予兆
さらに三ヶ月、セドリックはやはり帰ってこなかった。一度だけ、帰ってきた気がする。苛立ちが少しだけ落ち着いて、セドリックの匂いもしたから。
けれど自分が寝ている間の一瞬の逢瀬では、始まり出した番狂いの症状を抑えるには足りなかった。
ーー番狂いが始まってる。
リゼは内心どんどん落ち着きをなくし焦り苛立っている。どうして会えないのか。国内にいるのに。誰が邪魔するのか。どうして邪魔するのか。いつになったら会えるのか。恋しい、腹立たしい、つらい、愛しい、苦しい、腹立たしい。
そんな思いが一日中ぐるぐると頭の中を巡っている。
レインやシドにはまだこの症状を明かしていない。彼らはリゼのことを人間だと思っているから。もしも人間だったらこんな症状にはならない。きっと衰弱して静かに儚くなるはずだから。
リゼは症状を隠すために沈黙を選んだ。
口を開けば、セドリックに会えないことを嘆き、二人を罵ってしまいそうだった。理性を保つために口を開くことをやめた。
シドとレインは、すっかり口数の減ってしまったリゼのそれを番狂いの初期症状と見た。えらく気を使って細かく世話をしようとしてくれたが、リゼはそれを拒否した。それよりもセドリックに合わせてくれと大声を出して喚いてしまいそうだった。
「リゼ様、今日から散歩は屋敷の内側の庭にしてください」
「なんで……」
「実は昨日からエレイン様の手のものが結界を破って侵入しようとしています。セドリック様の結界と、リゼ様が張ってくれた結界が何十にもなっているので、たとえエレイン様本人が来ても結界は敗れません。が、備えすぎるに越したことはないので、できれば彼らの視界に入らぬよう外庭ではなく建物で覆われた内側の庭にしてください」
「……わかった」
返事をして窓の外を眺めた。レインは部屋を出る。
リゼの部屋から公爵邸の外郭が見える。ちなみに魔術により外から屋敷の内部は見えないようになっている。
確かに言われてみれば、少し前、セドリックが帰ってこなくなったくらいから、見慣れない人が何人か来ては追い返されているのを見た。あれはエレイン様一派の人間だったのか。
ーーずるい。
番狂いのせいで普段思わないような感情が湧き起こる。
あの人たちは閉じ込められてないのに。会おうと思えばセドリックに会えるのに。なんでこんなところにいるんだろう。エレイン様はセドリックに会っているの?ずるい、ずるい。
私は彼らのせいでこうなってるのに。彼らのせいで番に、セドリックに会えない。彼らがいなければ会えるだろうか。全部吹き飛ばしてしまえば会えるだろうか。屋敷も、結界も、王城も、セドリックと私の間にあるものを全て無くしてしまえば。やろうと思えばできなくはない。ちょっとした準備をすれば。
ーーバキンッ
無意識に考えているうちに、力が入っていたらしい。リゼの座っていた椅子の手すりが音を立てて割れた。
「あー……、よくない」
見事に割れている。流石に心配されるだろう。
リゼは近くにあった紙とペンで魔術の陣を書いて発動した。すると椅子は壊れる前の状態へと戻っていく。
「ちょっと、そろそろどうにかしないといけないかも」
直った椅子を眺めながら、リゼはつぶやいた。




