第三十三話 二つの繭
翌朝。
本来なら、今日は久遠副隊長たちとゲームで遊ぶ予定だった。
だけど、紅蓮と紅麗の進化が始まった。
「むぅ……」
そのせいで、リビングのソファでましろがほっぺを膨らませていた。
昨日、遊ぶのを延期と告げられた時は、竜舎中に響き渡るほどの悲鳴を上げていたっけ。
「まだ、怒ってるのか?」
「おこってないもん」
どう見ても拗ねてる。
視線もゲーム機の方ばかり見てるし。
しかし、しばらくして、ましろは小さく息を吐いた。
「……でも、クレイたちのほうが、だいじ……」
「ましろ……」
本当に、賢い子だ。
俺があのくらいの歳なら、もっと駄々をこねていた気がする。
すると、ましろがぱっと顔を上げた。
「ソーマ! クレイたちの様子、見にいこう!」
ほんとに、強い。もう切り替えられるんだから。
「よし! 行くか!」
俺も心配していないわけじゃない。ただ、ましろの時よりはずっと気が楽だった。
久遠副隊長たちが、付きっきりで見てくれているのが大きい。
ましろのときは部下たちも部屋に入れなくて、俺一人だったからな……。
「焔乃宮も誘うか」
あいつも気にしていたし。
「うん! ましろ、よんでくる!」
こうして、焔乃宮も参加が決定。ついでに手土産まで用意してくれた。さすが焔乃宮家御用達!
……別に最初からそれを期待していたわけじゃないぞ?
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ということで、三人で竜舎までやって来た。
正確には、竜舎の横に作られた土壁の仮設施設なんだが――
「なんじゃこれ……」
「凄いですね……」
「いっぱい人がいる!」
そこには、大勢の研究者たちが押し寄せていた。
とはいえ、
「多すぎないか……?」
思わず呟く。
下手をすると、研究所の人間が全員集まっているんじゃないか?
それくらいの人数だった。
しかも、妙に殺気立っている。
研究者たちはスマホやカメラを片手に、少しでも中を覗こうと必死になっていた。
だが、入り口の扉は固く閉ざされている。当然、中の様子は何も見えない。
「ソーマ! 入り口にメイドさんがいる!」
ましろが指を差しながら、ぴょんぴょんと跳んでいた。
「とりあえず行ってみるか」
「そうですね」
研究者たちをかき分けながら進み、なんとか入り口の近くまで辿り着く。
そこには、久遠副隊長付きのメイド――芙蓉さんが陣取っていた。
椅子に座り、真剣な表情でタブレットを見つめている。
仕事中みたいだ。
「フヨウ! クレイたちの様子はどう?」
「ん? あー、ましろちゃんじゃないですか!」
芙蓉さんはぱっと顔を上げ、タブレットを椅子の上に置いてこちらへやって来た。
その瞬間、画面が見えてしまった。
……ユウツウブだ。
仕事をしていると思ったのに。
「二体とも変化なしですねー。まだ繭のままです」
「ましろたち、中に入っていい?」
「もちろんです。あなたたちは是非入ってください」
芙蓉さんがそう答えた瞬間――
「お願いします! 私たちも入らせてください……!」
「芙蓉様!もっと近くで見させてください……!」
周囲から悲鳴のような声が飛び交った。
まあ、無理もない。
進化の瞬間なんて、一生に一度見られるかどうかだ。
しかも、ここは竜の研究施設。
研究者たちからしたら、喉から手が出るほど見たいだろう。
だけど、芙蓉さんは死んだような目をしていた。
……多分、ずっとこれを繰り返されているんだろうな。
「周りがうるさいので、早く入ってください……」
疲れ切った声だった。思っていた以上に大変な役回りらしい。
とりあえず、ここにいても邪魔になるし入らせてもらおう。
紅蓮たちのことも気になるし。
俺たちは中に入るため、扉を開けた。
その瞬間――
「開いたぞ!」
研究者たちが一斉にスマホとカメラを構える。
パシャパシャパシャッ!
凄まじい連写音。
芙蓉さんが深いため息を吐いていた。
扉が開いただけで、これか……。
扉の先には繭が二つ……って、それどころではない。
久遠副隊長が人を殺しそうな目でこちらを睨みつけていた。
これはやばい……!
急いで中に入って扉を閉めた。
研究者たち、すまん……。
あの短時間で撮影はできただろうか。
「クオンー! クレイとグレンの様子はどう?」
「……ああ、問題ないぞ」
さすが、ましろ。副隊長の怒気が薄れた。
周りを見ると、研究者たちも数人いた。選ばれた人たちなのだろう。
繭の周りにはいろんな機材が置かれていて、研究者たちは数値をチェックしたりしていた。
「クオン、さわってみてもいい?」
「ああ、良いぞ。その代わり、優しくな」
「わかった!」
研究者たちの唾を飲む音が聞こえた。
そりゃ触ってみたいよな。それは俺も同じ。
「俺も触っていいですか?」
「良いぞ」
繭に手が触れる。
温かい……。
ちゃんと、元気に生まれてこいよ。
その後、焔乃宮や研究者たちも、みんな触らせてもらえた。研究者たちの中には泣いている人も。
よかったな、触らせてもらえて。
「蒼真よ。お主はこの進化で紅蓮と紅麗が魔人になると言っておったの。それはなぜじゃ?」
突然の問いかけに、俺は首を傾げた。
「なぜと言われても……」
ましろの時と状況が似ていた。
ただ、それだけだ。
「紅蓮に“その体じゃゲームできないな”って言ったんです。そしたら急に進化が始まって……」
「うんっ!」
ましろが元気よく手を挙げる。
「ましろもゲームしたくて人間になった!」
「正確には人間ではないんじゃがの……」
副隊長は苦笑しながらも、すぐに繭へ視線を戻した。
しばらく黙り込み、顎に手を当てる。
「確かに妙ではある」
「妙ですか?」
焔乃宮が聞き返す。
「この二体はまだ幼い」
副隊長の視線が二つの繭へ向く。
「魔力量も足りぬ。本来なら、魔人への進化は無理じゃ」
周囲にいた研究者たちも真剣な表情で頷いていた。
つまり――
本来なら起こるはずのない進化。
「では、なぜ進化したんでしょうか?」
焔乃宮の疑問に、その場の誰も答えられない。
静寂が落ちる。
そして、
「しかし……」
副隊長がぽつりと呟いた。
「お主らの周りでは、常識外れのことばかり起こるの」
そう言って、副隊長はチラリとましろを見る。
当の本人は繭にぺたりと張り付きながら、
「はやく出てこないかなー」
とのんびりしていた。
「まあ、良い」
副隊長は小さく笑う。
「答えは、そのうちわかるじゃろう」
そう言いながら、視線はましろの方に向いていた。
ましろが何か関係しているのかもしれない。
まあ、何があっても俺はましろの側にいるだけだからな。




