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やめた理由を、一行ください

 六件、と書くのは簡単だった。


 月次の使用中の欄が、六件になった。三ヶ月前は十一件だった。

 新しく登録が一件増えて、記入の途切れが六件。差し引きで、十一が六になった。


 書いてから、直人は数え方の但し書きを読み直した。

 使用中は、直近三ヶ月に記入があるもの。停止は、記入がないもの。


 記入がないことと、やめたことは、同じではない。


     ◇


 六件を、一件ずつ確かめた。電話と、様式の対象件数の照会でだ。


    運用をやめた      三件(装備課/登録課/資材管理課)

    対象の案件がなかった  二件(受入調整の二部署。季節で件数が動く)

    確認中         一件(返事待ち)


 受入調整の一件目は、電話の相手が途中で笑った。


「やめてないです。今の時期、対象が来ないだけです」

「戻ったら、書きますか」

「書きます。書き方、変わってなければ」


 変わってなければ、のほうを、直人は書き取った。

 半年書かずにいるあいだに様式が動いていたら、この部署は戻る場所を失う。


 対象がなかった二件は、やめていない。書くものが来なかっただけだ。

 次の繁忙期が来れば、記入は戻る。停止の欄に入れたままだと、戻ったときに数字が嘘をつく。


 直人は、月次の但し書きに一行足した。


    ※記入なしのうち、対象案件なしの部署は、停止と分けて数える。


 分けると、やめたのは三件だった。六件よりは小さい。三件でも、小さくはなかった。


     ◇


 三件には、同じ文面を送った。


    運用を止めた判断について、こちらから異議はありません。

    止めた理由を、一行だけいただけますか。

    再開のお願いではありません。理由は、まだ使っている部署のために使います。


 宇野が、文面の二行目で止まった。


「一行だけ、ですか」

「一行なら、書けるので」

「三行頼むと」

「頼んだ三行が理由で、次の部署が止めます」


 宇野は、文面をそのまま返した。


「再開のお願いではありません、が一番働きますね」


     ◇


 返事は、二件から来た。


    装備課

      記録を作っても、そのあとを処理する担当がいない。


    登録課

      一件あたり六分増える。繁忙期に、何のために書いているのか分からなくなった。


 資材管理課からは、期限までに返ってこなかった。


「催促しますか」

「しないです」

「空欄のまま載せるんですか」

「載せます」

「空欄で、何が分かりますか」

「書けなかったことが、残ります」

「書けなかったのか、書かなかったのか、分かりますか」

「分からないです」

「月次には」

「理由の記載なし、とだけ書きます。決めると、決めたほうが残るので」


 宇野は、そこで言い添えた。


「返事の来ないところほど、こちらからは困り方が見えません」

「はい」

「いま一番見えないのは、資材管理課です。覚えておいてください」


     ◇


 装備課の一行を、直人は二度読んだ。


 園田の件と、同じことを言っている。

 あのとき後任は、候補を二つ持ち帰った。持ち帰って、まだ決まっていない。決まらないまま、書くほうが先に止まった。


 処理する担当がいない記録を、書き続けられる人はいない。

 書くのをやめたのは、怠けではなかった。正直なのだと思う。


     ◇


 登録課の一行は、もっと単純で、もっと悪かった。


 何のために書いているのか、分からなくなった。


 書いた通知が、そのあとどうなったか。確認日に何が起きたか。誰かが助かったのか。

 登録課には、何も戻っていない。戻らないまま、一件六分だけが確実に増えていく。


 六分は、理由の欄を書く時間だ。書く意味のほうは、六分の外にあった。


     ◇


 協力日の柏木が、二枚の一行を読んだ。


 読み終えるまで、いつもより時間がかかった。


「これ、書いた人のほうも、断られてるんですね」

「断られてる、というのは」

「書いても、何も返ってこないのって、断られてるのと同じなので」


 直人は、その言い方を写した。


 断りの様式を書く人が、書くたびに何かに断られている。

 六年、申請を書き続けた人の言葉だった。ほかの誰が言っても、この重さにはならない。


     ◇


 十七階へは、三件の理由を持っていった。


 東堂は、二枚を並べて読んだ。空欄の一件も、空欄のまま並べた。


「十四年前の四つに、当ててみましたか」

「当てました」


    一 項目が多い      該当(断りの様式は十一項目まで増えていた)

    二 責任者の欄がない   非該当

    三 評価されない     該当

    四 作業が増える     該当(一件六分)


「四つのうち三つ、当たってます」

「二は」

「判断した者の欄は、全部署で残ってます。十四年前と、そこだけ違います」

「それで」

「それでも、止まりました」


     ◇


 東堂は、装備課と登録課の一行を、もう一度読んだ。


「五つ目ですね」

「五つ目、というのは」

「十四年前、四つまでしか絞れなかったと言いました。それ以上は当時の人に聞かないと出ない、とも」


 東堂は、二枚の紙を揃えた。


「当時の人に聞けなかったものが、今の人の字で来ています」

「……はい」

「その様式で何が決まるかを、使う人が見ていない」


 東堂は、それを一行で言い直した。


「書いたあと、どうなったかが、書いた人に戻っていない。使わなかった人にも、使いすぎた人にも、同じことが言えます」


     ◇


「十四年前は、どこまでやりましたか」


 直人が聞くと、東堂は少しだけ間を置いた。


「減ったことは、数えました」

「はい」

「戻すところまでは、できませんでした」


 言い訳の形ではなかった。作業報告の形だった。


「数えた紙は、棚に残ってます。戻し方は、書いてないです」

「置いていかれた箱の、あの調査ですね」

「そうです」

「理由は、聞かなかったんですか」

「聞きました。十一年あとにです」


 東堂は、そこは正確に言った。


「覚えている人が、三人しか残っていませんでした。止まった月に聞いていれば、全員が覚えていたはずです」

「一行でも」

「一行でも。当時の私は、数えるだけで手一杯でした」


 手一杯、という言い方に、誇張はなかった。あの箱の厚みは、机の横で毎日見ている。


 東堂は、直人の文面の写しを指した。


「止まった月に、一行。十四年前に、これが欲しかったです」


     ◇


 三ヶ所の直し方の一覧に、直人は二行足した。


    装備課の一行  処理する担当がいない記録は、書かれなくなる

    登録課の一行  書いた結果が戻らない記録は、意味から先に痩せる


 やめた理由は、責める材料ではなかった。

 まだ書いている部署が、同じ道へ入る前に読む地図になる。


 写しを、使用中の六部署と、名取と、三宅と、玲奈へ回した。

 資材管理課の空欄も、空欄のまま載せた。


 名取からは、翌日に返信が来た。


    登録課の一行、うちの三年後だと思いました。

    書いた結果がこちらへ戻る形を、月一件の再確認と一緒に続けます。

    止まりそうになったら、先に一行送ります。


 三行目を、直人は二度読んだ。

 止まってから理由を聞く形が、止まる前に届く形へ、一部署ぶんだけ変わっていた。

 地図は、配った先で勝手に読まれる。読まれ方までは、こちらで決められない。


     ◇


 その夜、直人は机の横の箱を開けた。


 東堂が置いていった、十四年前の箱だ。使用状況の調査を、もう一度読み直した。

 減った数字は、月ごとに正確に並んでいる。理由の欄は、最初からない。


 欄がなかったのではない。聞いていなかったのだ。

 直人の月次には、今日から二行と、一つの空欄がある。十四年ぶんの差は、たぶんそこだけだった。


 その差を持ったまま、任期はあと四ヶ月になっていた。


     ◇


 夕方より前に、若宮から月例の記録が届いていた。


 いつもどおりの数字の並びに、付箋が一枚付いている。


    装備課の人が、記録の使い方を聞きに来ました。

    二回目は、当番表を持って来ました。


 直人は、その付箋を月次に貼らなかった。再開とは、まだ書けない。

 ただ、当番表を持って来た、という動きは手帳に残した。動きの先を決めるのは、表の持ち主だった。


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