番狂い
あれからセドリックとはまた会えなくなった。が、どうやらリゼが番狂いにならないように、リゼが寝ている間に一瞬だけ帰ってきているらしい。
起きている間に帰ってくれば王城に戻れなくなるからと、寝ているリゼを眺めて抱きしめて口付けて、それから戻っているのだと聞いた。
聞いて以来、リゼはセドリックへの贈り物をベッドに置くようになった。贈り物は数日に一度のペースでなくなった。思っていたよりも結構な頻度で帰ってきている事実に密かに笑ってしまった。
手紙を置いておけば返事が帰ってくることもわかった。
「二週間帰ってこない……」
「セドリック様はお忙しいようですね」
「うん」
二週間音信不通なのは初めてだ。不安になって王城にいってみようかな?と軽口を叩いたら周りにいた全員に全力で止められてしまった。そ、そんな全力で止めなくてもいいじゃん、というくらいに止められた。こちらからは会いに行くことができないのがもどかしい。ため息が出る。
「第二図書室へ行くわ」
「はい」
手紙を通じてセドリックに教えてもらった場所だ。別館の奥にある巨大な図書館。魔術を使って外観よりも空間を広げてあり、かなりマニアックな図書が揃っている。
第一図書館は一般的な図書館の品揃えに近い。
第二図書館は先祖がコツコツと集めてきた、どこに需要があるか謎なものがほとんどだ。けれどリゼにとっては興味深いものが多い。
実は第一図書館にある半分は、実家にあるからだ。
魔女は本を好んでよく読む。実家にある本も読み尽くしたものだからリゼにとって見知った図書が多かった。大して第二図書室はほとんどが初見だった。
竜人族固有の魔術書だとか、番に関する人体的な研究論文だとか、使い所が限定的すぎて一般に流通しなかった魔術集だとかが置いてある。
リゼにとっては宝の山だ。
ちなみに護衛のシドやレインはもちろんこの図書に興味はない。だからリゼが図書館にいる間はほどほどに休憩してもらっている。
今日この本を読むと決めてテーブルに積んでは気力が尽きるまでソファで読み耽る。
セドリックが帰ってこなくなってからは寝室に戻らず図書室で徹夜することも増えた。けれど番狂いを懸念してか、護衛の二人が無理にその生活を止めることはなかった。
読んだ中でも興味深かったのは、種族別に番狂いの症状がまとめられた論文だった。そもそも番狂いという症状が起こること自体が珍しい。
番同士はお互いを大事に尊重する生き物だから。狂うこと自体が稀なのだ。だからこの論文は非常に貴重であると同時に、記録された者たちにとっては不名誉なものでもある。
だから一般には出回らずに、こんな場所に眠っているのだけれど。
正直、リゼは番狂いについてあまりピンときていない。
父親が一度狂いかけて自宅を半壊したくらいだ。あの時は誰にも止められなかった。母が帰ってきて父を抱きしめてやるその時まで。番狂いが治ってから父親に謝り倒されて、甘やかされたのを覚えている。確か7回くらい体を吹っ飛ばされた。
自分があのような、我を失った姿になるイメージがあまり湧かない。
『各種族の主な番狂い症状に関する論文』
竜人族、番狂いまでおそらく数年耐えられる。身体、魔力、精神すべて能力値が高いため、確実に番を囲い込む。そのため狂った前歴がほとんどない。が、他の種族より執着が強いため、持っている素質は高いが狂うのは早いと予想される。過去の事例では数年から数十年で狂った。狂った場合は多大な被害を及ぼすだろう。最終的に廃人になるか死ぬ。
エルフ、番狂いまで数年耐えられる。番への依存度が高い個体と低い個体の差が大きい。依存度が高い個体については数ヶ月で番狂いに陥る。魔力が高いため番を取り戻すため実力行使する傾向がある。番を取り戻すと森に数百年ほどこもる。番を取り戻せなければ死ぬことが多い。が精霊樹の近くに住めば命は助かるケースがあった。
魔族、数日から数年耐えられる。短気で実力主義な種族であるため個体によって差が大きい。狂った場合はかなり大暴れする。街が壊滅した記録がある。最終的には死ぬ。暴れ出した時点で同族からの討伐対象になることもある。同族に討伐されるのは珍しいパターンである。
魔女、閉鎖的な種族のため番狂いの記録は少ない。数年から数百年耐えられる。狂い方も極めて理性的で、番を取り戻すために最短ルートを選ぶが、法を守るとは限らない。耐えられる年数が長いため、大抵相手の方が先に番狂いに陥る。最終的にどうなるかは不明。
天族、個体数が少ないため十分なデータとは言えないのが前提である。番を取り戻すために神聖国全体を洗脳した記録がある。魔女と同じく理性を残しながらも番のためなら手段を選ばない部類。番を取り戻しても被害に対する対応はしない。番と共にどこかに籠ったようだ。
ドワーフ、土地の声を聞けるため番を見失いにくい。1年ほどで番狂いを起こす。番を奪ったものは土に埋められる。土と接さずに暮らすことはほぼ不可能なため高確率で取り戻す。最終的にどうなるかは不明。
獣人、どの獣人かによって差が大きい。小動物系の獣人は番狂いが早く、大型の獣人はそれよりもすこし遅い印象である。種族によっては感覚が優れているので、番を探し当てて取り戻すことも多いようだ。番狂いによって最終的には死ぬか、死ぬまで精神に異常をきたす。
人間、最も貧弱。数ヶ月で番狂いを起こす。自ら番狂いを治す手段を取れない。相手に助けられることがほとんど。愛玩種族と言われる所以である。番狂いに陥っても周りに迷惑をかけることなく静かに亡くなるケースが多い。が、残された側への影響が他種族よりも大きい印象である。人間の番を失うと相手の番はより短命になる。
まとめるとこんな感じであった。他にも少数種族についての記載が続いたけが、リゼはそこまで読み込まなかった。最後、注意事項として興味深い文章があった。
両親が異種族の場合、番狂いの症状は必ずしも見た目の種族通りとならない場合がある。例えば両親がエルフと人間で、子供がエルフの外見を持ったが、番狂いは人間と同じ症状であるというケースがあった。加えて、番同士が普段どれくらいの親密か、それまでの家庭環境は極度に過酷ではなかったか、番としてどれくらい長く一緒にいたかどうかなどが番狂いには影響してくる。状況により変わりやすいため、番狂いにはやはり注意が必要である。
リゼは魔族と魔女の子供だ。種族は魔女。両親のどちらに似たにせよ、通説どおりなら数年は耐えられそうだ。
が問題はリゼの精神が極端に脆いことだ。その証拠に他人に触れられるとすぐに体調を崩してしまう。リゼもそれを自覚している。もしかしたら例外的に、想定よりもずっと早く精神に異常が出て、番狂いに陥る可能性がある。
ーー弱っていた時は家族以外どうしようもできなかったから、万が一、狂い始めたら身分を明かして家族のもとへ送ってもらう方がいいかもしれない。
事情を知ったらリゼの両親、あるいは弟たちがこの件を力づくで解決させそうな気もする。番との関係をなにより大切にする両親と、大切さを叩き込まれて育った子供なのだ。リゼが番狂いになったと知れば何かしら介入してセドリックと再び引き合わせるだろう。
とりあえず狂うことを想定して家族に向けて一筆認めておくことにした。番を見つけたことを伝えてなかったので、いろいろ経緯から書くと便箋は5枚になった。いつも短めの手紙なのでこんな枚数の手紙が来たら驚くだろうな。
手紙を封筒に入れて、それにメモをつけてさらに大きめの封筒にしまう。
「レイン、シド」
「「はい」」
「私がもしも狂いきってどうしようもなくなったら、この封筒を開けて。手紙の中の指示に従ってほしいの」
「わかりました」
「手紙の内容は今は言えない。本当に、本当に狂って手に負えなくなってから開けて。本当にギリギリまで開けないで。大丈夫、別に遺言とかじゃないし、指示に従うと私が死ぬとかでもないから」
「はい」
「私の部屋の金庫に入れておくね。あの金庫は私が触れれば開くから、狂ったら力づくで触れさせて開けて。狂ってしまったら私に触れてかまわないから。お願いね」
ここに入れておくから、と二人の目の前で金庫にしまった。




