い尻尾が生えていた。
『なんだこの糞乳』
『そこなのか、もっと君は別な所を見た方が良いよ』
『……ドラゴンぽい羊?』
『ドラゴンだよ、種族はドラゴニュートかっこスノーフレークってなってる』
『ドラゴニュートって他のゲームだと人型ドラゴンってことだよね、スノーフレークって種類?』
『そうみたい』
ドラゴニュート(スノーフレーク)、その名前にピンとくるものはないが、ドラゴンという話にミナモは思う事があった。
『乱獲対象?』
『……人には見られたくないのは間違いない』
プレイヤーが追い求めているのがドラゴン、それに因果があるかもしれないドラゴニュートとなれば否が応でも大衆の的だ。
これから天使についての話題も出てくるため、ドラゴンという種族はさらに注目される可能性がある。
『天使とかも出てきてるし、あまり表に出たくはない』
『仕方ないね。まあ、分かったよ、リスポーン地点って何処?』
リスポーン地点はある程度決まっているが、ミナモはその場所が分からない。
記憶では大通付近なのはわかるのだが、詳細の場所が分からなければシャルロッテを隠すことは難しい。
『それが何故か街の東にある墓地みたいなんだ』
『は?』
『リスポーン地点を選べるのは知ってるよね?』
『え? 知らん』
『え?』
『え?』
ミナモはリスポーン地点を選ぶことなく、アバターを作り終えるとそのまま地上に舞い降りた。
選択する設定すらなかった。
『ひょっとしてチュートリアルすると選べる感じ?』
『しなくても選べたと思うけど』
『ええ? ま、まあいいか。
で、東の墓地ね、そっちに行くから待ってて』
すぐに墓地へと辿り着く。
幸い墓地に人の気配はなく、ミナモが必死に隠す必要は無かった。
『誰も居ないし、さっさとやって』
『了解』
シャルロッテがリスポーンするのだが。
『なんか真っ暗』
『墓地の中じゃないか? ってかマジで何処?』
『……この種族夜目効くみたいだ。
けど、本当に何処?』
『いや、こっちが聞きたい』
シャルロッテを見つけることが出来ずミナモは気配を探る。
『なんか空洞があって、奥に続いている、かなり特殊スタートだね』
『見つけた、地中に居るな』
『やっぱり地中か、どっちに向かえばいいんだか』
『見てる方向、そっち側に階段が見える、それで、……あの墓標の下か。
何かの抜け道みたいだね』
アウトセンスで位置を特定する、さらに探り、地下が通路になっていることが分かった。
シャルロッテの居る場所の真上には、他の墓地よりも立派で大きな墓標が建っている。
その墓標からは不思議な魔法の気配を感じる。
(何か魔法的なもので塞いでたのか、このまま持ち上げても良さそう)
封じられていたのか、簡単に持ち上げられる墓標ではない。
しかしミナモは難なく持ち上げる。
「助かったよ」
「ここから出られないみたいだったよ、魔法がかかってた」
「あれ? じゃあルートミスった?」
「装備も持ってきたから適当にその先行ってみる?」
「そうする」
出てきたシャルロッテにマントや装備をすべて渡し、ミナモも階段を降りていく。
「ボクのチュートリアルの続きみたいなものだから、先に行かせて」
「どうぞ」
ミナモはこの先に何があるのか答えないまま、シャルロッテの好きに移動させる。
奥は行き止まりになっており、綺麗に整形された石の壁が埋め込まれていた。
「文字?」
壁に文字が刻まれており、シャルロッテがそこに触れると、驚愕して止まった。
「どうした?」
そして身を乗り出す様に真剣に文字をなぞりながら眺め。
「何が書かれてるの?」
「竜の血を継ぐ君に託す、だって」
その言葉を呟くと石の壁がすっと音もなく消えていく。
そしてその先にあったのは。
「……杖?」
「こん棒だろ」
歪な木の棒、杖が石の台座の上に転がっていた。
シャルロッテがこん棒を持ち上げると、アイテムの名前が表示され、さらにその名前に驚く。
「封具だ!」
「封具? そう言えばそんなのもあったね」
「封具」
シャルロッテの表情はゆっくりと笑みに変わっていく。相当嬉しいのだろう、眺めては振り回してニコニコとしていた。
「初々しい反応だねぇ」
「だって初めてだから」
子供の様に燥ぐ姿を見て、ミナモは逆に気恥ずかしくなる。
ひとしきり喜んだシャルロッテは、持っていた武器をしまった。
「決めた、素直に魔法使い系で行く」
「前結構やってたよね」
昔からシャルロッテは前衛はせず、後方で支援をする魔法使い系の役目をしていた。
前衛は心機一転という意味を込めて選んだため、本当にやりたかった事ではない。
「君も前に封具手に入れたって言ってたよね、あれはどうしたの?」
「砕け散った」
「え?」
「砕け散って砂になった」
「……くだ、けるの?」
「ああ、勘違いしないでくれ、多分あれはそういうもの、それは違うと思う」
シャルロッテの持っている武器が砕けないとは断言できないが、そう簡単に砕ける物ではないと睨んでいた。
(私が手に入れた封具は『神器』だったからなぁ……)
その事は明かせないが、シャルロッテを落ち着かせる事を優先した。
「こればかりは私の感覚頼みの憶測でしかないから、まだ何とも言えない、けど私の持ってたものじゃないから安心して」
「不安だなぁ」
「ま、使ってけば分かるさ」
シャルロッテは杖の握りしめてとぼとぼと出口を目指す。
ミナモもその後を追い外に出て、墓標を元の状態へ戻した。




