表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
あくまで、家族ですから  作者: 汐多硫黄
第一章 「あくまで、悪魔ですから」
PR
4/15

下2



          ◆


 誰かさんのおかげで、家にある食材が尽きてしまったため、お昼前、俺は買出しへと出かけた。

 母と悪魔の二人きりにする事にかなりの不安感はあったものの、これからのことを考え、軽く実験がてらあえてそうしてみた。

 果たしてどうなるのだろうかという、ちょっとした好奇心がむくむくとくびをもたげていたためだ。こんな悪魔的な考え方も、悪魔とお近づきになってしまった事による効能なのだろうか。


 … が、俺の不安は尽く杞憂に終わった。

 買い物から帰った俺の眼に映ったのは、仲良くテレビを見る二人の姿だった。


「ただいま戻りました」

「お、虎丸。帰ってきおったか」

 そう言うとぱたぱたと俺の元へと駆け寄ってくる悪魔さん。

「へぇ、早くも母の言葉を理解するとは、なかなかやりますね。流石は悪魔といったところでしょうか」

「ふん、あてをみくびるでない。あては悪魔じゃ。人間の言葉であれば、どのような言語であれ理解し、使役出来るのじゃ。どーじゃ、すごいじゃろ? 偉いじゃろ?」

「偉いかどうかは分かりませんが、一先ず安心しました」

「むふふん。それともう一つ。さとりはあてを家に置いてくれるそーじゃ。良かったの」

 人の母親をすっかり呼び捨て。この悪魔、やはりただものではない。いや、それより今注目すべきは後者の方か。

「君、母に一体何を吹き込んだのですか?」

「ひ、み、つじゃ。なーに、あての正体はばらしておらん。虎丸が勝手に決めた、彼女という設定を、せいぜい利用させてもらったまでじゃ。にゅふふふ。ぬし、母親を巻き込みたくないのであろう? 安心せい、あてにはおみとーしじゃ」


 ……。


 視た所、どうやら正体をばらしていないというのは嘘では無いらしい。

 だとしたら、彼女が思ったより強かだったことに愕きつつも、そもそも彼女と母を二人にしたのは俺なのだ、この結果はあまんじてうけるしかないと自分を納得させる。

 何にせよ、もとより、俺もそうするつもりだったわけだし、手間が省けたと考えればそう悪くは無い、筈。

「成る程。正直言ってちょっと舐めていたところがあったのですが、君は確かに悪魔だ。これは見識を改めざるをえませんね」

「それは褒めているのかえ?」

「勿論」

 俺は、再び彼女の頭を撫でてやる。

「ふにゃー。あ、あのな? あて、ぬしに撫でられるの、嫌いじゃないかもしれぬぞ?」

「それは良かった」

 気持よさそうに眼を細める悪魔。こうしてみると悪魔と言うよりまるで猫だ… ちなみに、猫は嫌いではない。


「あらあら♪」


         ◆


 場所を移し再び道場。


 理由は勿論、日課である午後の鍛錬をするためと、もう一つ。

「どうやらこの先、君との共同生活というやつを本気で考えなければならないようですね」

「なんじゃー、不満なのかえ?」

「いえ、むしろ光栄ですよ。悪魔と一つ屋根の下で暮らすなんて、そうそう出来ることじゃ有りませんからね」

「であろーな」 

 俺のそんな言葉を聞いた悪魔は、満足げに頷く。

「君は自分の記憶のため。俺は親父殿の手掛かりのため」

 人間と悪魔。この時俺達は、互いに固い握手を交わしたのだった。あくまで互いの利益のために。

「ところで君は仮にも悪魔なのですから、何か悪魔的な超能力とか持っていないのですか? ほら、魔法とか、呪いとか」

「うっ、ぬし、なかなか痛いところをつくのう。あては上位悪魔であるからして、何かスペシャルでパーフェクトな力を持っていたような気もするんじゃが、何故か今はまったく使える気がせんのじゃ」

「そうですか。少し残念ですが、まぁ、それも記憶が戻れば自ずと明らかになるでしょう。一先ずは、一刻も早く記憶を取り戻せるよう努力して行きましょう」

「うむ。して、具体的にあては何をすればいいのじゃ? 」

「さぁ? 俺は医者でも専門家でもありませんので、そこまでは何とも。そもそも君を医者に診せるわけにはいきませんから、暫くは普通に生活し様子を伺い、一刻も早く記憶が戻るのを待つしか無いでしょうね」

「なんじゃか締まらんのぅ。とらまるぅー、何か考えてたもー。あてには頼りはぬししかおらぬのじゃー」

 考えてくれと言われても正直難しい。確かに、普通の記憶障害などであれば、ショック療法などの方法はあるものの、何分相手は人間ではなく悪魔なのである。およそ普通のやり方が通じる相手とは思えない。

 一般論として、この手の記憶障害の場合、以前の記憶はともかくとして、記憶を失う直前直後の記憶を完全に取り戻すのは難しいと聞き及んだ事もあるが、やはりそれも人間に対しての場合だ。彼女があくまで悪魔である以上、何一つ断言をする事が出来ない。やはりここは慎重を期して、自然に彼女の記憶が戻るのを待つのが一番の得策のような気がする。

「やはり、君が人間で無い以上、君自身に対しての得策は見つかりませんね」

「なんでじゃー。ぶーぶー」

 可愛らしく頬を膨らませ、ブーイングをたれる悪魔。まったく、話は最後まで聞いて欲しいものである。

「ですが、君を封じていたあの箱。あの箱と、箱のあった親父殿の蔵をもう少し詳しく調べれば何か手がかりが出てくるかもしれません」

「おぉ! それは本当かの? 流石は虎丸じゃー。そこに痺れる憧れるのじゃー」

「あくまで可能性の話ですので、そこまで期待されても困りますが」

「うむ、それではそちらの方は虎丸に任せるゆえ、あては自分の記憶を取り戻す事だけに集中すればいいんじゃな?」

「ええ。当面はこの方法で行きましょう。後、極力俺達意外にはその尻尾や角は見せないようにしてくださいね。まぁ、例え君が悪魔だと言い張ったところで、そんなの信じる人は相当のお人よしか、相当純粋無垢か相当の大馬鹿者か相当痛い人か、或いは、相当の腹黒だけでしょうけど」

「むふふん。そーゆー虎丸は、どれかのー? 果たしてどれなのかのー?」


 何だ、そんなの最初から決まってる。答えは勿論…。


「おっすー、竜胆寺ぃー。いるんだろー、いるよなー。というか生きてるかー?」

 道場の扉が勢い良く開けられる。この威勢の良さは間違いなくまじのによるものだ。

「どうしました、まじの。今日はまた随分と早いお帰りですね? 部活はいいのですか?」

 律儀にも一礼した後、まじのがこちらにやってくる。流石は体育会系少女である。

「心配無用、今日はノー部活デーだぜ」

 ノー部活デー。俺が、そのワードになんとも懐かしい響きを感じノスタルジーに浸っていると、横にいた悪魔さんがぽつりと一言。

「にゅふふ。悪魔と二人きりにするのが心配じゃったからすっ飛んで帰ってきた。概ねそんなところじゃろ? 素直じゃないのぅ」

「へぇ、そうなのですか? まじの」

「なっ、ばっ、違う! だ、だいたいてめーに何が分かるんだよ、このロリ悪魔」

「ぜーんぶおみとーしじゃ。何せあては虎丸の彼女、じゃからのう」

「おお、成る程な…… ってはぁあああ? 何、彼女? カノジョ? り、竜胆寺、ど、どどどどういうことだよ」

 

 普段はしんと静まり返っている我が道場に、少女の怒声がこだまする。我が道場が普段からこれくらい活気づくようになるのは、やはりまだまだ先なのだろうか? 俺はそんなことを考えながら、これまでの事の顛末をまじのに解説した。 


「めんどくせー事になったってのは、良く分かった」

「とゆーわけで暫く厄介になる。よろしく頼むでの、まじまじ」

 思わず同時に噴出す俺とまじの。

「待て。何だよ、そのまじまじってのは」

「先だっては図らずもぬしに貸しを作ってしまったからの。親愛の証としてあてがつけた渾名じゃ。気に入ったかえ?」

「はぁ? てめー気に入るわけ」

「悪魔にしては良いセンスですね。なかなか可愛いじゃないですか、まじまじって」

「… よし、許す」

「相変わらず、分かりやすいやつじゃのぅ」

 早くも悪魔に弄ばれるまじの。まぁ、まじのなら上手くやっていけるだろう、恐らく。

「では、日の沈まないうちに少しでも作業に取り掛かろうと思います」

「ああ。こいつの事はあたしがしっかり見張っててやるよ」

「やれやれ、あてはまじまじの御守でもするかのー」

「ふざけんな!」

 俺はそんな二人を生暖かく見守りつつも、再び件の蔵へと足を運ぶのだった。


          ◆


 作業を始めてどれくらいの時間が経過したのだろうか、気がつくと外はすっかり夜の帳が下りていた。

 夜の闇により手元もおぼつかなくなってきたという事も有り、今日の作業を切り上げようと蔵から出たその刹那。 


我が家から激しい爆発音と共に、煙が上がった。


 まさかあの悪魔……。

 いや、だがそんなはずは。様々な考えが俺の頭の中で立ち上っては消えを繰り返し、何とかその現場へとたどり着く。

 俺が眼にした光景、それは半壊したキッチンと倒れるまじの、その場に立ち尽くす悪魔の姿だった。

 俺はすぐにまじのの元へと駆け寄り、抱き起こす。


「まじの、まじの! しっかりしてください、まじの。何があったんですか」

 考えたくない、考えたくはないが。

「お前、まじのに何をした? まさか、初めから俺達を騙していたのですか?」

 俺の質問に対し、ただただぽかんと虚空を眺める悪魔。

「答えろ!」

 俺の怒声に一瞬だけびくっと愕くように反応した後、走って逃げ出す悪魔。

「ま、待て、竜胆寺」

「まじの? 大丈夫ですか、怪我は? どこか痛むところは?」

「大丈夫。大丈夫だ。一瞬だけ意識がとんじまっただけだ。それより、あいつは何も悪くないぜ」

 彼女の真剣な表情により、何とか落ち着きを取り戻した俺は彼女を壁に寄りかからせる。

 俺は、何かとんでもない勘違いをしてまったのかもしれない。彼女の表情を見る限り、俺の頭に最悪のシナリオが浮かぶ。

 出来る事なら、まじのの話の、その続きを聞きたくは無かった。

「やれやれ、まさかこんな大事になるとは思わなかったぜ。いいか竜胆寺、よーく聞け。実はな、あいつが何か料理を作ってやりたいなんて言い出しやがってよ。自分の記憶のために頑張ってくれてる竜胆寺に何かしてやりたかったんだと」

 料理? あの悪魔が? 俺のために?

「で、朝食べた竜胆寺の料理が相当気に入ってたらしく、自分も作るなんていいだしたって話さ。けどまぁ、恥ずかしい話、あたしも料理は得意じゃないからね。案の定、あいつも料理なんてしたことがないどころか、悪魔的な下手っぴさだったんだけどよ。んで、そんな二人が料理するとどうなるかって結果がこれさ。だからあいつは…」


 そこまで聞いた俺は、自分でも愕くくらいの速さで、その場を離れ夜の町へと駆け出していた。

 

 くそっ、くそっ、くそっ。


 何が一緒に暮らすだ。


 それはつまり、家族になるということじゃないか。俺は、俺はそんな家族の事さえ信じてやれなかったのか。

 竜胆寺家現当主として、あるまじき行為。恥ずべき行為。俺は、俺は何て情けない人間なんだ。


 確かに相手は悪魔かもしれない。だが、それは過去の話。今の彼女は、ただの記憶をなくした一人の少女じゃないか。強がってはいるが、頼るものも、自分の過去すらわからない。そんなの誰だって不安に決まってる。くそっ、それなのに俺ときたら、自分の事しか考えていなかった。自分の利益しか考えていなかった。どれだけ偉そうな事を言おうが、自分を正当化しようが、言葉で取り繕おうが、自分の目的を達成するための道具、手段としか考えていなかった。

 俺は、《親父殿の手掛かり》と言う甘美な餌に知らず知らずのうちに魅了され、自己を失ってしまっていたのかもしれない。

 そして何より、その証拠として後悔すべき俺のしてしまった行為。いや、すること出来なかった行為。しなかった行為。



 夜の街へと飛び出してみたものの、彼女の行き着きそうな場所に何一つ心当たりが無いという事実にぶちあたる。

 絶望が俺を包み込むと共に、俺はその場に足元から崩れるのだった。


 立ち尽くす事数分。


 夜の風が容赦なく俺の精神を切り刻んでいく。だが、そのおかげでオーバーヒート寸前だった俺の頭が冷やされ、冷静になる事が出来た。


 ! そうだ。


 あの悪魔の行き着きそうな場所に心当たりが無いんじゃない。そもそもあいつは記憶が無いどころか、この町についての地理が全く無いのだ。あいつにとってここは見ず知らずの土地なのだ。自分だったらそんな不明瞭な場所を逃亡先に選ぶだろうか? いや、ありえない。

 少なくとも、まずは少しでも自分の知る場所を選ぶはず。では、この現代へと復活して間もない彼女にとってのその場所とはどこだろうか?

 そう、そんな場所、我が家や道場を除いて一箇所しかないじゃないか… 《蔵》 だ。彼女が俺と出会う前、ずっと安置されていた場所。

 

 俺は祈るような気持で竜胆寺家へと走った。


 俺が我が家へとたどり着く頃、蔵の前には既にまじのと母が仁王立ちで待ち構えていた。

「遅い。つーか、携帯くらい持っていけっての。まぁ、いいや。分かってんだろ? あいつは中だぜ。あたしは約束は護る女だからな。ほれ、ちゃんとあいつを見張っててやっただろ? けどよ、こっからはあんたの役目だぜ、竜胆寺」

 どうやら、また彼女に助けられてしまったらしい。これではいつまでたってもまじのに頭が上がりそうも無い。

 俺は無言で頷くと蔵へと足を踏み入れた。

 蔵内は薄暗いものの、彼女のゆらゆらと揺れ動く尻尾をどうにか見つけることが出来た。

 恐らく、俺が蔵内に入ったのは感知しているはず。それでも、壁の方を向きこちらに背を向けていると言う事は、俺と話す気がないということに他ならない。

 彼女の数歩後ろまでやってきた俺は、大きく深呼吸した後、その小さな背中に向かって話しかけ始めた。


「俺が君の立場だったらどうだっただろう。そう考えたとき、俺は自分の犯した一番の過ちに気づかされました」 

 彼女の悪魔耳が、ぴくりと反応したのが分かった。

「俺は、君をこの現世へと復活させた。そして、君と一緒に暮らす事を約束した。君には記憶もなく、当然帰る場所もない。そんな君は俺にこう言った、頼れるのは俺だけだと。君は君なりのやり方で精一杯俺に歩み寄ろうとしてくれていた。それなのに俺は、俺は、君を」

「もうよい虎丸。あては悪魔じゃ。やはり、あてのような厄介者がおったら、迷惑… なんじゃろ?」

 彼女の声に力は無く、その顔は暗がりで見えないのの、その表情は、今の彼女の顔は、容易に想像することが出来た。

 だからこそ。俺は、叫ばずにいられなかった。自分らしくも無く、声を荒らげて。或いは、祈るようにして。

「違う! 君は厄介者なんかじゃない。君はもう、俺達の、竜胆寺家の家族の一員じゃないか! だから、だからその証に俺は…… 君に《名前》をつけたいと思う。記憶のない自分の名前のない君に、俺は名前を、家族として名前をつけたいと思います」

 

 本当は、もっと早くしなければならなかった行為。

 それは俺の目的なんかより、ずっとずっと早くするべきだった行為。


「我が一族の姓は竜胆寺。その名にもある通り、竜胆の花は我が一族にとって切っても切り離せない存在なんです。だから、君の名前は… 《ジェンシャン》」

「ジェン、シャン?」

「はい。今日から君は竜胆寺ジェンシャンです。ああ、ちなみにジェンシャンとは竜胆の英名ですよ。我が竜胆寺家の家紋にして、俺の一番好きな花でもある竜胆。その名を君に捧げます。何故英語名かと言えば、君は日本人でも人間でもなくあくまで、悪魔だから。悪魔である事は君の誇り。ほら、英語の方が悪魔っぽいでしょう?」

 ぽかんとして、口を開けたままだったジェンシャンは、俺の言葉の意味を理解すると、満面の笑みを俺に見せてくれる。

「ジェンシャン…。うむ、良い名じゃ。あくまで、悪魔であるあてにぴったりな、何とも面妖な響き。あて、気に入ったぞ! 虎丸」

「でしょう? これで君は、竜胆寺家の一員、約束です。《竜胆寺家のお約束条項、約束は絶対守る候》。それでは、これからよろしくお願いします。ジェンシャン」

 そう言ってそっと手を差し出す俺。

「うむ!」

 それに応えるジェンシャン。

 

 俺とジェンシャンは、固く握手を交わした。

 ジェンシャンから伝わるそのぬくもりは、人間のそれと何ら違いは無かった。

 だってそうだろ? 彼女は、ジェンシャンは、例え悪魔であろうとも、あくまで俺の家族なのだから。


「… さとりおばさん。やっぱりあなたの息子さんのセンス、半端じゃないわ。日本人じゃないからって英語名つけるか、普通。って、おばさん立ったまま寝てやがる! 全くこの親子、やれやれだぜ」

「あらあらーzZZ」



 こうして、我が竜胆寺家に新たな家族が誕生した。

 今日は、そんな記念日。

 竜胆寺家の歴史に新たな一ページが刻まれた、そんな記念日だった。



 第一章 END




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ