第三十四話 誕生
その直後だった。
ピシッ――
繭の方から、何かが割れるような音が響いた。
「ソーマ! あそこ見て! ヒビが入ってる!」
ましろが興奮した様子で紅蓮の繭を指差している。
その先には、一本の亀裂が走っていた。
「なっ……」
大丈夫なのだろうか?
ましろの時は、進化に三日ほどかかったんだが。
「は、早すぎる……!」
研究者の一人も心配そうに声を上げた。
「まさか異常が……!」
「ですが、魔力反応は安定しています!」
「内部温度も正常です!」
周囲が一気に騒がしくなる。
だけど、その中で久遠副隊長だけは妙に落ち着いていた。
「副隊長……紅蓮は大丈夫なんでしょうか?」
「大丈夫じゃろう」
即答だった。
「お主ら、何をそんなに慌てておる?」
副隊長が怪訝そうな顔で聞いてきた。
いや、でも、普通は慌てると思うんだが。
「その……進化が早すぎるので」
俺がそう言うと、副隊長は不思議そうに首を傾げた。
「早すぎる?」
「え、ええ。ましろの時は三日ほどかかりましたし……」
すると、副隊長はますます怪訝そうな顔になった。
「むしろ、それがかかりすぎじゃ」
「え?」
「普通はそこまで長くはない」
副隊長は繭へ視線を向けたまま続けた。
「こんな無防備な状態で三日も眠っておったら、“どうぞ殺してください“と言っておるようなものじゃろ」
……確かに、言われてみればその通りかもしれない。
「それじゃあ、ましろが特別だったってことですか?」
「いや。ただ単に魔力が少なすぎただけじゃな」
副隊長はそう言って、
「――それより、出てくるぞ」
視線を繭へ向けた。
次の瞬間。
バキッ!
繭の表面を突き破り、腕が飛び出す。
「おおっ!」
研究者たちから歓声が上がった。
どうやら中から殴ったらしい。
……うん。紅蓮らしい。
突き出された腕は、間違いなく人、そのものだった。
そして、
バリバリと繭を破りながら、その姿が現れる。
現れたのは、中学生ほどの小柄な少年だった。
鮮やかな紅髪。
頭には短い角。
そして腰の後ろでは、見慣れた尻尾が揺れている。
少年は何度か手を開いたり閉じたりしていた。
まるで、自分の身体を確かめるように。
誰もが息を呑み、その様子を見守っていた。
そんな中――
「グレン?」
最初に声をかけたのは、やはり、ましろだった。
しかし、少年は返事をしない。
ゆっくりと周囲を見渡す。
研究者たち。
焔乃宮。
そして――
俺。
その瞬間、少年の目が大きく見開かれた。
次の瞬間には、不敵な笑み。
「蒼真っ!」
勢いよく俺を指差す。
「言われた通り、人間になってやったぞ!」
一斉に視線が俺へ集まる。
やめろ。
そんな目で見るな。
「いや、待て待て」
俺は慌てて首を振った。
「俺は冗談で言っただけだからな!?」
「別に冗談でも何でも良い!」
紅蓮はそう言い返すと、少しだけ視線を逸らした。
そして、なぜか耳まで赤くなっている。
「約束は、ちゃんと守ってもらうからな!」
そう言い切った。
「ほう?」
副隊長が口を開く。
「約束とな?」
「あ」
紅蓮の表情が固まった。
「なんじゃ。聞かせてみよ」
副隊長の表情は真剣そのものだった。
まあ、気になって当然か。眷属が魔人になったんだからな。
一方、紅蓮は露骨に視線を泳がせていた。
「い、いや……それは……」
さっきまでの勢いはどこへやら。
……仕方ない。
助け舟を出してやるか。
「一緒にゲームしようって話ですよ」
「そ、蒼真!?」
「もちろん、副隊長たちと一緒にですけど」
「なんじゃ。あれのことか」
副隊長は納得したように頷いた。
「うむ。それなら我も楽しみにしておるぞ」
「……っ!」
紅蓮は何か言いたそうにしていたが――
丁度そのとき、隣の繭にも亀裂が走った。
「お?」
「紅麗もじゃな」
バキリと繭が割れ、一人の少女が姿を現した。
長い淡紅の髪。
紅蓮と同じように角と尻尾を持っている。
少女が周囲を見回していると、
「クレイー!」
ましろが突撃し、そして抱きつく。
「はいっ、紅麗です。ましろちゃん」
その姿はまるで姉妹のよう。
もちろん、ましろが妹。
でも、良かった。二人とも無事に進化できて。
俺は安心して、ふと焔乃宮の方を見た。
しかし、彼は呆然としていた。
「二人とも、本当に魔人になるなんて……」
その視線は、紅蓮と紅麗に向けられていた。
「こんなことを報告して、信じてもらえるのでしょうか……」
それは、誰に向けたわけでもない、切実な呟きだった。




