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あくまで、家族ですから  作者: 汐多硫黄
第二章 「あくまで、従者ですから」
6/15



          ◆


「シャクヤク、君もご飯は普通に食べますよね?」

「イエス。シャクの場合、嗜好回路としてマスターの手料理を嗜む機能が標準装備として組み込まれているのであります」

「そうですか。まぁ、よく分からないですが、それは何よりです」

「チャーハン! チャーハン! あて、虎丸のチャーハンが食べたいぞ」

 既にキッチンのテーブルに座り、スプーンで皿をキンキンと叩きながらジェンシャンが騒いでいる。まったく、食い意地のはった悪魔である。

「はいはい。シャクヤクもそこに座って待っていてください」

 ちなみに、母は昨晩徹夜だったらしく、今日は夕方まで起こさないでくれとのこと。まったく、我が母親ながらなんて不規則な生活。これは近いうちに生活指導が必要だ。

 と、言うことで、俺が三人分のチャーハンを作り始めたその時、玄関から聞き慣れた声が聞こえてきた。

「おっすー、竜胆寺。いるかー? いるんだろー? 芦屋さんちのまじのちゃんが遊びに来てやったぜー」

「むむ、まじのじゃ。まったく、わざわざこの時間を狙ってやってきたということは、さては虎丸のご飯をたかりにきたんじゃな? 相変わらず食い意地のはったやつじゃのー」

 まじのもジェンシャンにだけは言われたくないだろうなと思いつつ、俺は改めて四人分のチャーハンの用意を始めた。


          ◆


「しっかしまぁ、お前も物好きだよなぁー竜胆寺。まーたわけわかんねー悪魔? だか、人造人間? だかを、ほいほい家に迎えいれちまうんだからよ」

「分け分からなくはありません、まじの様。シャクはれっきとした、我がマスターである虎丸様の従者でありますから」

「ほぉー、様付けで呼ばれるとは、いつの間にか随分偉くなったなー竜胆寺。その上、ますたぁだって? ぷっ、いやいや、悪い冗談だぜ、そりゃ」

「そうじゃそうじゃ、シャクヤクはあてのしもべじゃぞ!」

 女三人寄れば、姦しいとは良く言ったもの。まぁ、悪魔は女性にカウントして良いかどうかは微妙なところだが。

「ノー、先程から申しておりますとおり、今のシャクはあなたではなく、あくまで虎丸様の従者であります。そこを勘違いなさいますよう」

「なんじゃとー! あて、納得いかん、納得いかんもん。元々あてのシモベじゃったくせに、あてに逆らうでない。それに、シモベならシモベらしくあての過去についてさっさと話さぬかー」

「ノー、拒否します」

「むっきぃーーー!!!」

 俺は、一瞬だけ仲裁しようかと思ったものの、すぐにその考えを改めた。というか、一体全体これが本当に悪魔同士の喧嘩なのだろうか? どう見ても駄々をこねるわがまま娘とそれを諫める保護者の図、だ。

「やれやれ、どうしたものでしょうね、これは… そうだ、まじの。君、ちょっとあの二人を止めてくれませんか?」

「何でだよ! 何でそこであたしの名前が出てくんだよ!」

「いえ、体育会系の君なら、こういうシーンに立ち会ったこともあるかと思いまして」

 半分くらいは俺の勝手なイメージ、というか単純な思い込みだが。

「いや、まぁ、そりゃあるにはあるけどさ、相手が悪魔じゃなぁ」

「ふん、まじまじは余計な口をはさまないでたも」

「そうです、まじまじ様は黙っていて下さって結構であります」

「まじまじ言うんじゃねー!! つーか仲良いじゃねーか、てめーら!!」

 確かに。

 どうやら、二人が元々主従関係にあったという話は疑いようも無い事実らしい。とはいえ、これでは埒が明かないのも事実。それに、これ以上騒がれては近所迷惑に他ならないわけで… 仕方が無い、一先ずはそれが分かっただけでも僥倖とすべきか。

「ジェンシャン、一先ず落ち着いてください。シャクヤクも何か理由があって言えないのでしょうし、君が駄々をこねたところで何も始まりませんよ?」

「流石はマスター。その通りであります。これはシャクの抱える最大のミッション。非情に繊細でデリケートな問題。シャクのレゾンデートルなのであります」

 あくまでも拒否を貫くシャクヤク。だが、件のジェンシャンがそんな答えで納得するはずもなく。


「何じゃ何じゃ、虎丸までシャクの肩を持つというのかえ? もうよい、もう知らんもん! シャクヤクなぞあてのシモベでも何でも無い! 勝手にするが良いぞ!!」


 そう言って顔を真っ赤にしながら、出て行ってしまったジェンシャン。

「お、おい、竜胆寺。いいのか?」

 勿論、良いはずが無い。

「そうですね。本音を言えばこのまま頭が冷えるまでほっておいた方がいいのでしょうが、なにぶん相手はジェンシャンですからね。何をしでかすか分かったものではありません」

「と、言うと?」

「経緯はともかくとして、今、シャクヤクは一応俺の従者… ということになっています」

 そんな俺の言葉に対し、肯定を示すように黙って頷くシャクヤク。

「それはつまり、竜胆寺家にまた一人家族が増えたということ」

「一気に核家族脱出だな」

「竜胆寺家現当主として、俺は家族同士が亀裂を抱えたまま過ごすことを良しとしません。《竜胆寺家のお約束条項、家族は仲良く候》です」

「まぁ、顔つき合わせる度に言い争ってんじゃ気まずいよな」

「そこで、俺は二人の関係を修復。つまりは、仲直りさせたいと思います… ということで、まじの、後は頼みました」

「よっしゃ、まかせとけ! ……… って、だ、か、ら、さっきから何であたしなんだよ!!」

 と言う事で、そんなノリのいいまじのと俺は二人の関係を修復すべく、一先ずシャクヤクをその場に残し、ジェンシャンの姿を追うことにした。


          ◆


 追う、と言ってもそこはあのジェンシャンのこと、恐らくこの前の時同様この敷地の外に出るということはまず考えられない。それはここ数日間での彼女の行動や性格を考慮した上での結果である。つまるところ、彼女は上位悪魔であろうがなかろうが、その中身は歳相応の少女のそれだということに他ならないからだ。

 結論として、俺とまじのは、我が竜胆寺家の敷地内を虱潰しに探していくこととなった。


「んで? 実際のところどーなんだよ?」

 まじのがまたもや、何時に無く真面目な顔で俺にそう投げ掛ける。

「また随分抽象的な質問ですね、まじの… ジェンシャンのことですか? それともシャクヤク?」

「両方だよ、両方。ってかさ、あの新入りは本当にロリ悪魔の関係者なのか?」

「ええ、それはまず間違いありませんね。シャクヤクはかつてジェンシャンの下部だった。そこに関して、彼女は嘘をついていなかったのは確かです。下部であるからこそ、彼女もまた同じように封印されていた。そして、下部であるからこそシャクヤクがジェンシャンの正体を知っているのは必然なのですが…」

「あいつの正体に関しては言えないってか? ったく、あの新入りいったい何考えてるんだよ」

 まじのはそうぼやきつつ、心底めんどくさそうな顔で我らが上位悪魔殿を探す。なんだかんだいいつつも、こうやって俺に付き合ってくれるあたり、やはり彼女はお人よしだと言わざるを得ない。

「シャクヤクには、ジェンシャンと違って記憶もあるようですし、彼女なりの何か明確な目的や意思があるように感じられます」

 まぁ、それが分かれば苦労はしないわけだけど。

「なんだそりゃ。あたしには何がなんだかって感じだな。正直、こんな状況でも冷静でいられる竜胆寺が羨ましいぜ」 

「そうですか? 自分では良く分かりませんが、こればっかりは性格と言いますか必然性といいますか…」

 何のことは無い、家族が家族だけにという話。勿論、まじのも含めてって話なわけだけど、当然言葉に出せるはずも無く。

「ああ、成る程な。そりゃ説得力が違うぜ。さとりおばさんもいるしな」

 俺は、喉に出掛かった言葉を飲み込みつつ、尚も探索を続ける。

 我が竜胆寺は確かに由緒のある旧家だ。だが、歴史に比例して敷地面積が広いかと言われると答えはノー。数十分もあれば十分全ての場所を見て回れるという寸法だ。主な探索箇所としては、母屋、道場、中庭、そして蔵である。

 最初に母屋の俺の部屋、キッチン、リビング、客間、加えて使われていない空き室からトイレまで調べ上げ、道場、更衣室、大して広くも無い中庭を回り、そして、俺達が最後に辿りついたのが、前回ジェンシャンが隠れていた場所である親父殿の蔵の中だった。

「おいおい、竜胆寺。こりゃいないっぽいぜ? あたしは絶対ここだと思ったんだけどなー」

 かくゆう、俺もそう思っていた。ジェンシャンが再び家の中で姿を晦ませた、と思い込んだ俺が最初にイメージした場所がここだった。

「んー、見逃したかな? あいつチビだからなぁ。隠れ場所には困らなそうだしよ」

 いや、違う。竜胆寺家にやってきてまだ数日のジェンシャンに対して、ここで暮らして十数年の俺が見逃す筈が無い。一部を除き、ほぼ知り尽くしていると言っても過言ではない我が城において、彼女を見逃す筈が無いんだ。

 つまり、これは…。

「まじの。この状況はかなりまずいかもしれません」

「なに? 何だよ、改まって」

 俺は、自分の顔から血の気が引いていくのを感じていた。

 ジェンシャンは、この敷地から外に出ることは無い。それは、俺がこの数日で彼女を観察した結果と、前回彼女が蔵に隠れていたという結果を踏まえての結論だったが、それは大きな間違いだったと言うこと。が、何より誤算だったのが、俺自身が、ジェンシャンの事を歳相応の少女そのものだと考えていたことだ。つまり、俺はその歳相応の少女の行動についてさっぱり理解できていなかったのだ。前回とは状況も心境も大違いだったのだ。


 間違いない。ジェンシャンは、とうとう、ついに、蔵から、竜胆寺家から外の世界へと出て行ってしまったのだ。


「もしかすると… いえ、恐らく彼女は今頃街中です」

「うげっ。あいつ、一人で街へ出ちまったのかよ。だいたいさ、いつかこうなると思ってたけど、仮にもあいつは悪魔だぜ? 全くそうは見えないけどさ。でもあいつを放っておいたらまずいんじゃねーか? 何しでかすかわかんねーぜ」

 確かに。今の彼女は一時の怒りに身を任せて何をしでかすか分からない。まじのの言う通り、ジェンシャンは悪魔なんだ。彼女が人間に対して、どう思いどう感じ、どんな行動を起こすのか。それは未知数であり、俺には皆目見当も付かなかった。

 ここに来てようやく俺は、悪魔としての彼女の事を殆ど何も知らないということを思い知らされた。

 いや、違う。

 正確に言えば、知ろうとしなかったのだ。何を隠そうこの俺自身が。

 まるで目をそむけるかのように、彼女の悪魔というその異質と向き合う事を無意識に避けていたのだ。


 その結果が、今、俺の目の前に現れている。


「覚悟が、足りなかった… 圧倒的に」

「竜胆寺! 後悔なんて後で幾らでも出来るぜ、それよりどうする? あたし達はどうすればいい? あたし達も街へ出てロリ悪魔を探すか?」

 探す? 

 ジェンシャンがあのまま外に出たのだとしたら、既に数十分の時間が経過してしまっている。人口数百人の村じゃないんだ、このまま何の手がかりも無いまま町へ出て、二人で彼女を探し出すのはあまりに無謀な行為だと言える。

 … だが、今は頭であれこれ考えるより、行動するべきなのかもしれない。

 確かにジェンシャンは悪魔だ、放っておけば何をしでかすか分からない、だが、その一方で、彼女はこの街では、いや、この世界では俺達以外誰も頼れるものの居ない、言わばこの世界に生まれたばかりの状態なんだ。後先考えず行動するのは彼女の悪いところだが、もしもふと我に返った瞬間、見知らぬ土地でたった一人で立っていたら、一体どんな気持ちを抱くだろうか。そんなの、人間だろうと、悪魔だろうと、関係なく同じに決まってる。

「行きましょう、まじの。ジェンシャンにはきついお灸を据えねばなりません」

「おっしゃー、そうこなくっちゃな」

 俺は、理由はどうあれジェンシャンを家族として迎え入れた。だったら、どんな事があろうと、これからどんな事が起ころうと、それを貫くのが家長である俺の役割なのだから。


 勢い良く我が家の門まで走り抜ける俺達。そのとき、ふととある人物が俺の視界を横切った。


 …ん? 

そうか!

「ストップ! 待って下さいまじの!」

「何だよ、止めるな竜胆寺。折角、陸上部エースであるこのまじのちゃんの本気って奴を見せてやろうかと思ってたのに」

「ええ、それは勿論期待しているのですが、今、もしかするともっと簡単にジェンシャンを見つけられるかもしれない方法を思いつきました」

「まじで? んで、その方法は?」

 俺は、縁側にゆるりと座っているとある人物を指差し、ニヤリと笑った。

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