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「第三章 あくまで、勇者ですから」
勇者。それは、世界を救う一握の希望。魔王を倒す一振りの剣。
… というのは、あくまでゲームや映画、漫画の世界の話。
もしも自分の事を勇者だと名乗る人物と遭遇したならば、あなたは、全力で警戒しなければならない。
何故なら、この現実現代社会において、勇者という称号は必ずしも世界を救う英雄にだけ与えられる冠とは限らないのだから。
◆
珍妙な悪魔達との生活が始まって、半月あまりが経とうとしている今日この頃。
慣れとは恐ろしいもので、我が竜胆寺家は、今日も今日とて平常運転。
「ジェンシャン、これから商店街の方へ買出しに出かけるのですが、良かったら一緒に行きますか?」
「買い物とな!? 行くっ。あても一緒に行くゆえ、少々待ってたもっ!」
「ええ。しかし、またげーむですか? 飽きませんねー、君も。良いですか? 《竜胆寺家のお約束条項、げーむは1日1時間で候》ですからね」
「当然じゃ。しかしこのげーむとやらは、あての想像を絶する面白さじゃ。まじのには、感謝せねばならんのー」
事の経緯はこうだ。
1日暇をもてあまし、眼を離せば何をしでかすか分からない。俺もこう見えてずっとジェンシャンについていられるほど暇ではない。元とは言え、部下であるシャクヤクはといえば、何故かオレの後をひたすらついて廻ったり、そうかと思うと突然ふらっといなくなったり。元々ジェンシャンのように記憶が無いわけではない彼女の行動は謎そのもの。とはいえ、少なくともジェンシャンのお守りをしてくれる気はさらさらない様子。が、そんな時のためにと、この間まじのが一式貸してくれたのがこのゲーム機。
俺は元来アナログな性格故、そう言ったものに別段詳しいってわけではないが、どうやらジェンシャンはそのげーむを大層気に入ったらしく、暇さえあればこうしてプレイしている。
そして、中でも問題なのは… どうやら彼女は、RPGがお気に入りらしい。それも勇者が悪魔を打ち倒すっていうゴリゴリの正統派の。
あえて言うのもなんだが、それってどうなのだろう。悪魔的に考えて。彼女のイデオロギー的に考えて。
「さーて、セーブも無事済ませたことじゃし、まいろかのぅ」
◆
あのジェンシャン家出事件があってからというもの、俺たちはこうして一緒に町へと出かける機会が増えた。
彼女らが正式な家族となった以上、これからは一人で外出するというイベントが必ず発生する。そういうときのためにも、ある程度の土地勘とある程度のこの世界の常識というやつを彼女に叩き込むためだ。
そう、何時だって、無垢な女性と言う奴を自分の色で染め上げると言う行為は… 堪らない何かがそこには在る。例えそれが悪魔であろうとロリ悪魔であろうと上位悪魔であろうとも、だ…… と言うのは、勿論冗談ではあるが。
「のぅのぅ、虎丸ぅ。勇者は凄いのう。悪魔や魔王をバッサバッサと倒すのじゃ」
「ええ、確かに凄いですね。無断で人様の家に入り込んでタンスを漁り、壷やら樽を割って廻る。とても勇気の要る行為だと思いますよ、俺は」
「ぬしはそう、どうして穿ったものの見方しか出来んのじゃ?」
君にだけは言われたくない、そんなセリフをすんでのところで飲み込みつつ、俺たちは商店街へと到着した。
「ちなみに、今日の夕飯はカレーです」
「おおぉ、本当かえ? あて、虎丸の作るカレー大好きじゃ!」
「それは何よりです。では、ここで一つ問題。カレーの元となる材料といえば?」
「とらまるぅ、幾らぬしでも失敬じゃ失敬じゃぞ! そんなの簡単すぎて問題にもなっておらぬ」
ジェンシャンはその柔らかそうな頬をぷくーっと膨らませ、そのうすーい胸を張る。
可哀想に。そんなに頬を膨らませたところで、胸までふくらむというわけではないというのに。
「では悪魔さん、正解をどうぞ」
「むふふん。まずはチョコレートじゃろ? あての舌はごまかせんぞ、絶対入っておるはずじゃ!」
「君、色だけで判断しましたね? いいでしょう。君には基礎の基礎からこの世界の何たるか… いえ、竜胆寺家のなんたるかを教えてあげますよ」
大げさなものいいだが、あくまでカレーの話なのでご注意を。勿論、その他の何たるかだって、いずれ叩き込んでやろうと思ってはいるが。
「い、いかん。虎丸に妙なスイッチを入れてしまったようじゃ」
そう言って一歩また一歩と後ろに後ずさるジェンシャン。それに合わせて俺もじりじりと彼女に詰め寄っていく。
一瞬の静寂。それに次ぐ睨みあいの後、ジェンシャンは脱兎の如く逃げ出した。あろう事か、この俺から。
「このままでは悪い予感しかせんもん。こーゆーときは逃げるが勝ちじゃ」
やれやれ、どうやら彼女にはまだ、竜胆寺魂という奴が宿っていない様子。こうなったら俺がとことんまで… そう思っていたのも束の間、逃げ出したジェンシャンは早々に立ち止まってしまう。八百屋に訪れていたお客さんにぶつかって。
「きゃっ」
「へぶちっ。どっ、どこを見ておるのじゃぬし!」
まずい。これはちょっと悪ふざけがすぎたかもしれない。
こんな公共の場で、公衆の面前で目立つのはすこぶる良くない。目立つわけにはいかないのだ。 あくまで、ジェンシャンは悪魔、なのだから。
「どこを見ている… ですって? あんた、今、そう言ったの?」
買い物袋の中身をぶちまけられたその女性は、わなわなと小刻みに震えながら、殺さんとばかりにジェンシャンを睨みつける。
「ふん。そーじゃ、この上位あ」
「おーっとっと。ウチのものが申し訳御座いませんでした。立てますか? 裸のお嬢さん」
慌てて間に入る俺。一先ずジェンシャンとぶつかったその女性を立たせると、あたりに散らばった野菜やら食材やらを拾い集める。
… が、ついてないことに、卵だけは全て割れてしまい、もはやどうすることも出来ない始末。覆水盆に返らず。これはもう弁償しかないという話。
俺というものがついていながら、何という失態。竜胆寺虎丸、一生の不覚。
「裸のお嬢さん? って私どうみたって裸じゃないわよ! 変態! ってかあんた何なの? いきなりしゃしゃり出てきて」
「これは失礼。どうにも、このところ俺が出会う女性たちは何故か初対面ですっ裸ってパターンが多かったもので、少々の期待を… いえ、申し遅れました。俺は竜胆寺虎丸と言います。先ほどは俺の連れのものが大変失礼を致しました」
「そうよ! あんたンとこのちんちくりんのせいで私の、私の特売卵がぁあああ」
「ちんちくりんってあての事かえ? 失敬な! 失敬な!」
「君は少し黙っていてください。これ以上更に場を混乱させるつもりですか? それと、卵ですが… もしよろしければ」
そう言って俺は、エコバックから恭しく同じ型の卵パックを二つ取り出す。この近所で卵の特売。お一人様1パック限り。俺も何気に主夫暦は長い。今日の特売広告だって勿論眼を通していた。恐らく、同じところで購入したに違いない筈。
「えっ、いいの? 二つも?」
「当然です。ウチのちんちくりんがご迷惑をおかけしてしまったわけですし」
「あてはちんちくりんじゃないもん!」
「いーえ、君はちんちくりんですよ。それと、帰ったらお説教ですからね?」
「酷い、とらまるぅのばかぁ」
俺と、ジェンシャンと、俺が手渡した卵を交互に見つめながら、目の前の少女はポツリとつぶやく。
「まぁいいわ。今日のところは特別に許してあげる。ふん。ありがたく思いなさい」
俺の見た限りでは、年のころは俺と同じくらい、もしくは少しだけ年下くらいの筈なのに、随分と高飛車なものいいだなと思いつつも。全面的に悪いのは俺とジェンシャンサイド。俺はただただジェンシャンがこれ以上彼女を刺激しない事を祈りつつ、何とかその場の収拾に努める。
「べーっ、だ」
「ふん。また会いましょう… 《近いうちにね》」
ん? 近いうちに? 今、彼女、何て言った?
「それってどういう」
俺がそれを尋ねる間もなく、彼女は街の喧騒へと消えていた。
たまたま商店街に買い物に来ていた女性が、たまたまジェンシャンとぶつかって、たまたま俺たちと出会った。たまたま、このタイミングで。… いや、やめよう。物事を悪い方に考えてしまうのは俺の悪い癖だ。
俺は、割れてしまった卵パックを代わりに拾いながらジェンシャンに言う。
「取りあえず、今日の夕飯は卵料理に変更ですね」
◆
「ジェンシャン! 行儀が悪いですよ! きちんと箸を使って食べてください! 何度言ったら分かるのですか? 《竜胆寺家のお約束条項、食事は優雅に楽しく候》ですよ」
「知らんもん。だってあて、悪魔だしぃー」
悪びれも無く、ジェンシャンはそう言いながら俺の作った料理を手づかみで食べて行く。
「おいおいおい、そりゃあたしの肉だぜ、ロリ悪魔ー。相変わらず食い意地が張ってんなー」
「しれっと、何食わぬ顔で隣の家に夕食を食べに来る。そんなぬしに言われたくないのー、まじまじ」
「べ、別に良いだろ? あたしは華の女子高生なんだよ! 成長期なのっ!」
「ノー。お二人方とも、マスターの手料理をもっと味わって感謝しつつ食すべきであります。そう、このシャクのように」
「あらあらー♪」
いつも通りの。
いや、いつの間にか一段と騒がしく、華やかになった我が竜胆寺家の食卓。
俺は、少しだけため息を吐きつつも、汚れたジェンシャンの手を拭き、まじののために新しい肉を用意し、未だ席に座ったまま半分夢の世界にトリップしている母を揺り起こす。
いつも通りの、竜胆寺家の日常。俺の守るべき、そんな至って普通の1ページ。俺は、若干顔を緩めながら、そんないつも通りの光景をただただ見つめていた。
◆
翌日。
「やれやれ、家族が二人増えただけで、こんなにも食費がかさむとは思ってもいませんでした。このところ何故かまじのまで連日出没していますし」
そのちんちくりんな可愛らしい見た目に反し、正に食欲だけは悪魔レベルなジェンシャンと、何故かそれに対抗しようと、人間の限界に挑戦するまじの。そんな二人を冷めた眼で見守りつつも、黙々と食べ続けるシャクヤク。我が家の家計が火の車だという事実も、およそ納得いただけることだろう。
「我が道場の復興は… 恐ろしく遠く険しい路なのかもしれませんね」
俺は、一人ぐちりながら何時もの如く買出しへと向かう。
ちなみに、今日のメニューは中華。以前、夕食時にテレビで見たグルメレポート番組で、レボーターが食べていたエビチリ。海の宝石箱やーというその賛辞の言葉に、ジェンシャンが食いつかないはずが無かった。
ただでさえ傾きかけている我が竜胆寺家の家計を、さらに苦しめるようなエビという高級食材。例え家族が増えようが、恥ずかしながら我が道場が、こんな状態であることには変わりは無く。これはもう、母さんに是が非でも新作を当てて貰うしかない訳で。
そんな風に考えがまとまってしまう当たり、なんとも悲しいやら情けないやら。竜胆寺家の長男として、それってどうなんだろうとか自問自答を繰り返し、うんうんと唸るうちに件の商店街に到着。
と、そんな折、唐突に俺に声を掛けてきた御仁が一人。
「あらっ? また会ったわね、変態さん」
そんな、何とも有難くない渾名で俺のことを呼ぶ人物、それは、この間ジェンシャンとの買い物中に出会った少女だった。
「そういうそちらは、この前の卵少女さんですね。今晩は、奇遇ですね」
「ちょっと! 卵少女ってなによ、変な渾名つけないでくれる?」
「その言葉、そっくりそのままお返ししますよ。でも、確かに成る程」
「な、何よ、突然」
今日の彼女は制服姿。そして、その制服には当然ながら見覚えがあった。何故ならそれは、まじのと同じ女子高の制服であったからである。目の前のエコバックを携えたつり目白眼少女に向かって、俺は尚も続けて言う。
「君がこの前去り際に言った言葉。こういう意味だったのですね? ご近所さんだったとか?」
「この前? ああ、また近いうちにってアレ?」
少女は、よほど俺の返答がお気に召したらしく、公衆の面前であるにもかかわらず、実にらしい高笑いを上げる。
「はん! 勘違いも甚だしいわね、変態男。良い? 耳の穴かっぽじって良く聞きなさい。あれはね、私なりの宣戦布告よ。それに、あれは、あんたに言った言葉じゃないわ」
変態さんから変態男へ。どうやら俺は、この短時間で嫌なベクトルでランクアップしてしまったらしい。別段やぶさかではないので、それはそれとして、今の彼女の言葉の中で、俺にとってどうしても聞き逃せないワードがあった。それは…。
「俺に言った言葉じゃない? それはつまり」
つまりも糞もない。あの場にいたのは、俺と彼女と、そしてジェンシャンのみだったのだから。
… 何だか、予期せぬ方向へ事態が動き出しているらしい。ジェンシャンを正式な家族として迎え入れた時点で、ある程度の覚悟は承知していたとは言え、よもやこうも早々に、しかもこんな身近に、俺達を脅かすかもしれない、そんな輩が存在していようとは。
そんな俺の気持ちを知ってかしらずか、ツリ眼の彼女は、尚もその刺々しい言葉を続ける。
「私の名前は、《路兎勇子》 また会いましょう、近いうちにね? … さぁ、今宵も私の特売品レーダーが火を噴くわよ!」
俺は、今の会話で確信した。路兎勇子と名乗る彼女は、ジェンシャンと… 何らかの形で関わっている。もしかするとジェンシャンの過去を知っているかもしれない。ジェンシャンの失われた記憶についての鍵を握る存在、なのかもしれない。まぁ、単なる思わせぶりなちょっと頭の可哀想な妄想女子高生って可能性も否定は出来ないが。
何の目的があるにしろ、少なくとも彼女があの時あのタイミングで俺たちに接触して来たのは、やはり偶然などではなかったということなのだろう… たぶん。
そんな彼女は、特売品が大量に入ったそのエコバックをやたら嬉しそうに揺らしながら鼻歌交じりに、やがて町の喧騒へと消えていった。
その後姿は、一端の刺客というよりは、どうみても貧乏苦学生。
うーむ。やはり、単なる俺の勘違い… なのかもしれない。




