第十七話 我ら最強コンビ
「ソーマー、まだー?」
「ちょっと待ってくれ!」
浴室の蛇口をひねり、円筒の口を差し込む。
水が勢いよく流れ込み、金属の内側を叩く鈍い音が鳴っている。
会議の後、すぐに焔乃宮との戦闘訓練の動画を撮ることが決まった。
その準備のために、一度自室へ戻ってきたわけだ。
俺の魔術は水がないと何もできない。
魔力を直接「水」に変換できる魔術士もいる。
だけど俺にはできない。だからこうして物理的に持ち歩く必要がある。
しかも今日の相手は焔乃宮。
ペットボトル一本で勝てるような相手じゃない。
「……よし」
身長ほどある円筒を背負う。
かなり重たいが、これで足りなきゃ、もう知らん。
今日は本気でいく。
焔乃宮をギャフンと言わせたいからな。
その後、ましろとロッカールームに向かう。
訓練着に着替えるためだ。
全身を覆う灰色のタイツ型スーツ。
俺が着ると変なおじさんみたいになるんだけど、ましろが着ると猫みたいで可愛いんだよな。
もうちょっとおじさんにも優しいデザインにしてほしいけど。
それに足を通し、腕を通し、最後に首元のロックを閉める。
かなり着づらい。
ましろも「うんしょ」っと言いながら頑張って着替えている。
正直、ぴたりと肌に張りつく感触が気持ち悪いし、息苦しくもある。
まあ、これでも一応は優れもの。訓練には必須のスーツだ。
登録した魔力からのダメージを、ある程度軽減してくれる。
……まあ、実戦じゃほとんど意味はないんだけどな。
************
訓練場に入ると、焔乃宮はすでに中央に立っていた。
観覧スペースには凪隊長と久遠副隊長の姿もある。
焔乃宮はいつも通り自然体。
だが、ほんの僅かだけ表情が硬いように見えた。
「よろしくおねがいします!」
「……ええ、よろしくお願いします」
挨拶の声が、いつもより少しだけ硬い。
緊張してるのか?
それとも、本当に戦闘が苦手だったりするのか?
スーツに互いの魔力を登録する。
スーツが黒く変色するほどダメージを受ければ、戦闘不能判定。
これで準備完了。
正直、勝てるとは思っていない。
相手は一級魔術士、しかも特級候補。
俺たち二級とは、レベルが違うのは理解している。
それでも――一矢は報いる。
「みんな、準備はいいかな?」
スピーカーから凪隊長の声が訓練場に響く
「それでは――戦闘開始!」
同時に俺は後方へ下がる。
ましろは前へ。
これがいつもの陣形。
俺が後衛、ましろが前衛。
焔乃宮は――動かない。
先手を譲ってくれると。
「ましろ、最初から全力で行くぞ!」
「うん!」
ましろが一気に間合いを詰める。
俺は焔乃宮との距離を保ちながら周囲を走る。
二人の攻防が始まる。
……速っ。
焔乃宮の一撃は重く鋭い。
ましろは紙一重で避け続けているが、あれを一発でも貰えば終わりだ。
俺なら瞬殺コース。
急ぎ、援護に入る。
円筒から水を引き出し、圧縮。
短槍の形に固定し、全力で投擲。
当たれ!
――ガンッ
魔力障壁で弾かれた。ノーダメージっぽい。
まあ、予想通り。
……本当はちょっと悲しいけど。
それでも投げ続ける。
一本、二本、三本。
地面が徐々に濡れていく。
途中までは俺の攻撃に反応していた焔乃宮も、やがて完全に無視し始めた。
ましろとの格闘に集中している。
俺の攻撃は“脅威じゃない”判定らしい。
……悲しい。
だが、それでいい。
俺はただ、槍を投げ続ければいい。
円筒の水が減っていく。
************
「そろそろ、終わりにしてもいいですか?」
焔乃宮が遠慮気味に言ってくる。
「ソーマ、もういい?」
ましろの声は弾んでいる。それはそれは楽しそうに。
自分の攻撃が全然通じていないのに、凄い子だ。
円筒はほぼ空。
仕込みは十分。
「いいぞ! 全力で行け!」
焔乃宮は身構えてくれた。
余裕だな……受けてくれると。
「ミャーーーーーー!」
ましろの魔力が一気に跳ね上がる。
俺はさらに距離を取る。
「スーパー、かみなり!!」
ましろの体から雷が弾ける。
電撃が地面を走り、俺が撒いた水へと広がっていく。
訓練場一帯に張り巡らされた水の膜。
そこを走る電流。
二人分の魔力。
俺たちの必殺。
食らえ!
……正直、この名前のセンスはどうかと思うけどな。
閃光が収まる。
水たまりから白い蒸気が立ちのぼる。
「……どうだ」
俺の声だけが、訓練場に小さく響く。
視界の奥。
煙の向こうに、影が立っている。
焔乃宮は、ゆっくりと息を吐いた。
「……少し驚きました。まさか魔力を重ねてくるとは思いませんでした」
その瞬間。
地面が弾けた。
「――速っ」
気づいた時にはもう遅い。
焔乃宮の姿が視界から消え、次の瞬間にはましろの目の前にいた。
「すみません」
軽く、拳が触れる。
ドン、と鈍い音。
ましろの体が地面を滑った。
スーツが一瞬で黒く染まる。
「ましろ!?」
俺が叫ぶ。
「――ッ」
気づけば焔乃宮が目の前に。
呼吸が止まる。
咄嗟にガードするが、意味を成さなかった。
腹部に衝撃。
体が吹っ飛ぶ。
気づけば、俺のスーツも黒く変わっていた。
「戦闘終了。焔乃宮の勝ちだね」
凪隊長の声が遠くに聞こえた。
地面に倒れたまま、俺は天井を見上げる。
……強いな。
悔しさより先に、そんな感想が出た。




