#13 天には見放されていない……まだ、今の所は。
一月ぶりの投稿です。
そして相変わらずのスカスカ文章……投稿初期の頃の情熱を取り戻したい。
「くっ……そお……!」
月明かりが窓から零れるだけの真っ暗な中、一人の男が少年を肩に担いで体育館へと入っていく。平時に端から見れば不審者なのだろうが、男の表情は不安と焦燥に彩られており一時を争う状況なのがありありと伝わってくる。
感染者が発しているであろう咆哮が犬の遠吠えさながらに遠くから幾つも響いてくる中で、男は足早に階段を駆け上がっていく。少年が重いのか、段を踏むたび額には汗が浮かび膝がぎりぎりと軋む。
男が少年を見つけたのは単に運の巡り合わせがあったお陰だ。
この地獄のような世界で宛もなく街を彷徨っていた男が、遂に死のうと思い立って出て行った先で出くわした少年が襲われるその現場。
思わず警官の死体から自殺用にと拾った拳銃を全弾撃ち尽くしてまで助けたのはよかったが、如何せん男にはそう力もなければ土地勘もなかった。
流石にその場で置き去りにするのは寝覚めが悪いと運んでいる少年は気絶しているようで、体から力が完全に抜けており起きる気配は全くない。
近くに彼の物と思わしきシャベルがあったのを拾っておいたが、果たしてこれが武器になってくれるかどうか。どうせなら銃の弾が残っててくれた方がマシだったかもしれない。
二階へ上がって少し広い場所に出てくると、闇夜に慣れた男の目に幾つかの人影が映る。
十中八九、あの化け物達だろう。シャベルを握る手に力を込めながらその影が立ち去るのを待ち、去るや否やすぐさま階段の向かいにあった扉へと飛び込む。
幸い鍵が掛かっていなかったようで、難なく開く扉に少年を押し込むと男は自分も入ると気付かれないようゆっくりと扉を閉じた。
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バスの中の乗客。
不安そうな妻と娘。
突然外へ向けて叫びだす妻。
声によってバスに集る怪物達。
容認され振るわれる暴力。
恐慌する人々の雪崩。
娘の手の感触。
靴底が押し付けられる痛み。
娘の声にならない悲鳴。
バスと共に回転する視界。
ごきゅりと生々しく響く不快な音。
血の鉄臭い匂い。
「……っ、……ッ!」
気が付くともう外は朝だった。二方に張られた大きな窓からは、今の気分と対照的に清々しいくらい気持ちよさげな朝日が差し込んできている。
どうやらいつの間にか眠ってしまっていたらしい。嫌な夢を見たせいか、ただでさえまる一週間も着替えていない服が汗でびしょ濡れだ。
逃げ込んだ場所を改めて見回すと、どうやらちょっとした事務室らしく三つのデスクと書類の整理棚、そして応接用らしきソファとローテーブルがあった。
少年の方はまだ目覚めていない。
この数日間であの化け物が病気か何かだとは感付いていた俺は感染のリスクを下げるためにもよく全身に怪我がないか確かめてみると、右腕の付け根に何かで強く挟まれたような痣があるのを見つけた。昨日の状況から考えると扉にでも挟まれたのだろうか……骨折の可能性も考えたが俺は医者じゃない、ちゃんとした処置は出来ないがないよりはマシと部屋内にあったカーテンと添え木代わりの教科書で腕を固定する。
「うう……っつあぁ……」
怪我を弄られて痛んだか、処置の最中にようやく少年が目覚めた。何か気の利いた返事でも掛けられればと思ったが生憎と俺は不器用でそういった事は出来ない。
「つうう……あ、あれ、ここ、え? 人? 誰……っ、痛たた……!」
「落ち着け、俺は味方だ」
自分に何があったのか分からないようでパニックになりかけている少年に落ち着いた声で俺は語り掛ける。少年は少しの間混乱して、それから何回か深呼吸するとこちらへ向き直り。
「えと、その、何があったか分かりませんが、すみませんでした!」
突然謝られた。俺が当惑して対処に困っていると少年もそれが分かったのか、再びワタワタしはじめる。
混乱している男が狭い室内に二人、一体誰が得をするというのか。頭を振りながら思考をリセットし、俺は改めて少年へ向き直る。
身長は160cmほどで中肉中背、髭がちらほらと伸び始めていて歳のほどはよく分からない。人相は……鋭い眼に荒れた肌、暗い隈とあまり良いとは言えないな。しかしその顔つきに反して慌てふためく姿からは社会経験の少なさ――若者のそれを感じられた。
「……どうだ、落ち着いたか?」
「ええ、はい、すみません……」
俺達が落ち着くのに、そこまで時間は掛からなかった。
「……俺は、牧島堅介。職業はサラリーマン……元、だがな。君は?」
「……僕は、炉端 嶺午と申します。一応、大学生、です」
ソファに向かい合った状態で座り、互いに自己紹介する二人。場所が場所だけに、その光景だけ見れば教師と生徒の面談に見えなくもない。
少年――炉端君はそれから辿々しい話し方で必死に言葉を探そうとしていたがやがて踏ん切りを付けるように“ほう”と一つ溜め息を吐くと俺の顔をまじまじと見つめこう切り出した。
「この度は、親切に助けていただき、ありがとうございます」
「……どういたしまして」
緊張しているのだろうか身体をふるふると揺らしながらされた礼に、こちらも素直に応じるしかなかった。感謝される為と言うより自分の後味が悪くならないよう助けた為、こういう礼は素直に受け取りにくいものだが、炉端君の不器用ながら真摯に努めようとしたその態度までを蔑ろにする訳にもいかない。
「――それで、夜に用を足しに来た所であのゾンビに襲われて、って訳です」
「なるほどね……」
そして彼から幾つかの話を聞かされた。
この騒動が発生した直後の話や紆余曲折あって彼自身の母校であったこの高校へ辿り着いた事、そして共に来た女子大生やここで会った警察官達の事。
今、この学校には俺と彼を含めて5人はいるのか。その内一人が行方不明で、残りの二人は恐らく彼の言う“生徒指導室”の中……と。
「で、単純に外から生徒指導室まで戻ればいいと思っていたんですけど……」
炉端が窓の下を覗き込むとそこには何処からやって来たのか、50には届きそうな数の死者が体育館周辺を埋め尽くしていた。十中八九、昨夜の発砲音に誘き寄せられた連中だろう。
「――まあ、こんな感じで……校舎の方から行かないと駄目なんですけど」
「中にも連中は無数に居ると?」
その答えとして無言の首肯が返ってくる。
「中の連中は何人じゃ済まないくらい多いかもしれません……ですけどここには食料がありませんし、空腹で注意力を失う前に挑むには今日しかないです」
狭い場所で逃げ場もなく集団に襲われる恐怖……そんな中で注意力を失うのがどれだけ危険なのかは最早考えたくもない。
「勿論、危険な事に変わりはありません。無茶な強行軍でどちらかが命を落とすかもしれません」
だが率直に言って、気は進まない。あの日俺から家族を奪ったあの化け物達とまた相対し、必要あれば殺さなくてはならない事を、果たして俺は耐えられるのだろうか。
「それでも、やりますか?」
「――俺は……」
答えようとしたその刹那。
ドォン、と校舎の中で重い炸裂音が鳴り響いた。
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