確かめ方を、先に書きます
やることを、三つに分けた。
一 様式の使用は、止めない
二 根拠へ戻れない九件についてだけ、再確認を打診する。強制はしない
三 追跡の結果を、毎月、訓練課へ返す
期限の一週間を、二日残して出した。
「止めないんですか」
宇野は、一番の行を指した。
「止めると、去年に戻るので」
「では、放っておくんですか」
「放っておかないです。やることを三つに分けました」
「三つとも、強制がないですね」
「強制する権限が、こちらにないので」
「権限があったら」
「なくてよかった、と思ってます」
◇
打診の返事は、名取から三日で来た。
九件のうち、二件は再確認しました。順位は変わりません。
ただし一件は、順位に入らない理由を一行書けました。
残りの七件は、時間が出たらやります。
二件やって、一行書けた。千二百件を一人で捌きながらだ。速いほうだと思う。
問題は、七件のほうだった。
時間が出たら、には日付がない。
直人は、自分の四十六件を思い出した。
あちらには日付がある。日付があっても、来ると思っていない人がいた。
こちらには、日付そのものがない。来ると思う材料が、最初から配られていない。
約束の弱いほうから、薄くなっていく。
◇
月次に入れる数字を、部署別に出した。
数えたのは、様式で出され、写しが当室へ回った通知だけだ。紙にならない断りは、この外にある。
そのうえで、確認の日付が要る種類は限られている。管轄違いは、確認しても変わらない。
装備や研修の未修了は、時間と本人しだいで変わる。変わりうる側だけを、確認の対象に数えた。
十二部署・三ヶ月・様式で出された不採択通知 九百四十一件
うち、時間や本人の行動で変わりうる件 六百二件
次に確認する日の記載あり 百十四件
「一割九分です。概数です」
「部署別は」
「当室の運用分は、全件入ってます。低いところは、一割を切ります」
「一番低いのは」
「装備課です。五十二件のうち、五件です」
宇野は、装備課の行に印を付けた。
「様式は、一番早く取りに来たところですね」
「早く取りに来た理由が、件数の多さなので」
欄はどの部署にもある。複製したから、欄ごと付いてくる。
埋まるかどうかは、別の話だった。
◇
内部便が一通、届いた。
差出 救難管制室 水瀬玲奈
うちの綴りにも、定型文が一件出ました。三卓です。
対応は、こちらで始めています。
数え終わったら、まとめて持っていきます。
三行で終わっていた。
どう対応しているのかは、書いていない。数え終わってから来るのだろう。
直人は、返信に一行だけ書いた。分かりました。数え方は、そちらのやり方で。
◇
柏木が来たのは、週一日の協力日だった。
直人は、引き出しから封筒を出した。柏木の見立てが入ったままのものだ。
「答えが出ました」
「……早いですね」
「相手が動いたので」
柏木が三年連続の申請者に立てた見立ては、直人も読んでいない。
本人が、自分で封を開けた。中の一行を、机に置いた。
この人は、電話をかけてこない。
書いても変わらないと分かった人は、電話もしなくなるので。
◇
「かけてきました」
直人が言うと、柏木は一行から顔を上げなかった。
「訓練課にですか」
「訓練課にです。四十分話したそうです」
「何をですか」
「順位に入らない、の順位を教えてほしい、と」
名取からの報告は、几帳面な字で三枚あった。
順位の基準を、頭の中から出せる範囲で喋った。潜行年数。転換先の欠員。研修の空き。
相手は最後まで聞いて、切る前に一つだけ言ったという。
――それ、最初から書いといてください。
報告の最後に、名取は一行足していた。
書きます、と答えました。書けるとは言っていません。
柏木は、そこで顔を上げた。
「……順位表は、ないんですよね」
「ないです。名取さんは、頭の中のものを四十分かけて喋りました」
「去年までと、同じですね」
「同じです。紙で減った電話が、この件だけ戻ってきた、と言ってました」
◇
柏木は、自分の一行を、しばらく見ていた。
「外れました」
「外れました」
「この人、まだ諦めてなかったんですね」
「外れたのは、電話をかけない、というところまでです」
「……その先は」
「電話の中身からは、決められないです。順位の説明を求めた。分かっているのは、そこまでです」
柏木は、その線引きを咀嚼していた。
「私なら、かけてないです」
柏木は、一行の紙を裏返して、その裏に何か書き足した。
「先に書いておいて、よかったです」
「なぜですか」
「書いてなかったら、外れたことも分からなかったので」
◇
「頭の中の見立ては、あとから直るんです」
柏木は、裏に書いた字をこちらへ向けた。
外れ。理由 自分と重ねた。
「かけてきたと聞いた瞬間に、最初からそう思ってた気がしました。書いてなかったら、そのままそう思ってました」
「はい」
「だから、次も先に書きます。読む前に、自分の見立てを書いて、伏せておきます」
直人は、一つだけ確かめた。
「電話が来なかったら、どう書くつもりでしたか」
「かけてこなかった、と」
「それは、諦めた、になりますか」
柏木は、答えるまでに時間を使った。
「……ならないですね。かけてこなかった、までです」
「はい」
「予想は書けるようになりました。確かめ方は、まだです」
何を見るかを先に決める。形は、三年使ってきた一段目と同じで、向きだけが逆だった。
教えた覚えのないものが、教えた形の隣に生えていた。
直人は、そのやり方を書き取らなかった。
かわりに、聞いた。
「それ、様式にしますか」
「しないです」
「なぜですか」
「まだ、一回しか外れてないので」
帰りぎわに、柏木は封筒を机に残していった。外れた見立てと、裏の一行が入ったままだ。
「置いていくんですか」
「置いていきます」
「使い道は」
「外れた記録なので。捨てると、当たった記録しか残らないです」
直人は、封筒の表に受け取りの日付を書いて、引き出しに戻した。
引き出しの中で、外れの記録が一件になった。増えるかどうかは、柏木しだいだった。
◇
様式A三一七の派生は、十二件になった。使用中は十一件。停止は、暁星の一件だけだ。
新しいのは、提携医療機関の受入調整の分。断りの様式だけが増える流れは、変わっていない。
一番広がった月に、確認日の記載は一割九分で、七件には日付がない。
一番増えた月に、一番薄いところが見えた。
◇
三つ目の対応の初回分を、訓練課へ送った。
十一件のその後だ。電話が一件。再確認の希望が一件。動きのない件が九件。
一枚に収まる量だったが、送る前に二度読んだ。動きがない、という書き方が、九人それぞれの事情に見合っているのかは、分からないままだ。
名取からは、受領の一行だけ返ってきた。
初回はそれでいい。毎月続けば、行が増えるか減るかが見えてくる。
◇
打診は、四人目と五人目が終わった。
二人とも断ったが、断り方が変わってきた。
四人目は、考課はどうなりますか、と先に聞いた。
「参考資料までです。項目には、まだ入らないです」
「入る見込みは」
「宇野さんが人事と話してます。年度内、としか言えないです」
「じゃあ、年度内にまた聞きます」
五人目は、条件が出たら考えます、と言って帰った。
条件を聞いてから断る人が、二人続いた。桑原の言葉が、どこかで回っているらしい。
四人目のは、日付のある断りだった。時間が出たら、よりは近い。
◇
月次を締める日に、宇野が七件の行で止まった。
「時間が出たら、は日付ですか」
「日付じゃないです」
「じゃあ、来ないです」
直人は、言い返さなかった。
時間が出たら、が来た例を、一件も持っていなかった。
「来ない前提で、何をしますか」
「考えます」
「期限は」
「……一週間で」
宇野は、月次の端に日付を書いた。二度目の期限だった。




