第三十二話 まさかの出来事
「久遠様〜、お願いしますよ〜」
芙蓉さんが甘えるように、何度も頭を下げている。
「駄目じゃと言っておるだろうに」
だが、久遠副隊長は素っ気ない。
……そして、そんな二人のやり取りに割って入れない俺。
正直、どちらの味方をしても碌なことにならない気しかしない。
こういう時は、黙って流れに身を任せるのが一番だ。
そんなことを考えながら眺めていると、不意に袖をくいっと引かれた。
ましろだ。
「ねえねえ、ソーマ。人数ふえてもいいよね?」
やはりこの子は優しい。
「ああ、大丈夫だぞ。俺たちの部屋、かなり広いしな」
「じゃあ、あのメイドさん、さそっていい?」
「ああ、もちろん」
……いや、待て。ひとつ大事なことを言っておかないと。
「ただし、副隊長を怒らせないようにな?」
「わかった!」
元気よく返事をすると、ましろはタタタッと二人の方へ駆けていった。
その背中を見送りながら、焔乃宮がしみじみと呟く。
「ましろさんは、本当にすごいですね」
「だよな。お前もあそこに混ざるのは嫌だろ?」
「……ええ。誰だってそうだと思います」
「だよな」
視線をやれば、紅蓮と紅麗も、さっきから大人しく首を下げたままだし。
「メイドさん! 明日いっしょに遊ぶ?」
ましろの元気な声が響いた。
「い、いいんですか!?」
「いいよ! でも、ちゃんとクオンにごめんなさいしないとダメだよ」
「わかりました!」
芙蓉さんは勢いよく久遠副隊長の前に土下座した。
「久遠様。遅くなってしまい、誠に申し訳ございませんでした」
「はぁ……まあよい。ましろに免じて、“今回だけ”は許してやろう。今回だけじゃからの」
その言葉を聞いた瞬間、
「やったぁー!」
芙蓉さんは勢いよく立ち上がり、そのままましろを抱き上げた。
「ましろちゃん、ありがとう!」
突然のことに少し驚いた顔をしながらも、ましろはすぐに笑顔になる。
「どういたしまして!」
……これで明日の参加者は、俺、ましろ、焔乃宮、それに久遠副隊長と芙蓉さんの五人。
元々は四人だったからニャンコパーティの予定だったけど、五人だと微妙だな。
何のゲームをするべきか――そんなことを考えながら、ふと紅蓮へ視線を向ける。
どことなく、寂しそうな顔をしていた。
紅蓮も俺の視線に気づいたのか、ふいっと顔を逸らす。
……おや?
その態度を見て、ふと思いつく。
ここで、今まで散々虐められた仕返しをしてやるのも悪くない。
「紅蓮、どうしたんだ?」
「グルッ」
やっぱりこっちを見ない。
「いやぁ、俺たち、明日は“久遠副隊長たち“と“一緒に”遊ぶんだよなぁ」
「……」
「お前も誘いたかったんだけどなぁ。その体じゃゲームは無理だもんなぁ。残念だなぁ」
ふふん。どうだ。
これで紅蓮も悔しがるだろう。
……そのはずだった。
紅蓮が、ゆっくりとこちらを振り返る。
しかし、その瞳はキラキラしていた。
――あれ?
次の瞬間。
紅蓮の全身が、眩い光に包まれる。
「なっ――!?」
それだけじゃない。
すぐ隣で話を聞いていた紅麗まで、同じように輝き始めていた。
次の瞬間――
そこにあったのは、大きな繭が二つ。
……ま、まじか。
もしかして、俺が煽ったせいなのか?
呆然とその光景を見つめていると、隣から焦った声が飛んできた。
「み、湊原さん……! に、二体が繭に……! これはいったい……」
「あ、ああ、焔乃宮は初めて見るんだったな。これは進化の繭だな」
焔乃宮が焦りすぎているおかげで、やけに冷静に答えられた。
「し、進化……」
焔乃宮が目を丸くしている。
「ましろの時も、こんな感じだったんだ。まあ、あの時よりずっとでかいけど」
目の前の繭は、俺の背丈を軽く超えている。
「こ、これが進化……初めて見ました……」
「俺も最初見たときは、かなり焦ったよ」
……懐かしいな。
まだ数ヶ月も経っていないはずなのに、妙に昔のことみたいだ。
その時だった。
「紅蓮と紅麗が進化するとはの。もっと先だと思うておったが」
久遠副隊長が、興味深そうに繭を見上げる。
「久遠様! どうなると思いますか? パワー系ですかね? それともスピード系ですかね?」
「ふむ……紅蓮は力寄りじゃろうな。紅麗は均整の取れた成長をしそうじゃ」
副隊長たちも繭のそばへ歩み寄り、観察を始める。
「ソーマ、ドクドクしてるっ!」
ましろは繭をぺたぺた触りながら嬉しそうに言った。
「あ、ああ……」
それよりも、気になることがある。
「副隊長。魔人に進化するときは、何か特別な力を得るんですか?」
ましろは特に何も貰えなかったと思っているんだけど。
しかし、久遠副隊長は怪訝そうに眉をひそめた。
「……魔人? 何を言うておる?」
「え?」
「二体は、魔人になるわけではないぞ?」
「そうですよ」
芙蓉さんが、呆れたように肩をすくめる。
「こんなちびっ子が、いきなり魔人になれるわけないじゃありませんか」
笑われてしまった。
……いや、でも。
どう見ても、ましろの時と同じなんだが。
「あの……ましろの時も、こんな感じだったんですけど」
そういった瞬間、場の空気が止まった。
「……なんじゃと?」
久遠副隊長の声が低くなる。
「え、その……進化を見るのは二回目なんですけど……」
久遠副隊長は、ゆっくりと芙蓉へ視線を向けた。
「芙蓉。どう思う」
「あり得ません。何より、魔力量がまるで足りません」
「……うむ。我もそう思う」
そう言いながらも、副隊長の視線がゆっくりとましろへ移る。
ましろはきょとんと首を傾げていた。
「ましろ、すまぬ」
副隊長が静かに告げる。
「明日のゲームじゃが……少し延期じゃ」
「えええええーーっ!?」
ましろの悲鳴が響き渡った。




