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第二章「あくまで、従者ですから」
ジェンシャンとの奇妙な共同生活が始まって、約1週間。
俺達は、曲がりなりにも家族としての新たな生活を確立しつつあった。
「起きて下さい、ジェンシャン。もう朝の6時です。今日は朝から二人で蔵の整理をする約束ですよ。《竜胆寺家のお約束条項、約束は絶対守る候》です」
ジェンシャンが俺の前に現れたあの日以来、結局蔵の整理が出来ないうちにずるずると早1週間。
その間、件の悪魔ジェンシャンはぐだぐだ・だらだらと彼女なりに現世を堪能していた。
だが、例え悪魔だとしても、家族となった以上、竜胆寺家の一員となった以上、そんな怠惰な非生産的行為は許されない。
働かざるもの食うべからず。
それは、人間だろうと悪魔だろうと、生きとし生けるもの全てに共通して言える鉄の掟なのだから。
「うにゃー、あてはまだ眠いのじゃ。知らん。約束なんてしらんもん」
そんな風に呟きながら俺のベッドで寝返りを打つジャンシャン。
そう、何を隠そう、基本的にジェンシャンは俺の部屋で暮らしていたりする。
母の手前、ジェンシャンは一応俺の彼女と言う事になっている故、別段一緒の部屋で暮らすのは不自然ではない。
とはいえ、気がつけば俺のベッドはジェンシャンに占領され、俺はソファーで寝起きをするという理不尽なこの状況。
だからってわけじゃないが、俺は彼女の頬をぐにーっと引っ張りたたき起こす。
「い、い、か、ら、起きなさい! 竜胆寺家にキリギリスは必要有りません。いいのですか? 早く起きないと朝食抜きにしますよ?」
「虎丸のおにー、あくまー」
悪魔は君でしょうが。
俺は溜息を洩らしつつ、いつまでもベッドにしがみつく彼女をお姫様抱っこで無理やり部屋から運び出したのだった。
◆
「しっかし、この蔵、みょうちくりんなものばかりごてごてと。まったく足の踏み場も無いのー」
「だからこその掃除ですよ、ジェンシャン。いいですか? ここは俺が君を見つけた場所。言わば君の故郷。ふるさとなのです。自分の生まれ故郷を綺麗にするのは当然の理。例え人間だろうと悪魔だろうと、関係ありませんから」
「ぐぬぬ、相変わらずの屁理屈じゃのー、虎丸」
「屁理屈で結構。まずは君が封印されていたあの箱が見つかった辺りから始めましょう。もしかすると何か手がかりを発見できるかもしれませんよ?」
最初の爆発騒ぎで所蔵の半分が消失または破損してしまったものの、まだまだ謎の遺物で満ちている親父殿の蔵。
こうして俺たちは、改めてパンドラの箱こと親父殿の蔵の整理に取り掛かるのだった。
ジェンシャンの記憶と手がかりが見つかることを祈りながら。
が、そんな俺の想いは思いもよらずこの後すぐに成就することとなる。
何を隠そう、この俺自身の手によって。
「ん? この箱… ジェンシャン! ちょっと来てください」
俺が蔵の奥で見つけた怪しい箱。
大きさは縦横高さ20センチ四方。真四角の正方形のキューブ型。ジェンシャンが封印されていたあの箱より一回り小さく、その表面には何の模様も描かれていない、純白の無機質な箱。
正直言って、箱という表現が正しいかどうかも微妙なところ。
ただ、その形状からしてジェンシャンと何らかの関係があるということは、明らかだった。
「ジェンシャン、この箱に何か見覚えはありますか? 色や模様はともかくとして、この形状は君の封印されていた箱に瓜二つなのですが」
「そうなのかえ? んみゅー、ぬぐぐぐぐ」
ジェンシャンは、目の前の純白の箱を睨みつつ妙な唸り声を上げる。
何やら、彼女なりに必死に記憶を探っているらしい。
が、その努力も虚しく…。
「駄目じゃー。すまんのぅ、とらまるー。あてにはさっぱり分からんのじゃ」
「そう、ですか。因みに、まだ寝ぼけてるって可能性はないですよね?」
「失敬な! 失敬な!」
「冗談ですよ」
… 視たところ、どうやら嘘はついてない様子。だとすると、可能性は二つ。
一つ目、この箱は彼女とはまったくの無関係だということ。他人の空似ってパターン。
そして二つ目、彼女が自分自身の記憶を欠落しているように、彼女のいた世界に関連した知識や記憶(そんな世界が実際にあるのなら、だが)すら失っているというパターン。
前者は兎も角として、後者はちょっとばかり厄介だ。
だが、ここでうじうじと考えていても答えは出ない。というより、すでにジェンシャンという悪魔の封印を解いてしまったという前例がある上、ここで躊躇する理由は何もない。
「迷わず開けよ、開けば分かるさ… と言う事で、開けますね?」
「ちょ、ちょっと待ってたも。あ、あてにも心の準備というものが」
そう言いつつ、俺の服の端をぎゅっと掴むジェンシャン。
「悪魔が何を弱気な事を言ってるんですか。はい、そうこう言ってるうちにもう開けちゃいました」
「ば、爆発でもしたらどうするつもりじゃー!」
そんなジェンシャンの言葉とは裏腹に、その箱の中身は… 空だった。
「残念。ハズレでしたか」
「あ、あてには最初から分かっておったがの」
振り出しに戻る。
やはり、そう簡単に手がかりに辿り着くはずがない。
そう思っていた矢先、その機械的な声は、どこからともなく聞こえてきた。
「… 復元率100%、現状把握完了であります。マスター、お早うございます」
慌てて振り返る俺とジェンシャン。
そこには… と言うかやはり、裸は悪魔族のデフォの姿なのだろうか?
全裸の少女が一人、堂々と何故か敬礼をしながら俺達を見つめていた。
およそ悪魔的な記号とも取れるショートの緑髪と、陽の下にあるというのにギラギラと輝きを放つ金眼。
そんな姿を目の当たりにしてしまうと、いつの間に? とか、聞き慣れないマスターなどという台詞に対する疑問は一気に吹き飛んでしまう。
「こら! いつまで見入っておるのじゃ虎丸!」
「ああ、すみません。折角の機会なので」
「もう少し悪びれんかい! 仮にもあてというものがありながら。まったく、これじゃから男という生き物は… それはそうと、ぬしは何者じゃ、名を名乗るがよいぞ」
そんな不機嫌な様子のジェンシャンから指名を受けた全裸の少女。俺の視たところ年のころは恐らく16,7。まじのの少し下、或いはそうは変わらない年齢だろう。
とはいえ、その肌は透き通るような白。その胸はどこまでも慎ましく奥ゆかしい。まじのとは正反対。ジェンシャンといい、これも悪魔族のデフォなのだろうか?
だが何より、彼女はジェンシャンと異なり、角も無ければ悪魔イヤーも尻尾も無い。見た目だけで言うならば、完全に人のそれと一致していた。
「………」
その全てを見透かすかのような鋭い瞳は、先ほどから何故か一心に俺を見つめている。ジェンシャンの質問に答える事もなく。
「無視された! 無視された! 何か言ってたも~」
目の前の全裸少女とは対照的に、顔を真っ赤にしながらその不満を露にするジェンシャン。
このままでは埒が明かない。もう少しこのままその涼しげな姿を見ていたかったものの、気になる台詞があったのも確か。
仕方がない。
「君! 先程確か、現状把握完了とか言いましたよね? それはつまり、君は明確な自分の意思で露出プレイを」
「何でそっちの台詞を気にしとるんじゃああああ!!!」
そんな俺の素朴な疑問に対して、全裸少女は…。
「流石はマスター。イエス、これはシャクの趣味であります」
「ぬしもぬしで何で普通に答えとるんじゃああああ! しかも趣味? 趣味じゃと?」
確かに、ジェンシャンの言いたいことも分かる。
「恐ろしく高度で崇高な趣味ですね」
「勿体無いお言葉であります、マスター」
「だ、駄目じゃこやつら。早く何とかせねば…」
何故か先程からジェンシャンが俺を睨んでいる。どうやら、ちょっとおふざけがすぎたらしい。
「さて、悪魔さんの機嫌が悪くなる前に、おふざけはこの辺にしておきましょう。ここからは真面目モード」
俺は一先ず目の前の全裸少女を何とかすべく、道場のロッカーからあるものを取って彼女に手渡した。
相手は裸。と、なると、俺が手渡すものなど必然的にアレしかないわけで。
「のぅ、虎丸。いたいけな裸の少女に男物のワイシャツを着させるのも、《竜胆寺家のお約束条項》なのかえ?」
「は? 何を馬鹿なことを言っているんですか。どこの世界にそんなふしだらで趣味丸出しな家訓があるんですか。当然、俺のしゅ」
「いや。やっぱり聞きとうない」
「そうですか? それはそうと見てくださいジェンシャン。思った通り、やはり彼女にはワイシャツが良く似合う」
あくまでジェンシャンに比べての話であり、もちろん裸ワイシャツの話である。ちなみにあれ以来、ジェンシャンには母さんの服を着せている。何故ならサイズがほぼ一緒だからだ。俺としては裸ワイシャツでも全く問題ないと思うのだが。まぁ、このことに関しては後ほど濃厚な議論の場を設けるとしよう。
「真面目モードはどこいったんじゃ! まったく、悪魔に何度も突っ込みをいれさせるとは… 流石はあての認めた男じゃ」
例え相手が悪魔だろうが人間だろうが、褒められては悪い気はしない。とか思ってしまう辺り、俺もまだまだ修行不足なのだろう。
「では、ここからが本当の真面目モード」
俺は、改めて目の前の裸ワイシャツ少女を見据えながら言う。
「ズバリ、君は何者ですか? まさか君も悪魔とか言い出すんじゃないですよね? だとしたら、このロリっ子悪魔ことジェンシャンと何か関係があるのでしょうか?」
対して、裸少女はそのポーカーフェイスを崩す事無く俺だけを見つめて、そして。
「……… ピーピーピー、警告、警告。深刻なエラーが発生しました。これより自爆モードに移行します」
「何でじゃ、何でじゃーーー。と、虎丸が一度に質問しすぎたせいじゃぞ!」
一人でパタパタと慌てふためくジェンシャン。そんな様子はどうみても年相応のいたいけな少女そのもの。本当に悪魔なのかと疑いたくなるが、事実はあくまで事実。
俺は、尻尾をふりふりさせながら右往左往しているジェンシャンの頭をぽんぽんと二度ほどなでながら言う。
「大丈夫ですから落ち着いてくださいジェンシャン。それと、嘘… ですよね?」
ポーカーフェイス少女の、奥のそのまた奥の真意というやつを探るように、俺はそのすまし顔を見つめ返した。
「ご明察であります。申し訳ございませんでした、マスター」
「ふ、ふん。どーじゃ、恐れ入ったか。何を隠そうこの虎丸はの、嘘が見抜ける力をもっておるのじゃ。勿論、あても最初から嘘じゃと見抜いておったがの」
「ノー、今のは場を和ませようとして放ったシャクの懇親の持ちギャグであります」
何故か自分のことのように胸を張って自慢するジェンシャン、そして微妙に行動の読めない裸少女。
先程の言動や行動。もしかするとこの少女、俺やジェンシャンの知りたい情報、つまり記憶を持っている可能性が極めて高い。
俺はなるべく平常心を保ちつつ、詰問を続ける。
「そのお心遣いには感謝しますが、生憎このジェンシャンは、じらしプレイが苦手でしてね」
「初耳! 初耳じゃああああ」
「イエス、存じているであります。何せそちらのロリペチャパイ、失礼、上位悪魔様は……… シャクの元、ご主人様でありますから」
一瞬の静寂が俺達を包み込む。どうやら俺たちは、答えに近い所にたどり着いたと言うより、答えそのものにぶち当たってしまったらしい。
つまりこの少女は、ジェンシャンが失ってしまった彼女の過去の記憶そのもの。
記憶、そして、なぜジェンシャンは封印されたのか。それが、今、明らかになるらしい。
「ご主人様? しかも元、ですか」
「イエス、マスター。シャクはかつてそちらのロリペチャパイ、失礼、上位悪魔様の下部でした」
「なんじゃぁー、ぬしはあての下部なのかえ? 流石はあてじゃ。きっと部下は何千人といたに違いないんじゃ。のう、そうであろう?」
「……」
「無視された! また無視されたあああ!」
俺の勘違いでなければ、この裸少女は先程から俺の質問にしか答えていない。逆に言えば、ジェンシャンをまるで無視しているということ。
「やれやれ、何か事情がありそうですね… 分かりました。君の言える範囲で構いません、君とそしてこの上位悪魔ことジェンシャンのことを教えて頂けませんか?」
「了解であります。まずシャクの名前はシャクヤクと申します」
「芍薬? あの植物の芍薬ですか? 立てば芍薬座れば牡丹、歩く姿は百合の花、の芍薬ですか?」
「ノー、たまたま発音が同じなだけであります。元々はシャクや元ご主人様が使う言語に由来する言葉でありますから」
「成る程。では、いよいよ本題なのですが… ジェンシャンは、彼女はいったい何者なのですか? 何故封印されたのですか? そして、彼女の本当の名前を教えていただけないでしょうか」
「とらまるぅ…」
再びの静寂。シャクヤクの視線が痛いほどに突き刺さる。その目には、先程までのポーカーフェイスとは違い、明らかに《迷い》の感情が見て取れた。
「申し訳ございません、マスター。いかなる理由があれど、従者がマスターに反発するなど本来あってはならないこと。従者道に反する行為であります。従って、いかなる処罰、処遇も受ける覚悟であります…… ですが、どうしてもその質問にだけは答えられません」
そんな真剣な表情のシャクヤクに最初に食って掛かったのは、渦中のジェンシャンだった。
「納得できん、納得できんもん! どうしてじゃ、ぬしはあてのシモベなんじゃろ? じゃったらちっとくらい教えてくれても良かろうもん」
ジェンシャンのそんな必死の呼びかけも、やはり無視を貫き通すシャクヤク。
どうやら、彼女の意思は固いようだ。このまま頑なに質問を繰り返したところで、効果は薄いだろう。
「やれやれ、わかりました。俺だって初対面の裸ワイシャツ少女に罰なんて与えたくない… 勿論、興味はありますがね。まぁ、今は自重します。それでは、別の質問。何故俺がマスターなのですか?」
「イエス、それは虎丸様があの箱の封印を解き、シャクをこの世界に解き放って下さったから、であります」
やはり、シャクヤクもジェンシャン同様あの箱に封印をされていたらしい。彼女らに何があったかについては、やはりそう簡単に分かるはずも無かったが、彼女らは悪魔界において主従関係にあったこと。何らかの理由により共に封印されたこと。恐らく、その際に主従関係がリセットされたこと。シャクヤクは記憶を失っていないが、ジェンシャンについての過去を話すことが出来ないこと。彼女の話で分かったことは、一先ずこれくらいだろうか。
「… 分かりました。君にはまだまだ聞きたいことや質問事項が山積みですが、いつまでも立ち話というのも何ですね。時間はちょっと早いですが、二人とも、一旦お昼にしませんか?」




