第三十一話 メイド登場
「凄い……」
紅蓮が急に速度を上げた時は驚いたが、魔力に護られているため身体に負担はない。
景色だけが凄まじい速さで後ろへ流れていく。
これが、紅蓮の本気か。
そんな感心も束の間、紅蓮の目当てはすぐに見つかった。
基地のすぐそばに、一頭の竜が降り立っている。
暗い青の鱗に覆われた巨体。
紅蓮より二回りは大きく、全身を鎧のような筋肉が覆っていた。
そして何より、さっきの速度だ。
あんな化け物みたいな飛び方をする竜、見たことがない。
紅蓮はそのすぐ近くへ降下すると、翼を大きく広げた。
「グルルルッ!」
威嚇である。
……おい。
怖いもの知らずなのは知っていたが、喧嘩を売る相手はもう少し選んでほしい。
だけど、俺の願いが通じたのか。
暗青の竜はこちらを一瞥すると、つまらなそうに鼻を鳴らし、そのまま地面に伏せた。
まるで興味がないと言わんばかりだ。
助かった……。
「グルルッ!」
いや、紅蓮は気に食わなかったらしい。
完全に無視されたのが腹立たしいのか、まだ唸っている。
そこへ、少し遅れて焔乃宮たちも降りてきた。
「凄い竜ですね……。こんな竜は見たことがありません……」
「しかも、あの速度で基地に戻ってきたんだよな……何もなきゃいいけど」
焔乃宮と顔を見合わせた、その時だった。
「このリュウさんも、カッコいいね!」
聞き慣れた無邪気な声に振り向いて――心臓が止まりかけた。
いつの間にか、ましろが暗青の竜のすぐそばにいた。
しかも、その巨大な顔を嬉しそうになで回している。
「っ、おい!?」
慌てて駆け出しかける。
だが、暗青の竜は動かない。
ただ静かに、ましろをじっと見つめていた。
……睨んでいるわけじゃないよな?
多分。きっと。そうだと信じたい。
「ま、ましろ。とりあえず、こっちに来ようか」
できるだけ刺激しないよう、声を抑えて呼びかける。
「え? どうして?」
ましろはきょとんと首を傾げた。
「この子、すっごくおとなしいよ? もうちょっとなでたい!」
心臓に悪い……。
その“この子”が、紅蓮より二回りもでかい化け物みたいな竜なんだが。
その時だった。
巨体が、ゆっくりと動き出す。
「ましろ!!」
反射的に駆け出した。
間に合うかなんて分からない。
それでも、せめてましろだけは護らないと。
だけど、そうはならなかった。
暗青の竜は静かに立ち上がると、ましろではなく、その後ろへ恭しく首を垂れたのだ。
「宵澪、ご苦労じゃったの」
聞き慣れた、落ち着いた声。
「――何じゃ? ましろたちも来ておったのか」
そこに立っていたのは、久遠副隊長だった。
……助かった。
やはり、この竜も副隊長の眷属だったらしい。
一気に力が抜ける。
「うん! この子を追いかけてきたの!」
ましろが無邪気に答える。
それにしても、ましろは本当に怖いもの知らずだ。
……いや、俺が怖がりすぎかもしれない。
これだけの竜だ。普通に考えれば、副隊長関連だよな。
まあいい。
俺は慎重なくらいでちょうどいい。
何より、ましろが無事だったんだからな。
「それは、訓練の邪魔をしてしまったの」
副隊長は申し訳なさそうに言いながらも、口元はどこか嬉しそうに緩んでいる。
その様子に気づいたのだろう。
ましろが首を傾げた。
「なにかあったの?」
「うむ!」
副隊長は満面の笑みで頷いた。
「やっと、ゲーム機が届いたのじゃ!」
そう言って、右手に持ったそれを得意げに掲げる。
……おいおい。
そんなことで、あんなとんでもない速度を出させたのか。
「もう少し遅れておったらの……お主も躾け直すところじゃったわ。あっはっはっは!」
楽しそうに笑う副隊長。
その隣で、
「…………」
暗青の竜――宵澪が、小さく肩を震わせていた。
……本気だったらしい。
「じゃあ、明日はクオンにいっぱい教えてあげるね!」
「うむ。よろしく頼むぞ!」
正直、間に合ってくれて本当に助かった。
もし届かなければ、副隊長の指示通り、俺が代わりに操作する予定だったからな。
それで負けようものなら――考えたくもない。
そんなことを思っていると、基地の方から女性の声が聞こえてきた。
「く、久遠様……わ、私も明日、参加してもよろしいでしょうか……?」
だけど、その声はやけに弱々しい。
振り返ると、そこには這うようにして現れる、ボロボロのメイド姿の女性がいた。
「駄目じゃ。お主は再教育じゃ」
「そ、そんなぁ……」
「クオン、あの人はだれ?」
「芙蓉じゃ。我のメイド……いや、馬鹿メイドじゃ」
この人が、ゲーム機を取りに行かされていたというメイドさんか。
「こんな簡単な任務も満足に果たせぬとはの」
「わ、私は超優秀なメイドです!」
びしっと胸を張る芙蓉さん。
しかし、副隊長がじろりと睨むと、
「…………」
すっと目を逸らした。
……説得力がない。
メイドと言っている通り、立場は副隊長の配下なのだろう。
頭には短い角。
それにスカートの隙間から、青い尻尾が揺れている。
どう見ても、彼女も魔人だ。
副隊長が竜王を名乗るくらいだ。
配下までもが規格外。まあ、今さら驚くことじゃないのかもしれないけど。




