13
すでに前線は壊滅状態だ。
辛うじて生き残っている者も、戦意を喪失している状況。
大敗は喫した、しかしエルニカは切り捨てられようとしているプレイヤーを守る為に刀を振るう。
「諦めちゃ駄目よ!」
盗賊を切り伏せ、さらに近くの盗賊に切りかかる。
次へ切りかかる時、振り下ろしたはずの手が止まり、刀が宙を舞った。
「へっ、久しぶりじゃねぇか、前線から退いて鈍っちゃいねぇだろうな?」
声のした方を見ると白いフードの男が近寄ってくる。
そのフードを脱ぐと八重歯覗かせる笑みを浮かべ、二枚目の素顔を晒した。
「……琴線の旋律」
フードの男、シルフレッドは突き出した右手を上げると、エルニカの持っていた刀が宙から降ちてキャッチする。
「やろうぜ」
そして刀を投げ返した。
「紅角戦鬼、楽しませてくれよ」
「その名前は捨てた!」
鬼神の如き咆哮を上げ、飛んできた刀を無視し、新たな刀を抜刀し襲い掛かる。
しかし襲い掛かる直前、シルフレッドは手を払う。
エルニカは慌てて後ろに飛び去り、そして横方向へと走り出した。
エルニカが踏み込もうとした地面は、四本の爪に裂かれている。踏み込めば身体がバラバラになっていた事だろう。
「相変わらず見えにくい糸を器用に使うこと……」
シルフレッドの攻撃は、グローブから伸びる釣り糸の様な透明な糸の攻撃だ。
扱いにくい特殊な武器で、このゲームでそれを扱えるのはシルフレッドくらいだろう。
そんな武器を手足の様に動かし、再びエルニカへ襲い掛かる。
「動けるようで安心した、まだうじうじと悩んでるかと思ったぜ」
「五月蠅い!」
見えないながらも、過去の経験と勘で回避し、木々を利用し少しづつ接近していく。
「なんだ、声とは違ってちゃんと冷静に行動するじゃないか。
指示厨の戦鬼様は何時でも冷静だな」
木陰から飛び出そうとしたエルニカであったが、その言葉を聞いた瞬間頭に血が上る。
思わず飛び出しそうな短絡的な思考になりそうであった。
(落ち着け)
冷静さはまだ健在だ。冷静さを失っては悪手をうってしまうだろう。
呼吸を整え、次の攻撃に備える。
風切り音が聞こえた。対角線になる様に木陰から離れると、さきほどまでいた樹木がシルフレッドの見えない糸により切断される。
「ほんと、冷静だな。
前線に戻って来いよ」
「……今の私は商人、戻る気なんてさらさらないわ」
「指示しまくってクラン解散に追い込んだからか? それで責任でも感じちまったか?」
「……そうよ」
「そんな責任捨てちまえ、前線に戻って来いよ、楽しいぜ」
「断るわ」
「お前の指示は的確だった、何に対してもだ、反発する奴や辞めてった奴がそもそも悪い。
そうだろ? あの場所はそういう所なんだからよ、甘ちゃんがへらへら笑って楽できる場所じゃないんだ」
「――ゲームは楽しむ物、よ」
一瞬、エルニカの心が揺らいだ。自分の選択は間違いではない、そう言われた事が嬉しかった。
だがその考えを振り払い、自分を戒める。
ゲームは本来楽しいはずのものなんだから。
(私が間違っていただけ、上手く立ち回ればあんな事にはならなかったんだから、人の気持ちを理解すればよかっただけなんだから)
エルニカは昔、前線と言われる、無開拓地や攻略困難な場所を攻略するためのクランのリーダーをしていた。
『この場所で効率よくレベルを上げるの』
『無駄な事はしないで、採取後すぐに出発よ、食料の事を少し考えて行動して』
『アーツの発動が遅いわよ、少し遅れただけで大きな損害になるわ』
『何をやってるの、違う事するから痛い目見るのよ』
きつい言葉は相手を気持ちを思っておらず、しかし相手を思っていたからこそ成功させる道筋をその都度口にしていた。
間違った言葉ではない、だがそれを受け入れるには言葉に棘があり、思いやりが足りてはいなかった。
『もうついて行けないよ』
『指示されるのは沢山だ』
『つまらない』
辞めていくのは一瞬であった。
それから雪崩の様に崩れ、次々と人が去って行き、何時しか一人になっていた。
『どうして……』
間違ったことは言っていない、だが同時に正しい言葉ではなかった事は知っている。
それでもついて来てくれているから間違いではないと、そう思う事にしていた。
(なまじ特殊な種族になったばかりに……)
エルニカの種族は特殊な種族だ。紅角鬼と呼ばれる、エルニカ以外に確認されていない種族であった。
その事にもてはやされ、気が高くなり、あれよあれよと何時しか攻略の最前線へと足を踏み入れていた。
(それは言い訳ね……)
少し振り返ればよかっただけ、振り返れば悲鳴を上げるクランメンバーたちが居たのだから、そこで自分を見詰め直せばよかったのだ。
(あの当時、何が面白かったんだろ?)
もてはやされ、それで調子に乗っていただけ、効率を求めるあまりに楽しさを味わう事が出来ずにいた。
その後は抜け殻の様な状態であった。
(改めて前線で行動する以外に何も無かった、それを知った)
楽しむために始めたゲームなのだが、いざ居場所を変えた途端に自分には何もない事を思い知らされた。
もうゲームを辞めてしまおうと思った。だがその時知った。
(楽しそうだったな、あの人たち)
所持品をすべて売り引退しようと時、のんびりとした街の雰囲気を感じ、彼等が辞めて行った理由の鱗片を知った。
『今日裏路地で出してるパフェの店行って来たんだ、あのプレイヤーさんめっちゃ美味しいの作るの』
飛び込んできた会話の内容が全く理解できなかった。
パフェは知っている、しかしゲームの話だと一切理解できなかったのだ。
『見て見て、この服可愛いでしょ?』
『うん、素敵、何処で買ったの?』
『西の街で店を構えてる人から、今度連れてってあげるね』
まるで現実の会話を聞いているようであった。
ゲームで性能を求めず、見た目だけを追求する者が、別な生き物の様に見えた。
その時初めて自分が、異端になっていた事を知った。
(私は、私の見ていた世界しか知らなかった)
手の届く世界が全てであった。
戦いと効率の世界のすぐ隣に違う世界があった。
自分のしていたゲームはなんだったのだろうか、何が楽しかったのだろうか? そんな疑問がどんどんと沸き上がり、今までの行動を責め立てる。
『どうして見て来なかったんだろ? 答えがすぐそこにあったのに』
このWLMというゲームを見詰め直す為に、辞めて行った彼等の気持ちを理解するため、見聞を広げる事にした。
新たな道はエルニカを根本的に作り変えていく、知らない世界は新鮮で、張り詰めた緊張感が無くなり穏やかになっていく。
(商人だからこそ、いっぱい知る事が出来た)
一歩ずつ彼等達の気持ちを知っていった。
知れば知るほど彼等に謝罪をしたくなるが、連絡をする事は叶わない。
(だから私は助ける)
だからつまらなそうにしているミナモに手を差し伸べた。
差し伸べたのは彼女だけではない、かつての仲間に謝罪する様に、目の前で困っているプレイヤーを救う事にした。
「はぁッ!!」
今日もこの場所で、誰かを救うために戦う。
「遅ぇ! 前線から離れていたツケが出て来たな!」
「今温めている所よ!」
「お前が離れてる間にレベルに差があるんだよ! 俺は80後半、お前は70やそこらだろ!」
現状エルニカが不利な状況だ。
シルフレッドの攻撃はとても回避し辛い、すでに何度も食らい、じりじりと追い詰められている。
(装備は良くてもステータスの差がッ!)
このままでは押し切られる。
元々負け試合であったが、それでも勝つために努力はしてきたつもりだ。だが相手はシルフレッドだけではない。
(これでもし勝ったとしても、あっちに『鍛冶』が居た、これは、もう無理ね)
最後まで足掻くつもりだが、同等の存在がもう一人だけ居た。
絶望的な状況に心が折れそうだ。
(レベルも足りてないし、もう、無理かも)
すぐにでも負けてもいいのではないか、そんな考えが湧く。
「オラァ!」
(しまったッ!)
そんな心の隙が行動にも現れ、シルフレッドの攻撃を食らい、後方にある木に体を打ち付けて横たわった。
「チッ、やっぱり前線から引いた奴は駄目だな」
(嗚呼、やっぱり負けた……)
最初から分かり切っていた結果だ。
努力しても変わらない、ならここまでで十分だ、十分やった。そんな事を自分に言い聞かせる。
「とどめだ、……残念だったぜ本当によ」
名残惜しそうにシルフレッドが手を上げる。後はやられるのを待つだけだ。
だが、そう思っていたエルニカに声がかけられる。
「本当に終わりですか?」
声の主はミナモであった。
まるで見透かしていた様に、再びミナモが尋ねる。
「本当にそれで終わりなんですか? 諦めちゃうんですか?」
「……もう、無理よ、だって」
攻撃が来たら終り。
そのはずなのだが、攻撃は未だに来ず。
(え?)
目を開けシルフレッドを見ると、警戒心を露にしながら周囲を見回している。
(何をしてるんだろ?)
理解できない状況であった。
しかしお陰でエルニカは生きている。
「何時まで悲劇のヒロインをしてるんですか?」
「え?」
「ぐへっ ……ごほん。
本当に負けて良いんですか? これで負けたらまた最初からですよ」
(負けたら最初から? どういう事?)
「前に進まず、前を見ず、商人だけを続けて後ろばかり見続けるんですか?」
「そ、れは……」
言葉が詰まった。
自分は商人になり新しく前に向かって進んでいた、そう思っていた。
確実に一歩は進めた、だが同時にかつて向かいたかった方向とは違う、後ろ側に進んでいるのではないか、心の隅で不安が大きくなっていった。
「人間、一度染みついた匂いってなかなか取れないものです。
暴れ回った後、大人しくしていると体が疼きます、エルニカさんは商人になって、刺激が無くなり退屈だったことは無いですか?」
図星だ。
心が折れ、退いた後も自分が目指した場所を求めて夢想する。
『あの場所に何があったんだろ?』
あのまま続けて居たらどんな光景があったのか、思考が体を疼かせる。
「立ってください」
「もう、無理よ」
「いいえ、立ってください」
「この状況じゃ、無理なの」
「大丈夫です、気持ち一つで立てます、そしてエルニカさんなら自分に嘘を吐けず立ち上れます」
私の何を知っているのか、そう問い詰めたい。
しかし見透かされたなら、本当に立てるのではないか、そう思わずにはいられなかった。
「ほら、立てるじゃないですか」
「……なんで、立ち上ってるのかしら」
よろりと立ち上がり、自分の行動が不思議で仕方がなかった。
「まだ負けたくないからでしょ、これまでもこれからも」
「……そうね」
本当に見透かされているのだろう、そう思うと封をしていた奥底から感情が沸き上がって来る。
湧いてくる感情は、悔しさであった。
「私、まだ、負けたくない」
「大丈夫です」
感情の籠ってない『大丈夫』、その言葉がまるで強固な言葉に聞こえた。
「もっと早く、高く、貴女は強く動けます、気持ち一つで絶対に今よりも比べ物にならないほど強くなれます。
これは私の魔法、バフを貴女に精一杯かけました」
疑う余地はない。
本当に立ち上がり、体が軽くなったのだから。
「……どっから攻撃されたか分からんが、今はお前と戦っていた方が良さそうだ。
飲んで回復しろよ、そのぎらついた目、まだ死んじゃないんだろ」
「待っててくれるのね、貴方、もっと優しかったら女の子にモテるわよ」
「へっ言ってろ」
アイテム欄から取り出した高級なポーションを手に取り一気に飲み干す。
減っていた体力が見る見るうちに回復し、傷が瞬く間に消え失せる。
「なんだ、そのエリクサー、本気かよ、いくらすると思ってんだ」
「ええ、破産よ、こんな二束三文の依頼で使うなんてありえないわ」
普通ならば後生大事に持っておくべき高級品。
それだけの価値が今この瞬間だけはあるのだから。
「お前が本気と言うのは分かった、いいぜ、そういうの、楽しくなってきたじゃないか」
「今度の私は違うわよ、覚悟なさい」
互いに見つめ合い、そして風の音と共に飛び出した。
(体が嘘みたいに軽い)
ミナモが言っていた通り、まるで別の体かの様に動き、先程までの行動が泥の中を歩いているようであった。
動きが変わり、シルフレッドは驚きはしたものの、強くなったことは歓迎し楽しみ始める。
(へへっ、楽しいじゃないか、やればできるなら最初からやってろよ)
心の底から楽しむシルフレッド、そして同じくエルニカもまた楽しくて仕方が無かった。
せめぎ合うギリギリの戦い、高揚感が何時もよりも高く、この日だけは戦闘が楽しくて仕方がなかった。
(戦闘が楽しいなんて、どうしちゃたのかしら?)
自分でも不思議で仕方がない、まるで戦闘ではなく、踊っているかのような、そんな気さえする。
長く長くダンスは続く、それでも終わりは近づいてくる。
「楽しいなぁ、どうだ、また復帰したくなっただろ?」
「ええ、そうね」
互いに笑みを浮かべ、――そして。
「引き分けか」
「残念ね、勝ったかと思ったのに」
「負けてたまるかよ」
エルニカの刀はシルフレッドを串刺しにし、シルフレッドの糸はエルニカの胴体と腕を切断した。
死闘を尽くした二人は何処か満足げであり、互いにその場に倒れ光となり消えていった。




