増やさずに、直しました
使用中の欄が、八件に戻っていた。
装備課と、登録課だ。二部署とも、先月の一行をくれたところだった。
やめた理由を書いた部署から、記入が戻っている。理由を書かなかった資材管理課は、止まったままだ。
直人は、まだ理由を知らなかった。
月次の八件には、内訳だけを付けた。戻った二件は、戻った、とだけ書き、理由の欄は空けておいた。
数字が動くとき、動いた理由は、いつも数字より遅れて届く。
◇
理由は、二日遅れで届いた。
装備課からの封筒に、当番表の写しが一枚入っていた。
月ごとの点検当番の表だ。園田の件のときに見せてもらったものと、ほとんど同じに見えた。
違いは、下に二行増えていることだった。
装備の条件で不採択になった件
再確認日の前日に、当月の点検当番が一覧を開く
ゲート前で三秒以上止まった人
装備の不適合が疑われる人へ、その日のうちに声をかける
案一でも、案二でもなかった。
持ち帰られた二つは、そのままの形では、どこにもない。
◇
添え書きは、三行だった。
様式は増やしていません。増やすと、書く人が増えるので。
増やさないで済む方法を探したら、当番表に入りました。
二行目は、ゲート前の若宮さんに教わりました。
差出の欄に、浅井、とある。
これまでの書類は、装備課、の課名で来ていた。担当者が自分の名前で改善を送ってきたのは、これが初めてだった。
◇
電話で、二つだけ確かめた。
「一行目は、案一を直した形ですね」
「そのままでは、使わなかったです」
浅井は、隠さなかった。
「月初だと、再確認日に間に合わない件が出ます。案二は、募集のない期に穴が開きます」
「それで、前日に」
「前日なら、日付ごとに動けます。うちの当番は毎日いるので」
「点検の当番に載せる、という骨組みは」
「もらった案のままです。時期と回し方だけ、うちに合わせました」
「使える形に、直したんですね」
「はい」
直した、を浅井は当然のことのように言った。それから、一つ足した。
「案をもらった日に、分かったことがあります」
「何ですか」
「当番表って、直していいんだな、って」
電話の向こうで、浅井は少し笑った。
「うちの当番表、ずっと前の担当の字のままだったので。直せるものだと、思ってなかったです」
◇
直人は、受話器を置いてから、その一言を書いた。
渡した案は、骨組みだけ残って、動く形は装備課で作り直された。
それと同じ重さで、渡したこと自体が効いていた。
経緯は、そのまま月次に書いた。
案を出したのは直人。現場に合う形へ直したのは浅井。二行目の目の付けどころは若宮。開くのは当番だ。
誰が何をしたかが、一行ずつ並ぶ。十四年前の様式に足りなかった行が、いま手元で埋まっていく。
◇
二行の当番表は、最初の月に二度動いた。
一度目は、ゲート前だった。
声をかけた三人のうち、一人の締め具に緩みが出ていて、その場で交換になった。
救護待機所へ回る前の段階で、一件が終わっている。若宮の数えた「止まった人」が、初めて装備課の手で拾われた。
二度目は、一覧のほうだった。
園田の行の確認日は、補助枠の審査の結果が出る日だ。通っていれば装備更新の日程を、通らなければ次の枠の受付日を、本人へ伝える。そこまでが行の中身になる。
結果日の前日、直人は装備課へ内線をかけた。手帳の日付は、まだこちらにも残っていた。
「園田さんの件ですが」
「明日ですよね。今朝、当番が一覧を開いてます。結果が出たら、日程までうちから伝えます」
「……こちらでやることは」
「ないです。行に、全部書いてあるので」
直人は、用件をなくした受話器を置いた。
二日後、装備課から回ってきた写しで知った。審査は通り、園田には装備更新の日程が伝わっていた。伝えたのは、一覧を開いた当番だった。
◇
園田の三度目の確認は、だから、直人の仕事にならないまま終わった。
直人は、自分の手帳の園田の行に線を引いた。
消したのではない。移した先を、線の横に書いた。装備課・当番表。
受付の担当表の行も、同じ行き先に書き換えた。二重には追わない。
一度目は、誰にも開かれなかった。三週間、園田を待たせた日付だ。
二度目は、直人が覚えていたから守られた。
三度目は、覚えていたが、覚えている必要がなかった。四度目からは、たぶん覚えてもいない。
守るものが、人から表に替わった。
手帳の線一本のわりに、書くのに時間がかかった。
◇
登録課の再開は、形が違った。
届いた説明は一枚で、課内の壁に貼る一覧の写しだった。
今月出した通知 二十一件
うち、確認日が来た件 四件
うち、配置が動いた件 一件
自分たちの出した紙の、その後の数字だ。それを月末に、書いた本人たちの見える場所へ貼る。
黒瀬のところでは、紙が本人に戻る。二百十四人の規模だから戻る。
登録課は戻せないかわりに、戻る場所を壁に作った。
何のために書いているのか分からない、と書いた部署の、それが答えだった。
誰の発明の写しでもあり、写しのままでもなかった。
◇
若宮には、月例の日に聞いた。
「装備課の人に、何を教えましたか」
「声をかける順番です」
「三段目ですね」
「三段目です。あと、一つ断りました」
「何をですか」
「記録ごと渡してほしい、と言われました。渡すのは断りました」
「理由は」
「私が渡すと、私が辞めたら止まるので」
若宮は、いつもの間を置いた。
「書き方だけ教えました。書くのは、向こうの当番です」
教えたことは、月例の記録に一行だけあった。断ったことは、書いていなかった。
「断ったほうも、書いておいてください」
「教えたことより、ですか」
「同じことを頼まれる人が、ほかにも出るので」
◇
柏木の三ヶ月は、先に満了が来ていた。正式な条件が決まらないあいだ、宇野が一ヶ月ずつの延長でつなぎ、それが二度続いていた。
「一ヶ月のつなぎを、三度はやりません」
宇野はそう言って、新しい依頼書を出した。今度は条件が四つある。
期間 六ヶ月
頻度 週二日まで
内容 装備条件の不採択に関する確認の補助(月十件程度)
謝礼 規定額に、確認補助の加算を付ける
「探索は、どうするんですか」
「続けます。両方やります」
「回りますか」
「先に書いて、外れたら直します」
柏木は、依頼書の四行を上から読み直してから、名前を書いた。
最初の依頼書のときより、読む時間が短かった。
◇
最初の十件で、柏木は一度間違えた。
十件の期限を読んで、全部今月中で間に合う、と先に紙へ書いた。
書いてから一件ずつ照合して、一件だけ、補助枠の締切のほうが先に来ることを見つけた。
見つけたのは、締切の五日前だった。柏木は、その一件を先に回して、それから直人に言った。
「外れました」
「今回も、書いてたんですか」
「書きました」
柏木は、外れた紙を封筒に足した。二枚目だった。
「書いてなかったら、最初から締切の順に見てました、って言ってたと思います」
直人は、手を出さなかった。
間違いは起きて、起きたことは本人が見つけて、先に直っていた。手を出す場所が、なかった。
◇
「柏木さんに、打診しないんですか」
宇野が聞いた。
「条件が出てからにします」
「桑原さんの逆ですね」
「同じです」
直人は、そこは言い直した。
「条件がないまま頼むのは、善意で埋めることなので。桑原さんに断られた形のまま、柏木さんに頼んだら、断らない人を選んだだけになります」
そのうえで、直人のほうから聞いた。
「条件は、いまどこまで来てますか」
「時間と手当は、人事が通しました。残りは考課です。この仕事を、考課のどの項目で数えるか」
「それが、年度内ですか」
「項目の改定が、年度替わりでしか動かないので」
「では、年度内に打診します」
宇野は、その日付を月次の三つ目の欄に書いた。
柏木への打診の予定に、初めて日付が入った。
◇
週の終わりに、東堂から通知が一枚来た。
一年後判定 資料要領
一 様式の使用状況(数え方の但し書きを含む)
二 過去三年の重大事案の洗い直し
三 次の担当への引継ぎ状況
二の担当は、篠塚とする。再配置支援室は、二に関与しないこと。
二の行を、直人は二度読んだ。
過去三年の重大事案。その言葉が指す範囲に、何が入るかは、読み直さなくても分かった。
関与しないこと、の一行は、東堂の字で少し大きく書いてあった。
対象の期間と、出す資料の範囲は、事務の質問として篠塚に確かめた。返事は、その日のうちに来た。
確かめの文の末尾に、遠山の件から見てほしい、と書き足しそうになって、やめた。どこから見るかを決めるのは、篠塚だ。
直人にできるのは、求められた資料を、求められた形で出すことだった。
一年前なら、書き足さないことを我慢と呼んだと思う。いまは、手順と呼べる。
◇
使用中は八件で、任期はあと三ヶ月だった。
月次の末尾に、直人は今月ぶんの経緯を綴じた。
当番表の二行。壁の一覧。若宮が断ったことと、教えたこと。手帳の線一本。
経緯には、案を出した直人も、直した浅井も、教えた若宮も、名前ごと残っている。
ただ、どの当番表にも、直人の名前は入っていなかった。
由来には、いてもいい。運用には、いなくてもいい。その区分ごと綴じるのが、いまの直人の仕事だった。




