3話
人の気配すらなかった街並みに人影がどんどん表示されていく、その人影に色が付きゲーム内のキャラクターとなっていった。
肌に伝わる空気、のしかかる重力、営みの匂いとお腹を擽る香ばしい屋台の香り、騒めき立つ人々の声。
騒がしくも何処か心地よく懐かしい空気を感じつつ、ゲーム内の空気を味わう様に呼吸する。
「はぁぁ、……懐かしい」
見慣れたファンタジーゲームの世界、そして新鮮な風景と人々、新しいゲームを始めたという感覚に顔が少し綻ぶ。
(この人数はゲーム開始直後の人数、本当に人気MMOなんだな)
見渡す限りのプレイヤーに感動さえ覚える、半年以上経過したゲームで、これだけの人数が一度に視界に映る光景などない。
しかしファンタジー的な雰囲気が、過去の記憶を呼び覚まし、心の中に曇天が立ち込めた。
(嫌だが、……やっぱり良いもんだ)
周囲を見渡し、誰も自分を見ていないと分かると安堵し一歩踏み出す。
向かう先は街の外、モンスターが徘徊する場所でありレベルを上げるための狩場であった。
(一先ず狩りして、街の散策は後でいいか)
ゲームを始めたらまずはレベル上げ、そんな染みついた風習が体を動かす。
(メニューはどうなってるかな?)
開けと念じると、目の前にメニュー項目が表示された。
ステータス、スキル、アイテム、コンフィグなどの項目がある。その中から一つずつ確認していきこのゲームの仕様を覚えていく。
(アイテムは初期装備となんかの袋。
スキルに、アーツ?)
剣技の中にパワースラッシュという技があった。
(なるほど。スキルは2つセットできると。組み合わせ重視のゲームか)
他にも設定を行い弄っていく。
装備項目を弄ると、皮のガードルが付いたワンピースが一瞬で装着される。
背にはずっしりと重い戦斧が圧し掛かっていた。
(う~ん、確かに重い)
移動しながら重さに慣れていく。しかし何処へ向かっているのか分からず思わず立ち止まった。
(確かあっちの方角が出入口だと思うけど、……マップマップ)
メニュー欄からマップを選択して表示する。
(簡素な地図だ)
2Dマップが表示され、大きな道と道具や武器など売っている店が表示される。初心者が必要な最低限の情報しか書かれていない。
人混みに彩られた街並みと、殺風景なマップを睨めっこしながら、やっとの思いで街の出入り口へと辿り着いた。
(こうやって壁見ると大きいなぁ、戦争用か?)
見上げる外壁を潜り抜け、風と共に広がる世界へ踏み出した。
街道を挟む様に草原がある。そこで響く若い声達が、丸々と太った魔物と戦っている。ネズミとスズメを掛け合わせた見た目の魔物だ。
彼等は同じプレイヤー達であった。へっぴり腰で剣を我武者羅に振るい、モンスターに軽くあしらわれている。
(初々しい戦い方。初心者なんて天然記念物だと思ってたのに、居るところには居るもんだなぁ)
半年も経過したゲームで、物珍しい初心者が居るのは人気の証拠だ。
しかしその戦い方を見て違和感に気が付く。
(オート戦闘もあるのに、なぜ活用しないんだろ?)
戦闘が苦手ならば、AIに戦いを任せる事が可能だ。
心情的にも生物を殴れない者も居る。その為に用意された機能であるのだ。
(ま、オートも序盤意外じゃ微妙だしな、馴れておこうって事だろう、多分)
天然記念物を母親の気持ちで見守る。
しかしやる事を思いだした。
(っと、そうだ、シャルと待ち合わせしてるんだった、はよ行こう。
座標的に、こっちか?)
マップを開いたときに現れるX軸とY軸と睨めっこして、向かう先にふわりと茂る林を見つけた。
近づけば林は大きく広がっていき、全貌すら見えなくなる。
「めっちゃ土と草木の匂いが濃くなった」
腐葉土を踏みしめる度に独特な自然の強い匂いが鼻につく。久しぶりの匂いに鼻が慣れず顔をしかめる。
「えっと、あれかな?」
マップを見るのを辞め、木々の隙間を縫うように進んでいく。
少し進めばシャルロッテらしきアバターが木に寄りかかっていた。
木々に混じる様な緑色の髪をした麗しい女性エルフ。競泳水着の様な服の上には白銀の鎧と大きな盾や槍を背負い、凛々し光を放っていた。
「やっと来たか」
「おっすおっす」
近づけば、街に居たプレイヤー達とは一線を隔ている事が一目で分かる。
「あ、そうそう、ゲーム内じゃボクはフィーネで通ってるから」
「ころころ名前変えるなぁ」
「君もだろ」
「フィーネ」
「ミナモ、……あれ? 前に使ってなかったっけ?」
「使ってた、名前のネタも切れたからね」
「まあいいか、とりあえずこれを進呈しよう、マップだ。あとフレンド登録」
フィーネはアイテム欄から羊皮紙を取り出し手渡す。ミナモはそれを手に取ると自動的にアイテム欄へと移動していった。ついでに表示されたフレンド申請を許諾する。
「これで離れた場所からでも通話できるから」
「普通に外部ツールで会話でいいんじゃない?」
「風情が無いなぁ」
雰囲気にまだ馴染めない為、フィーネが言っている事がよく分かっていない。
「それでこの地図は?」
「見てみなさい」
マップを確認すると、先程の質素な2Dマップから、3Dマップが表示される。
「何この高性能な地図」
「街も確認できるよ」
縮小拡大が可能で、書かれていなかった店の情報も書かれていた。
「なんか街の情報凄いんだけど」
「そりゃ歴史も載ってるさ」
「軽くネタバレされた気分」
「君そんな気にしないじゃん」
黙り口をすぼめる。確かに気にしない方ではあるが、風情が無い。
「その地図、めっちゃ高いから大事に使えよ」
「初心者に高いと言われてもピンとこないが、良い物ってのは分かった、ありがと」
「それで他に分からない所は?」
分からない事ばかりだが、一番知りたい情報は決まっていた。
「何故か初心者達が四苦八苦しながら戦ってたところかな。オートがあるのにさ」
「ああ、それね。自称ベテランがオートに頼らない方が良いって話をしてるから。
有名な実況者らしいけど」
「自称かぁ、何処にでもいるなぁ」
「けど右も左も分からないなら、そう言う奴参考にするしかないだろ?」
「う~ん、まあ、有名人バイアスがかかるか」
有名人と言うならば盲目的な信頼感が生まれる。それに騙され、有名人が謝罪する事もちょくちょくあった。
「後は勝手にSNSで広げていくだろうからね」
「嫌な広がり方」
「有名ゲームだからこそなせる業だよ」
「……腹立つ」
風が吹けば儲かる桶屋の様に、WLMは常に人を呼び寄せ人気になっていく。過疎ゲームとは大違いだ。
「ま、どうせ慣れないなら慣れないで、後衛とか戦闘しない様に別な事し始めるんだろうけど」
「戦闘無しでもやれるの?」
「職人系なら行ける、やろうと思えば街から出ずにレベル上げれると思うよ、そんな変なプレイしてる人も居るくらいだし」
「へぇ」
十人十色のプレイ方法、だがミナモは懐疑的であった。
「そこまで言うほど自由って事あるの?」
「それを確かめる為にプレイしてみればいいさ。
ただ君はそこまで自由にやれないと思うよ」
「何故?」
「他のネットゲームの知識に囚われて、常識の枠の外に出れないだろさ。
君、絶対にとりあえずレベル上げしておこって考えでここに来たでしょ」
図星である。引きつった笑みを浮かべ、それを見てフィーネが笑う。
「……非常識ならやれると?」
「例を上げるなら、このファンタジー世界でコンピューターなんか作れる、らしい」
「え、冗談?」
ゲームの中でコンピューターを作る、アイテムとして作るなら理解できるのだが、プレイヤー達が実際の『物』としてだ。
「理論上は現実と同じに製作する事が可能だとかなんとか、今の所チャレンジは失敗してるけど」
「単純にできないだけじゃ」
「だからルールに縛られてる今の君には無理じゃないかって話さ。
なんでも金属の耐性と魔力が云々とかなんとか?」
試行錯誤でチャレンジを行っている最中、想像を絶する。
話しているフィーネでさえも、詳細を尋ねれば視線を外す。
「ま、まあ、それだけ現実なんだよ」
「現実? ないない」
見過ごせない言葉にミナモは馬鹿馬鹿しくなり鼻で笑う。
自信をもって否定され、少しだけ怒りを込めてフィーネが尋ねた。
「あまりやってないんだから否定から入らないでよ。
どういう意味なんだい?」
「本当のファンタジー世界を再現とか、絶対にクソゲーだし、実際プレイしてクソゲーだった」
「え? そういうのあったの?」
「あった。
少し前だけど、クソゲーって紹介が合って実際プレイしたことあったんだけど」
「ファンタジーを自発的にプレイしたの?」
フィーネにとっては、ミナモの行動が信じられない。
トラウマを抱えるほどなのだ、自らファンタジーをプレイなど、望んで骨身を削る事と同じだ。
「クソゲーって紹介ならプレイせずにはいられないだろ? その魅力、いや、魔力に惹かれてしまったんだよ」
血走った様に、異常な目で語り出した。今の姿は気味が悪い。
「ヤバイくらいにリアルでさ、痛みもあるし、薬草とかポーションで傷を癒すにも時間がかかる。
魔法の発動も魔法陣とか呪文を丁寧に描いたり唱えなくちゃいけない、戦闘も泥臭い地道な戦い。
食事や栄養面の摂取、肉体の状態、排泄、何もかも徹底しないといけない。おまけに死んだらアバターが削除、アイテムも全ロスト、モンスターだって洒落にならないくらい強い、現実で熊とか相手にするもんだぞ。ドロップ品なんてないし、モンスターを解体して、残骸も適度に処理しないと色々問題あるし、解体した血肉も―――」
矢継ぎ早に話され、内容が聞き取れなくなる。
これ以上聞くのは辛い。フィーネは顔を引きつらせ、手を前に突き出して止めた。
「WLMがそこまでリアル路線でないって事を訂正させてもらうよ……。
け、けど、一応そう言われてるんだよ、……言われてるんだけどなぁ」
好きなゲームだからこそ否定されると憤りを感じる。しかし話を聞き何とも言えなくなってしまった。
「別にこのゲームのリアル寄りっていうのを全否定してるわけじゃないよ」
触れた触感も、大地を蹴る感覚も、紛れもなく現実のそれと同じだ。
「要は折り合いが完璧なゲームって事だよね?」
「折り合い?」
「ゲームに寄せすぎると現実感が無くなって、リアルに寄せすぎるとストレスの塊になる。
妥協して折り合った感じ」
「……うん」
しょげていたフィーネに活力が少し湧いていた。
話題を変え、やる気を出してもらおう。
「それで、これはどういった奥深い要素があるん?」
「えっと、……奥が深いっていうなら、一先ず惑星の大きさも地球の4倍とかなんとかって話」
「4倍? 重力とか、いや……。
想像もつかないな、というかそんな広いのか」
「その広さが問題なんだけどね」
「問題?」
「プレイヤーからしてみたら何処も未開拓の地、じゃあ冒険に出ようってなるでしょ」
「なるね」
「そこにあるのがアイテムの重量問題」
「重量? ああ、確かにあるね」
アイテム欄を確認すると、現在持っている重量の総数と、その横に最大積載量も表示がされていた。
「超過すると動けなくなる?」
「うん、一定以上はペナルティ」
「めんどくさいなぁ」
「だから野営装備や食料とかのバランスも考えないといけない」
「適当じゃ駄目?」
「空腹度もあるから食料必須、道中で採取だってするし、武器の予備とか他便利アイテムとか、重量が一番ネックで頭を抱える事になるよ」
「狩場に長時間籠るようなもんか、あれもあれで回復アイテムとか必要だし、……ソロ辛くない?」
このゲームではソロプレイをメインに行動予定であった。しかしフィーネはそのプレイを否定した。
「複数人じゃないと駄目よ。
複数人で行動する理由の最大のメリットは長く冒険に出れるという事、ソロ向けじゃないモンスターが多いからね」
「ボスモンスターとか通常モンスターもパーティー前提のバランス?」
「モンスターもそうだけど、一番は未開の地とか手付かずの場所を冒険するならって話ね」
自由を求めたゲームで、制限に苦しむ事になるとは、頭の痛い話であった。
頭を掻いているのを見て、フィーネは補足をする。
「パーティーもデメリットがあって絶対にお勧めってわけじゃないかな」
「ひょっとして拘束時間と人間関係?」
「そう、未開の地に行くとなると長期だし、人間関係次第じゃ苦痛なんてもんじゃないからね」
性格の合わない者と一緒に行動する姿を想像し、やる気がどんどん失っていく。
「……結局ソロがナンバーワン」
「もう一つデメリットあるよ」
「今度は何?」
「スキルスロットの問題、あれって街とか安全圏でのみ付け替え可能だから、旅先で苦労するよ」
「もうええって……」
言葉だけで雁字搦めにされていく。
このゲームを勧めたいのか、辞めさせたいのか分からず、フィーナへじっとりとした視線を送った。
「ま、まあ、無くても大丈夫。
スキルが無きゃ料理できないわけでもないし、物が取れないわけでもない」
それでも半信半疑だ。
「本当だよ」
これはフィーナなりの仕返しのつもりであったが、思った以上に効果があり少し反省する。
「本来の性能が発揮できないだけ」
スキルはあった事に越したことはないが、囚われず様々な事が出来る事は確かだ。
「後、スキルとかアーツが自作可能だか―――」
その時ミナモが手を突き出し言葉を遮る。
手を退ける様に首を傾げたフィーナは、真剣な表情でじっと森の奥を見詰めるミナモを見た。
「な、なに?」
「イベント、ってヤツかな」
口角を吊り上げ、森の奥へと駆けだしていく。
「ま、待ってよ!」
慌ててフィーナもその後ろを追っていった。




