そして旅に出る
モニターの隅に着信を知らせる通知が表示される。
「ん? シャルだ、何の用事だろ?」
シャルロッテと表示されたポップアップに手を伸ばす。通話が繋がり声が聞こえてくる。
「やあやあ、君のやってたゲームサ終(サービス終了)したんだって?」
やたら楽しそうな少女の声。自分とは対照的な声に眉を顰め尋ね返す。
「喧嘩売りに来た?」
「ボクはそんな事しないよ」
「あ、そ。
で、何しに来たんだい?」
「どうせ暇なんだろ?」
「まあ、……そうだね」
何故連絡をしてきたのか、ある程度予測できてしまう。
「君、ボクがゲームに誘いに来たって分かるのかい?」
「そりゃ当たり前だよ、しかも誘うゲームはどうせWLM、だろ?」
「流石だ」
予測通りだが正解したからと言って嬉しくはない。
「ファンタジー系する時はタイトル言わずに面白いって濁すからね」
「はは、そうだったね。
じゃあやろうよ」
「じゃあってなんだよ、じゃあって」
「だって、君強引に誘わないとファンタジー系のゲームやらないじゃないか」
「そ、そりゃ、……だって」
言葉を詰まらせるが、その反応は何時もの事だ。
想定していた反応、しかしシャルロッテは窘める様に誘う。
「君の苦手意識は分かる、『あんな事』があれば誰だってそうだよ」
「気持ち分かるんだったら誘う?」
「全てが全てあのゲームじゃないんだ」
「……そりゃ、分かってるよ」
「ならリハビリにどうだい? 大丈夫、WLMはすべてが世界に一つしかない、そんなゲームだよ」
それでも返答はなく空気は重い。
しかし拒否をする雰囲気でもない、その隙を突くようにWLMに誘う。
「何時かは苦手意識を変えたい、そう思っているんだろ?」
「それは……」
「心配しないでよ、今度は大丈夫。
駄目ならすぐに辞めればいい、それだけだろ?」
シャルロッテは良い人間だ、諭すように何度も持ち掛けて来る。
その誘いにぐっと心が揺らぐ。
あまりにも退屈なのだ、嫌な物に手を出してしまいそうなほど。
「もうそろそろ二年だよね」
「二年? あぁ、……そうだね」
二年前にどん底に落とされる事があった。
「人は限定とか個数限りという言葉に弱い」
「そうだね」
「無い事ばかり噂をたてられて、辞めれば神器が転がり込んでくるとでも思ったんだろうね」
「一々記憶を掘り出すんじゃないよ」
嫌な記憶というのは頭にこびり付く。
出来事がフラッシュバックし、眉間の皺が増えた。
「正直さ、……ボクも少しは羨ましかったし」
「別に自慢したわけじゃないんだけどなぁ……」
苦労して手にした一点物、人のモノでも欲しいと思うのは自然だ、それが人間の欲というものだ。
「あの時公式が公表しなかったなら、どうなってたんだろ」
「変わりはしないよ、それが欲望ってもんだろ?」
公式サイトに名前抜きで入手した事を公表され、簡単に特定された。
公表されなくても結果が少しだけ先延ばしになっただけで変わりはしない。
「だけど神器が消えた事で、奴等が悔しがっていることを想像して気分が軽くなったよ」
「数百時間と努力が水の泡になって、怒りと恨みしか残ってないんだが」
「ボクは少ししか手伝ってないからね、ちょっぴり人間不信になるくらいの軽症で済んだ」
「さいですか……」
心を痛めてくれたこと、そして共感してくれたが嬉しくある。しかし他人事でしかなく、とても複雑な気持ちであった。
「でも」
「ん?」
「そこまで不機嫌になりながらも話せる様になったんだから、大分回復はしてるみたいだね。
昔は話題すら出せないほどだったじゃないか」
時間が心の傷を癒してくれた、というにはまだ傷跡が残ったまま。当時よりは気が楽になったのは間違いない。
「どうだい、リハビリ、次の繋ぎ、暇つぶし、どの理由でもいいからやってみないかい?」
現在やりたいゲームというものは無い、まるで今の環境がWLMへと誘っている様であった。
「ついでにできれば昔みたいな性格に戻って欲しいなぁ、愛嬌があって――」
「余計なお世話。
今だってぷりてぃーだろ」
「喧嘩を売っているのかい?」
「どっちが売ってるんだ」
2人から小さな笑い声が漏れた。
「はぁ、あの頃はこんな荒んだり捻くれてなくてよかったのになぁ」
「こっちのセリフだよ。
まったく、まあ、……いい機会ではあるかな」
克服のチャンスは今しかない。そう言い聞かせるしかできない状況だ。
それに楽しくファンタジー系のゲームを遊んでいた自分を思い出し、羨ましくなったのだ。
☆☆☆
覚悟を決めベッドに寝転がり、VRデバイスを取り付ける。
ヘッドホン側にあるボタンを押すと、パソコンのディスクトップ画面が表記された。
画面の中央にはフルダイブモードで起動しますかと尋ねる一文。
(勿論だよ)
機械が意識を読み取る。
次の瞬間意識はどんどんと薄らいでいく。
(VR起動時の眠くなるようなの、何度やっても慣れない。
なんか、魂でも吸いだされてる気分……)
灰色の空間に1人立ち尽くしていた。ここがVRデスクトップ空間だ。
「ワールドライクメイク、起動して」
その言葉に反応し、WLMが起動し、景色が暗くなっていく。
暗い空間に開発と運営を行う会社のロゴが表示された。
(知らない社名……)
空間が波打ち波紋が広がっていく、ロゴが波にかき消されていった。
暗闇は夜明けへ、そして霧が包み込む。
(暗い印象だな)
刻々と光が強く晴れ渡っていく。
「んっ、……まぶし」
淡くも暖かな光が瞳を刺激する、光に慣れれば目の前には幻想的な金色の空が続いていた。
「良い演出ではあるけど。珍しい、高所嫌いな人のために地上の映像が殆どなのに」
金色の空を泳いでいた。何処かへ向かっているのか、高度が下がり雲の奥に自然豊かな森林や草原が広がる。
向かう先は大きな城の建つ街。
「城郭都市?」
小高い広い丘の上に神々しく聳え立つ都市、圧巻な光景に思わずため息が零れた。
「ここでタイトルがどーん」
雰囲気に浸っていたが、それを壊す様にタイトルロゴが表示され、朝露が滴る様なしっとりとした音色が流れ始めた。
「BGMは結構良い」
タイトルロゴの下側に表示されらGame Sartへ手を伸ばすと、タイトルロゴが消えていき、風を切りながら街の中へふわりと舞い降りた。
(アバター作成か)
金細工のメニューが表示され、ゲーム設定などの項目が並ぶ。
アバター作成を選択肢、ゲーム内で操作する自分の肉体を作り出す事にした。
「うげッ」
一瞬にして目の前に人型が表示される、よく見れば見慣れた小さな少女の姿。
「……自分そのままって、これさぁ」
やせっぽっちで、長い癖毛が波打つ、誰が見ても可愛いと思うだろう。
「こんな設定でやれるかっての」
しかし自分の姿が気に入られない。作り替える為に試行錯誤をし始める。
「性別変えられない、……見た目も大きく変えられない様になってる、またこれ系か。問題起こしちまったからなぁ」
渋々と変更できる範囲で弄っていく。
「……見たっくれは良いくせに、ちっさ。
第一リアルに近いって、身バレするやろ、うんちうんち!」
自分の見た目を褒めながらも貶す。
アバターを弄り回し、最終的に肩まで髪をカットした癒里に似た少女が居た。若干背丈も盛られている。
「もっと、弄れんのか? ……ほんまにこういうリアル晒す系は身バレがなぁ」
必要意外で外に出ない者が何か言っていた。
変えれるだけ変更はしたものの不満は消えず、ぶつぶつと言いながらアバターの設定を終える。
「次は? 名前か、……『ミナモ』でいいや」
ゲーム内の名前を入力。その名前に意味はない、なんとなく付けた。
「次はっと、ジョブか」
ずらりと立ち並ぶジョブの名前、その一覧を見ているだけで1日が過ぎてしまいそうだ。
その光景に苛立ちを覚え、シャルロッテへ連絡を試みる。
『お~い、ジョブは何が最弱だ?』
すぐに応答する。しかし返答はない。
しかし常識を疑う様な雰囲気が手に取る様に分かる。
『人を狂人みたいに思うんじゃない』
『何も言ってないだろ。というか自覚あるだろ。
まあいい、君の奇行は毎度の事だ、理由は後で聞くとして、最弱は精霊使いだよ』
『じゃあそれと、武器は?』
『戦斧、大きくて重い、取り回しが悪いの二重苦武器、罰ゲームに使われる』
『じゃあそれで』
『君やる気ないな』
ジョブと武器を迷う事無く設定する。
その際にシャルロッテが頼んでいないのに解説を始めた。
『その項目別に適当でも良いよ、後で変更できるし』
『後で変えれる? お金かかる系?』
『好きに変えれる』
『へぇ、じゃあこのままでいいや』
『それで、種族は何にしたの?』
『普通だよ』
『ん?』
不思議そうな反応が返ってくる。その返答に同じ反応を返した。
『デフォルト?』
『なに? 何も無いよ』
種族項目すらないのだ。
種族がある事すら初めて知った。
『……もしかしてレア種族かも』
『レア?』
『稀にそういう種族が選べるようになるんだ、ボクが見たことあるのはドリアードだったかな、髪に花が咲いてる種族、他にも色々居るみたいだよ。
レア種族が出るまで何度もやり直す人が居るくらいにはレア』
『もうゲーム辞めていいか?』
湧き出るトラウマを押し殺す事はできない。
『待て待て、君にはそういうのはトラウマだろうが待ってほしい。
そして一度画像を送って来てくれ』
『……ほい』
スクリーンショットを撮影し、一度躊躇しながら送りつけた。
『なんだこれ? ドワーフやホビットか?』
『同じって事?』
『見分けがつかない、レア種族って言っても絶対に頭を疑われるくらいだ』
ドワーフとは人型の低身長の種族で、大人でも丁度同じくらいの背丈しかない。
『どうせ見ても分からないんだ、使ってみてはどうだ? 他人が自分の種族を見れないんだ、問題なんて無いだろう』
唸り声で渋る。現実に近い、さらにレア種族という事もあり、しり込みし始めたのだ。
『しかし、背が小さい種族の様だね、背が小さいのもデメリットだから君にはお似合いだろう』
『ソウダネ』
怒りの炎が立ち上がる。しかし現実の姿を知らないシャルロッテの言葉に乗っかる事は出来ない。
『ま、私は美少女だし、小ささなんてほんの些細な事だよ、美少女だから仕方がない、いやぁ申し訳ないね、ごめんね美少女で』
『は? 何言ってんだコイツ?
まあ、もし同じ見た目であっても腐る前にその容姿に甘える事だな』
『シャルだって出会った時リアルの写真アイコンにしてたときあったけど――』
『あーあーあーあー! 聞こえないー!』
『パツキンボイン美少女のくせに』
『そんな事よりも! ジョブは後で自作も可能だぞ』
『露骨に話題変えて来たな……』
アバターの最終確認を済ませ、癒里はミナモとしてゲーム内へと新たな一歩を踏み出した。




