うちも、数えてました
束は、二つに分けて綴じてあった。
玲奈は、それを机に並べて置いた。左が厚く、右が薄い。
「三ヶ月ぶんです。左が起きたこと、右が、やったことです」
救難管制の制服のままだった。卓の合間に抜けてきたらしく、置き方に迷いがない。
◇
左の束は、六卓の綴りの写しだった。
後ろへ回した件の、理由の欄だけを抜いてある。
三ヶ月で、同じ文が二十二回出ていた。三卓に集中して、ほかの卓にも散っている。
対応可能隊なし
「これ、嘘ではないです」
玲奈は、先にそう言った。
「隊が出払ってるのは本当です。ただ、この文だと、あとから検証できないです」
「検証」
「どの隊が出ていて、何分後に戻る見込みだったか」
玲奈は、欄を指でなぞった。
「そこまで書いてあれば、順番の付け方を後から確かめられます」
玲奈は、左の束の端を揃えた。
「遠山さんの件は、書いてあったから検証できました」
その名前を、玲奈は事務の声で言った。
事務の声で言えるようになるまでに、何がいくつ要ったのかは、言わなかった。
◇
右の束は、薄かった。三枚しかない。
一枚目は、三卓へ回した書き方の見本だった。理由の欄を、選ぶ二項目と書く一行に分けてある。
どの隊が出ていたかは、選択肢に丸を付ける。見込みだけを一行書く。
「書けない人に、書けと言っても書かないです。書ける形に変えました」
二枚目は、確かめ方だった。
月に一度、無作為に三件を抜く。
理由の欄から、当日の状況へ戻れるかを試す。
戻れなかった件数を、翌月の卓会議に出す。
「始めて二ヶ月です。一月目は、抜いた三件のうち二件が戻れませんでした。見本を回して、今月抜いた三件は、全部戻れました」
「二十二件のうち」
「二件は、私の卓です」
玲奈は、そこを飛ばさなかった。
「見本は、自分にも回しました」
「戻れなかった卓は、会議で名前が出るんですか」
「件数だけです。どの卓かは、出しません」
「いま、出しましたよね」
「自分のだけは、出していいので」
◇
「これ、うちで先月やったのと、同じ試験です」
直人が言うと、玲奈はうなずいた。
「知ってます。月次の写し、読んでるので」
「……読んでるんですか」
「回ってくるので。根拠へ戻れるか、って書き方、うちの綴りに合わせて言い換えました」
借りたのは玲奈のほうだ、という言い方だった。借りた側が、月例の形まで先に作っている。
「三枚目は」
「渡す用です。ほかの部署にも要ると思ったので、部署名を消して作りました」
三枚目は、見本と確かめ方を一枚にまとめたものだった。
最初から、配るために来ている。報告に来たのではなかった。
「月次に載せるなら、出どころは卓の番号で書いてください」
「水瀬さんの名前ではなく」
「三卓の人が直したので」
「水瀬さんが見本を作りましたよね」
「運んだのは私です。直したのは、書く人です」
譲る気のない言い方だった。直人は、卓の番号で書いた。
◇
災害対策室の三宅が来たのは、その二日後だった。
四十前の男で、立ったまま話した。座る時間が惜しいのではなく、座る習慣がないらしい。
「一度、来たかったんです。五版目まで直した報告を、親元にしてなかったので」
出動順位表の現物を、初版から五版まで持ってきていた。
めくると、表紙の裏に手書きの行が並んでいる。
二版 重複の定義が曖昧。同時刻を「五分以内」に確定
三版 夜間帯の欄を追加。夜勤の申し送りで漏れたため
四版 記入者の欄を先頭へ移動。誰の判断か探す時間が長かったため
五版 定型文が出はじめた欄を、選択式と一行に分割
「直すたびに、直した理由を裏に書いてます」
「理由も、ですか」
「理由がないと、六版目を作る人が、四版に戻すので」
◇
直人は、四つの行を写させてもらった。
十四年前の様式には、この裏書きがなかった。使われなくなった理由を、東堂は十四年かけて四つまで絞った。
三宅の表なら、絞る作業そのものが要らない。
「これ、誰に教わりましたか」
「誰にも。二版目を作るときに、初版をなぜ直すのか聞かれて、答えを書いておいただけです」
「聞いたのは」
「神崎さんです。あの人、直す前に必ず聞くので」
「五版まで続いた理由は、聞いていいですか」
「書く場所を決めたからだと思います。裏、と決めてなければ、二版で終わってました」
◇
「一つ、確かめていいですか」
直人は、古いほうの記憶を出した。
「試験運用のころ、受付順位の様式を、文面ごと送った照会がありました」
「私です」
「番号を知っていれば、自分で引けましたよね」
「引けました」
「なぜ、文面を」
「裏が読みたかったんです」
三宅は、初版の表紙を裏返した。
「番号で引くと、表しか来ないです。なぜそう作ったのかは、作った人に聞くしかないので」
「……裏は、送ってなかったです」
「なかったですね。だから五版目まで、自分で書くことにしました」
初版の裏だけが、白いままだった。
◇
黒瀬からは、内部便が一通来ていた。
うちでも定型文が三件出ました。三件で止まりました。
三件目を書いた本人が、自分で気づいたためです。
うちは、書いた紙が書いた本人に戻ります。配置後を見るのも同じ人なので。
規模が小さいことの利点は、これだけです。ただ、これは大きいです。
四行目まで読んで、直人は最後の一行を二度読んだ。
名取の十一件も、装備課の一覧も、書いた人の外で乾いていった、ということだ。
◇
直人は、三ヶ所ぶんを一枚に写した。
救難管制 書けない欄は、書ける形に変える。
月に一度、三件抜いて、理由から状況へ戻れるか試す
災害対策室 直した理由を、様式の裏に残す
暁星 書いた紙を、書いた本人に戻す
三つとも、直人の発明ではない。
三つとも、直人の様式より先へ行っている。
写しながら、それが嫌ではなかった。
三年前は、たぶん嫌だった。自分の紙を自分で直せないことが、悔しかったはずだ。
◇
「これ、十二部署に配りますか」
宇野が聞いた。
「配らないです」
「囲うんですか」
「配ると、また見本だけが複製されます。面談の行と同じことが起きます」
「名取さんは、自分で取りに来ましたよ」
「はい。だから、今度は見本だけ渡しません」
直人は、月次の末尾に一枚足した。
借りたい直し方の一覧(出どころ付き)
配るのではなく、載せるだけにする。取りに来た部署には、見本に三つを付けて渡す。
使っている条件。直した理由。実際に誰が対応しているか。
名取の十一件で足りなかったのは、見本ではなく、この三つのほうだった。
◇
打診の六人目は、しなかった。
三宅を見ていて、途中まで考えて、やめた。
引き抜けば、五版目の表に穴が開く。穴の開け方だけ上手くなっても、仕方がなかった。
しなかった打診は、しなかった、と手帳に書いた。理由ごと残しておかないと、来月の自分が、もう一度同じことを考える。
◇
週明けの月次で、記入の途切れた様式が二件出た。
使用中の欄は、十一から九へ動いた。
同じ週に、装備課から一通来た。復元の試験のやり方を教えてほしい。載せた一覧を、取りに来た最初の部署だった。
差出の課名を見て、直人は月次を確かめ直した。途切れた二件のうちの一件が、装備課だった。
直人は、月次の端へ二つ並べて書いた。
直し方の問い合わせ 一(装備課)
記入の途切れ 二(うち一件、装備課)
足し引きは、しなかった。問い合わせと記入は別の数字で、並べるだけで足りた。
直したい部署が、続けられない側にいる。理由は、まだ紙になっていない。
「載せて、取りに来た部署へ渡す。方針は、それでいいですか」
「いいと思います。ただ」
宇野は、一覧の行を指で押さえた。
「忙しい部署ほど、取りに来る余裕がないかもしれませんよ」
直人は、すぐに返せなかった。
取りに来られる部署から、順に直っていく。電話できる人から順に助かるのと、同じ形が、ここにもできる。
「……答えは、まだないです」
「なくていいです。その質問ごと、月次に書いておいてください」
答えのない問いが、月次に一行増えた。
増えた行の隣で、装備課の途切れだけが、理由を待っていた。




