反王政派の思惑
さらに一週間、セドリックは帰ってこなかった。最後に手紙をかわして一ヶ月ほどが経った。それでもリゼの生活は変わらない。
セドリックに会えないので寂しかった。
すぐに狂う感じはしないが、なるべく早くこの状況を打開したい、という漠然とした焦りのようなものが芽生え始めていた。
「ねえ、もしもセドリックが狂っちゃったらどうなるんだろう」
今日も第二図書室に篭りながらシドとレインに語りかける。
「あまり考えたくはないですが、国が更地になるのではないかと」
「更地…!?」
「はい」
そんなにセドリックって強いの。
この際だから気になっていた他のことも聞いてみる。
「セドリックとエレイン様って、真面目に戦うとどっちが強いの?」
「……セドリック様ですね」
「そうなんだ」
「エレイン様は確かに魔力が高いですが、技量でセドリック様が勝つと思います。魔力量だけで押し切られる可能性もなくはないですが、言霊も万能ではありませんからね。セドリック様くらいまでいくと何かしらの方法で対応する気がします」
そんなに強いのか。
思い返してみればセドリックが積極的に魔法を使うところを見たことがない。実家では魔法は生活に溶け込みすぎていて、当たり前なものになっていたけれど、セドリックは忙しい時に洗浄魔法で済ませるくらいの時しか見たことがなかった。
魔法の使えないリゼに配慮しているのか、それともこの国の文化なのかは不明である。
「セドリックとエレイン様はいま何歳なの?」
「セドリック様は111歳、エレイン様は76歳です」
じゃあエレイン様は年下じゃん。というかすごく幼いじゃない。じゃあ多少苛烈なのも納得だわ。
とリゼは思った。
リゼの年齢は118歳である。長寿種同士なのにセドリックと奇跡的に年齢が近いのは番ゆえかもしれない。
どの種族も生まれて20年くらいは同じ速度で見た目の変化が起こる。
20〜30年の間はどの種族も同じように見た目が変化する。そこから長寿種は百年、見た目に変化が起こらない。寿命の100年くらい前までは変化がほとんどない。
そのためリゼも、リゼの母親も傍目では同世代くらいに見える。
「……そういえば、王妃様はいらっしゃるの?」
陛下やロイド様の話は出るけど、王妃様の話はそういえば今まで出ていない。
「王妃様は五年前に亡くなられました」
「あ……そうなの」
「王妃様も竜人でした。元々魔力過多で体が弱い方でして。ロイド様とエレイン様の出産でさらに弱ってしまい亡くなられました。陛下とは運命の番というわけではなかったのですが、陛下は王妃様が幼い頃から面倒を見ていて、とても大切に愛しておられました。エレイン様を産んだ後はほとんど後宮で寝たきりでエレイン様ともほとんど会っていません。エレイン様の苛烈な性格には、王妃様と会えなかった寂しさもあるのではないかとは言われています」
「なるほど」
「王妃様が亡くなられてから、陛下は誰から見てもわかるくらいに落ち込まれていました。公務はなんとかこなされていましたが。セドリック様が心配して自ら手伝いを申し出るほどには弱ってらっしゃいましたね」
「それほど愛してらしたのね」
「ええ、……そこをつけ込まれて毒を盛られてしまいましたが。……陛下は良いお方です。本当に国民のことを第一に考え、自身が辛い時も耐えるような方でした。ですから、いつかは目覚めてくださると信じています」
真面目なレインがそういうくらいだから、そしてシドも後ろで頷くくらいだから、きっと良い人だったんだろうな。
「気になったのだけど、反王政派って昔からいるの?」
「そうですね、もう長い戦いになります」
自分の命を狙ってくる相手なのだから、今更だけどどういう人たちなのか聞いておこうと思う。
「彼らは竜人至上主義ですね。竜人の国である以上竜人は優遇されるべきで、また竜人は他種族よりも優れているという思想を持っています」
「あー……、差別主義ね?」
「ええ、この国の半分以上は竜人ですが、竜人以外の種族も多くいます。番としてやってきたものや、その子供達、あるいは住みやすさから移住してきたものたちですね。反王政派はそんな多種族を一掃し、今一度国を竜人のみにするべきだと主張しています」
「どうしてそうなるのかしら」
「創世記が主な理由ですね」
「ああ、女神様の番が竜だった、っていう」
「ええ」
各国共通の世界の創世記だ。
この世界には何人かの神様がいた。一人の神様が世界の土地を作った。一人の神様が空を作った。一人の神様が海を作った。そして一人の神様が世界に生物を作った。
世界を作り終えると、神様は自分たちの世界へ帰って行った。けれど最後に生物を作った女神様だけはこの世界にとどまった。
自分の作った生き物たちの暮らしや成長を飽きることなくずっと見守っていた。
ある時、一匹のドラゴンが女神様の存在に気付いた。
女神様は初めて気づかれてとても驚いた。けれど他の神々が帰ってしまった中で、この世界で唯一の話し相手ができたことを喜んだ。
女神様はドラゴンと一緒に過ごした。ドラゴンは女神様を背中に乗せて世界中を飛び回り、二人で旅をした。生き物たちの成長を、進化を見た。暮らしを学んだ。次第に二人の間には深い愛情が芽生えた。
女神様はドラゴンを愛し、ドラゴンもまた女神様を愛した。いずれドラゴンには寿命がきて死んでしまうけど、それでもよかった。生きている間ずっと一緒にいようと二人は誓った。
けれど数百年が経った頃自体は一変した。一人の神様が女神を迎えにきたのだ。女神は反対した。いつか必ず帰るから、せめてドラゴンが死ぬまではこの世界に居させて欲しいと願った。
迎えにきた神はわかった、と言った。二人は安堵した。
けれどその次の日、ドラゴンは神によって殺されてしまった。
女神様は泣いた。初めて自分に涙があるのだと、その時知った。ドラゴンを殺した神を恨んだ。恨むという気持ちを知った。
女神様は丁寧にドラゴンを弔った。来世では一緒になりたいと強く願った。神でもドラゴンでもなく、一人と一人として。
不意に、女神様の視界に自分が作った人間たちの営みが見えた。自分たちも人間だったならばよかったのに、と女神様は願った。
その時、女神様の願いにより、生き物たちの半分が人の姿に成った。大木からはエルフが生まれた。魔物からは魔族が生まれた。動物たちからは獣人が生まれた。魔石から魔女が生まれた。ドラゴンから竜人が生まれた。
作り終えた後、自分の魂と死んでしまったドラゴンの魂を結び、女神様は長い眠りについた。女神は二度と目を覚まさなかった。
迎えにきた神は女神の死を嘆いた。その神は女神を愛していたから。ドラゴンに女神を奪われたことが許せなかった。
神は眠った女神の体を抱きしめ、ドラゴンと女神の魂を砕いてしまった。そして世界中にばら撒いた。
そして神の住む世界とこの世界の通じる扉を完全に閉じた。二度と神がこの世界を愛さないように。
散り散りになった女神とドラゴンの魂は、世界中の生き物の中に宿った。その魂のかけらを持つものは互いを運命の存在として認識できるようになった。
あの頃叶わなかった女神様とドラゴンの願いを叶えるように、魂のかけらを持つものは互いを見つけると愛し合う。これは運命なのだ。
運命の番はこうして生まれた。
とまあ、これがこの世界の成り立ちと、運命の番のルーツとしてどの世界にも語り継がれている。有名な神話。
「女神様と結ばれていたのは竜だった。神が二人の魂をバラバラにしなければ、運命の番とは竜だけに許された特権であり、他の種族は生まれるはずもなかった。だから竜人を優遇すべき……ってこと?」
「ええ。そうです。少なくとも竜人の国ではそうすべきという思想ですね」
「異種族の私からしてみると過激だなって思うんだけど、同じ竜人からするとどうなの?」
レインに聞いてみる。
「過激ですよ。そもそも、異種族なしではこの国は成り立ちません。この国にいる異種族のほとんどは竜人の運命の番としてつれてこられた人やその子どもたちです。彼らを排除なんてしたら内乱まっしぐらですよ」
「そうよねえ」
「王家はここ数世代、国内の有力な貴族から竜人のご令嬢を番として指名していましたから。それもまた彼らを勢いづかせる理由になりました」
「ああ……」
異種族が妃殿下となれば、陛下が黙っていないだろうからそのタイミングで勢いがそがれただろう。
「セドリック様に運命の番がいると公表された時は、実は少し荒れました」
「……そうよね」
「セドリック様が十分に力をつけ、また継承順位が下がるまでは番を連れてくることは危険と判断し、番探しを我慢されていました。幸い、すぐにロイド様が生まれ、反王政派が少し落ち着くとセドリック様は番探しを始めました。途中陛下が倒れて捜索を一時中断したこともありましたが」
「それで私を見つけたのね」
「はい。当初の予定よりもずっと時間がかかってしまいましたが。セドリック様はおそらくこれを機に反王政派をすべて粛清するおつもりです。リゼ様と安心して暮らすために。ですので証拠集めなどに奔走し帰ってこられないのだと思います」
そう。セドリックの行動は全てリゼのため。それはわかっている。頭ではわかっているのに、リゼの中にある本能が、番がそばにいないことへ苛立ちを感じ始めている。
ーー番狂いに関しては魔女ではなく魔族の方なのかも。
魔法が使えないリゼが、状況を打破できるほどの何かを起こせるとは思っていないが。寂しさよりも苛立ちが大きくなる日々にそう感じていた。




