↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/16

#12 夜中に遊ぶな子供達




 結局、夜になっても晴井さんは帰って来なかった。




 頼れる大人が一人減ったことで、僕の心は様々な不安で埋め尽くされていた。晴井さんは無事だろうか、何処かで立て籠ってるのではないだろうか、助けに行けるだろうか……この不安を拭いたい僕はすぐさま行動に移したかったが、それは千戸さんに止められた。

 当たり前だ、外は夜。相手に夜目が利くかどうかは分からないが、少なくとも僕達にとってかなり不利な中での探索になる事は間違いない。



 せめて朝、翌朝になったら探しに行こう……そう呟いて僕達は各自部屋の中で丸まっているしかなかった。






--------------------






 ――しまった、便所へ行くのをすっかり忘れてた……!

 今や僕の膀胱は決壊寸前、かと言って既に朝から重労働で寝てしまっているかもしれない千戸さんは起こすのは忍びない(日中休んでた富良野さんはどうかって? 怪我人に、しかも女性に“トイレの間、見張りをお願いします”とか言える訳ないだろ!?)。

 そう、ここは決壊しないようにゆっくりと行動するんだ。ここで決壊したら(肉体的にも社会的にも)大惨事になる――ッ!


 僕は横たわっている二人を極力刺激しないようにシャベルを手に取ると、そっと外へと繋がる出入り口へと歩き出した。


 一歩踏み締める度に下腹部へと伝わる振動、誰かが身動ぎする度にビクリと反応してしまう緊迫感。19年の人生の中でも、ここまで緊張が張り詰める夜中のトイレ行はなかったぞ……!


 まずはソファへと横たわる富良野さんの前を通過。寝付きがいいのかあまり寝返りなどは打たず、僕のノミの心臓には本当に優しかった。


 問題はその次、引き戸の前で寝転んでいる千戸さんだった。

 通るには彼の身体を大きく跨がなくてはならない、少しでも膀胱への負担を掛けたくない僕としてはここが正念場だ。一歩間違えば……ッ、恐ろしくて考えたくもない。



 「ハーッ、ハーッ……」


 いざ、出撃!

 僕は息を吐いた状態のまま止めて、そのまま千戸さんを跨ぎ校庭側へと繋がる戸の縁に足を掛けた。

 カツン、と小さく。だが確かに耳元で響いたスニーカーとアルミサッシが奏でる金属音に千戸さんは――動いた。


 眼を大きく開いた千戸さんは枕にしていた上着に手を勢いよく突っ込み、中から上着ごと拳銃を掴んでこちらへと突き付けた。


 「…………なんだ、お前かよ……!」

 「……す、すみませ、ち、ちょっ、と便所に……!」



 千戸さんは人騒がせな、とだけ呟くと引き戸の前からその脇へと移動してまた眠りに就いた。僕はそれに慌てて外へと出る。



 撃たれなくてよかったけど……ヤバ、ちょっとチビったかも……






--------------------






 夜の校庭は久し振りだった。


 不思議にも、外にゾンビは一体も存在しない。昼の出来事からずっと校舎内に集まっているらしいのはこれから便所へと行く僕には大変都合がよろしいものだった。


 適当に校庭の端で用を足すと、持ってきたシャベルで辺りの土を覆い被せておく。こういった細かい事にもしっかり気を配っておかないと足元を掬われるというのは今までの経験から学んだことだ。



 ふと辺りに目を遣れば、血や肉片が点々と赤黒い痕を残す以外は僅かに吹く涼しい風と山側から遠く聞こえてくる木々のざわめき、そして空に悠然と輝く幾つもの星々に大きく昇る上弦の三日月という贅沢な景色が広がっている。

 人工的な光が一切なく、空気を汚す排煙もなかった頃の原初の地上ではこう美しい光景があちこちで見られたのか。


 しかし、本当に人間がいなくなって一週間で、世界はここまで変わるのだろうか?


 いや、今はそんな事よりもすぐ部屋に戻らないと――。ふと思い浮かんだ疑問を払いながら僕はシャベルを畳むと帰路へ着こうと振り返った。





 タッタッタッタッタッ。


 丁度乾いた土の上を蹴るような軽快な足音が、静かな校庭に不気味に響いた。



 僕はこういった場合の展開を知っている。


 こういう時の相手はそう多くない。


 そして――そのどれもが主人公に対して、決して友好的でないことも。



 「ガアアァアアァアァァアッ!!」

 「っ、畜(く)生ッ!」


 月明かりと星明かりだけの闇夜に紛れて現れるは開いた地獄の釜より噴き出すおぞましい異形の怪物(ゾンビ)。


 間一髪でその突撃を避けると僕は生徒指導室とは反対の方向、体育館へと向き直って走り出した。このまま向こうへ戻るにも、怪我人を抱えている以上あの避難場所を放棄する事だけは絶対に避けなくてはならない。




 昔から運動神経は然程よくないが逃げ足だけは一丁前と呼ばれた僕だ、そう簡単に捕まって堪るかよ!

 スニーカーの裏をぎしりと軋ませて僕は校庭を力の限りに駆け抜ける。その背後を追随するゾンビも突き放せるほど遅くはない。応戦にも距離感を正確に掴めなければ僕が食い殺される。

 頭にはまだ晴井さんの失踪に対する不安、漠然とした焦燥、そして背後から捕らえようと追い縋る亡者への恐怖がマーブル状に渦巻いている。


 200m白線トラックを越え、球技用のネットを掻い潜り、タイルの貼られた通路を突き進む。

 砂粒で滑り、網目に指を引っ掛け、段差で躓きながらも僕は必死にフリーの左手で体育館のガラス扉を引き開ける。


 そして開かれた扉に右腕を突っ込んだタイミングで僕の左側から走り寄る影。次の瞬間、僕の身体は右腕を扉の向こうに残したまま押し飛ばされた。











 ブチリ、ともグギリ、とも分からない嫌な音が身体を伝って耳に響く。


 「ぐっ、ぎゃあ゛ああ゛ぁっ!!」


 痛い、痛い、痛いっ!

 筋繊維が、関節が、骨が。心臓が拍動する度に悲鳴を上げる。


 押し飛ばされノブを離した事で重い扉は閉じ僕の右腕を挟み込む。

 そのまま身体を右側へと押されればどうなるか――当然、本来曲がる筈のない方向へ無理に曲げられ引き伸ばされた事で、僕の右腕は使い物にならなくなってしまった。

 音からして、ひょっとすると太い筋が切れてしまったのかもしれない。そんな事も頭の中を走る激痛の奔流で押し流されていく。


 涙や鼻水や脂汗が止めどなく溢れてくる。視界はぼやけ、息は詰まり、襲い来る不快感と激痛に僕は身を捩り暴れ狂う。


 そして目の前には敵である怪物が立ち上がり、牙を剥いて僕を睨む。

 武器のシャベルは扉の向こうにある右手が持ったまま、動かすことさえままならない。

 引き伸ばされた関節部を掴む手に力を込められ僕は悲鳴にならない声を上げた。




 こんな事なら小便をあの部屋で漏らしていた方がマシだったかもしれない。


 誰でもいいから助けてくれ。


 死にたくない。


 こんな痛い死に方なんて嫌だ。


 一人で死ぬなんて。


 僕はまだ生きていたいんだ。


 嫌だ。


 必死に生きてきたのに。


 止めてくれ。


 怖いんだ。






 涙でボヤけた視界の端で、くぐもった轟音と共に強烈な閃光が光ったのを最後に僕はその混線しきった意識の糸を切り離した。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。