日付は、書いてありました
電話は、装備課から回ってきた。
「面談の申し込みが来たんですけど」
後任の担当だという声は、若かった。
「面談って、どうやるんですか」
「様式に、申し込めます、と書いてありますよね」
「書いてあります。書いてあるんですけど、うちに、やる人がいないです」
後任は、着任して三週間だという。
引き継いだ項目は十七あって、断りの様式は覚えた。面談のやり方は、十七項目のどこにもなかった。
直人は、受話器を持ったまま、書棚の見本を見た。
三ヶ月前に配った見本には、面談の行がそのまま入っている。行だけが、十一部署に複製されていた。
「引き継ぎます。経緯を送ってください」
◇
訓練課への返事は、この電話の前日に出してあった。宇野が切った期限の、前日でもある。
書く前に、七件の、次の期の受付日を並べた。
近い二件は月割りから外し、先に確かめる。結果が変わるなら、次の期に間に合わない。
残る五件は、記録の確かめ直しだ。月に一件、今月ぶんから五回の月次に分けませんか、と書いた。
五回かかる。かかるが、時間が出たら、よりは近い。月に一件なら、千二百件の隙間に入る。
名取からは、一行だけ返ってきていた。それなら、できます。
◇
園田、という名前だった。三十歳。索敵D。八年目。
四ヶ月前に、第一層巡回班への転換を申請して、不採択になっている。
理由は装備の適合だ。巡回班の装備基準に、本人の登録装備が合わない。
理由の欄は、根拠へ戻れた。基準は公開されていて、型番を見れば誰でも同じ判断になる。
次に確認する日も、入っていた。装備更新の補助枠が、次に開く日だ。日付には、意味があった。
その日は、三週間前に過ぎていた。
◇
開かれなかった経緯も、紙で追えた。
不採択を出した担当は、二ヶ月前に異動している。
確認待ちの一覧は、前任者の引き出しに残っていた。後任は、一覧があることを知らなかった。
引継書も見せてもらった。十七項目ある。
断りの様式の運用は、載っている。確認の一覧を開く、という仕事は、どこにも載っていない。
誰かが隠したのではない。仕事が、表に載っていなかっただけだ。
載っていない仕事は、人が替わると消える。
◇
園田には、直人が電話をかけた。
「再配置支援室の相馬です。装備課から、面談の申し込みを引き継ぎました」
「……面談、できるんですか」
「できます。その前に、一つ言います。次に確認する日を、こちらの側が開きませんでした」
「知ってます」
「はい」
「言われた日まで、待ちました」
直人は、言い訳を挟まなかった。
「三週間、過ぎてました」
「過ぎてました」
「そのあいだ、電話しなかったのは」
「順番があると思ったので」
「順番」
「遅れてるだけで、回ってくるんだと思ってました」
直人は、ペンを止めた。
順番は、なかった。あったのは、誰も開かない一覧だった。
順番を信じた人が、一番長く待つ。
園田のほうから、話を戻した。
「枠、もう終わりましたか」
「まだです。締切まで、九日あります」
電話の向こうで、息を吐く音がした。長い息だった。
◇
「九日後の前日に、もう一度日付を入れます。今度は、こちらからかけます」
「……分かりました」
園田は、そこで少しだけ間を置いた。
「一応、書いときます」
「書いてください」
自分でも書いておく、という言い方を、直人はそのまま記録に写した。
日付は、前も書いてあった。書いてあって、開かれなかった。書いておきます、は信用の言葉ではない。保険の言葉だ。
そうさせたのは、こちら側だった。
◇
面談そのものは、装備課の後任がやることになった。
根拠へ戻れる件だからだ。基準と型番を並べれば、決めた本人でなくても説明できる。
直人がやったのは、後任の隣で説明の順番を一度組んだことと、日程を押さえたことだけだ。
説明は四十分で終わり、園田は補助枠の申請書を持って帰ったという。
結論は変わっていない。装備が基準に合わない、という判断は、四ヶ月前から正しいままだ。
変わったのは、九日が誰の予定に載っているか、だった。
◇
「これ、うちで直せますか」
後任が聞いた。
「直せます。候補も出せます」
「出してください」
「その前に、要るものがあります」
「何ですか」
「今の当番が、何をどこまでやっているかです」
後任は、当番表の裏にある運用のメモを出してきた。月初の点検、期ごとの募集事務、日々の検査。
直人は、それを読んでから、その場で二つ書いた。
案一 月初の点検当番が、確認待ちの一覧を開く(月に一回)
案二 補助枠の募集日に合わせて、募集の担当が開く(期ごと)
「どっちがいいですか」
「決めるのは、装備課です」
直人は、紙を後任のほうへ向けた。
「決めるための材料は、これで足りますか」
「……足りると思います。持ち帰ります」
持ち帰ります、が今日の答えだった。
載せる場所を決められるのは、その表で働いている人だけだ。
◇
柏木は、その日が協力日だった。
四十六件の一覧の整理から顔を上げて、電話の終わるのを待っていた。
「今の、日付が過ぎてた件ですか」
「過ぎてました。三週間です」
直人は、調べたことを話した。
引き出しの一覧。十七項目の引継書。載っていなかった仕事。出した二つの案。
「直りますか」
「候補は出しました。決めるのは装備課です」
「直さなかったら」
「同じことが、また起きます」
「起きたら、また本人が電話するんですか」
「……そうなります」
「電話できる人は、いいですけど」
その先を、柏木は言わなかった。
言わなくても、六年ぶんの実例が目の前に立っていた。
◇
柏木は、四十六件の一覧に目を戻した。
しばらく、日付の列を上からたどっていた。指が、途中で止まった。
「相馬さんが休んだら、この紙も開かれないんですか」
答えは持っていた。持っていたから、出すのに時間がかかった。
「……開かれないです」
「誰か、これがあることを知ってますか」
「宇野さんは知ってます」
「開く日もですか」
「開く日までは、知らないです」
柏木は、一覧を机の真ん中へ押した。
「装備課と、同じ形です」
直人は、その一言を書き取った。誰が言ったかも書いた。
装備課の一覧は、前任者の引き出しにあった。当室の一覧は、直人の机の上にある。
場所が明るいだけで、形は同じだ。開く日を知っているのが、一人しかいない。
任期は、あと半年だった。
◇
宇野への報告は、その日のうちにした。
「同じ形が、ほかの部署にもあると思いますか」
「あると思います」
「探しますか」
「探しても、こちらからは見えないです」
直人は、そこは言い繕わなかった。
「見えたのは、園田さんが電話をくれたからです。くれなかった人の件は、今も見えてないです」
「では、何をしますか」
「毎月返す紙に、一行足します。確認日が過ぎている件はありませんか、と」
「聞くだけですか」
「聞くだけです。開くのは、向こうの表の仕事なので」
「うちの四十六件は」
「確認日を、受付の担当表へ移します。私がいない日は、当番が開きます」
「当番で決められない件は」
「宇野さんへ。開くことと、決めることは、分けます」
翌朝、日付は担当表に移った。開く日を知る人が、一人ではなくなった。
渡ったのは、開くところまでだ。決めるほうは、まだ直人の机にある。
◇
見本のほうも、直した。
面談の行に、申込先を足す。ただし、引き受ける中身は園田の件でやった形に合わせた。
面談の申し込みは、再配置支援室で受け付けます。
説明は、判断した部署と支援室の、どちらかが行います。
受付と振り分けは支援室。根拠へ戻れる件の説明は、判断した部署がやる。
期限の近い件は、先に確認する。園田の件で組んだ順番を、そのまま行にしただけだ。
「受けるのは、支援室の三人ですよ」
宇野が言った。
「受付は、です。説明まで全部ここでやるとは、書いてないです」
「件数は読めますか」
「読めないです」
「読めないまま始めるなら、見直す基準を先に決めてください」
直人は、一行足した。
説明と申請の準備が、その件の期限までに終わらない見込みが出た時点で、室長へ上げる。
「回らなくなってから、ではなく」
「なる前です。見込みなら、まだ動けるので」
宇野は、そこで判を押した。
◇
九日後の前日に、直人は園田へかけた。
「明日が締切です」
「書いてました」
「はい」
「……でも、かかってきたのは、初めてです」
「初めて、というのは」
「八年やってて、協会から日付どおりに電話が来たの、初めてです」
直人は、その言い方を園田の記録に写した。本人の発言として、日付を付けて。
成果の欄には、入れなかった。
八年で初めての一本が何だったのかを決めるのは、こちらの欄ではない。ただ、言われたことは、次にこの紙を開く人にも読める場所に置いた。
◇
翌々日、装備課から一行来た。
補助枠の申請、受理。締切の二日前。
結論は、まだ出ていない。枠に入るかどうかは、審査の側の話だ。
ただ、四ヶ月前に止まった転換の手続きが、締切の内側まで進んだ。
◇
月次の備考に、直人は一行入れた。
確認日が実行されなかった件 一件(他部署運用・発見の経緯は本人の申込)
発見したのが、こちらの追跡ではなく本人の電話だったことは、省かなかった。
省くと、仕組みで見つけたことになる。見つけたのは、待っていた人だった。




