↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
36/57

同じ理由が、十一件ありました

 廊下から見えた、と平川は書いていた。


 見に行くと、たしかに廊下から見えた。

 新人訓練課の掲示板の横に、発送前の通知が箱で積んである。一番上の一枚の理由の欄が、通りかかるだけで読める。


    現時点で、受講の優先順位に入らないため


 直人は、その場では何もしなかった。

 戻って、宇野に一枚の写しを見せた。発送前の箱から抜いてきたものではない。訓練課に照会して、正式にもらった写しだ。


     ◇


「同じ文の通知が、十一件あります」


 直人が言うと、宇野は写しを一度だけ読んだ。


「それだけなら、問題ないです」

「同じ文ですよ」

「同じ条件の人が十一人いれば、同じ文になります」


 宇野は、写しを返した。


「必須研修が終わってない人が十一人なら、理由は十一件とも同じです。文が同じことは、手抜きの証拠にならないです」

「……はい」

「調べるなら、別のことを調べてください」


 直人は、数え方を直した。


 文が同じかどうかではない。その人をその条件に当てた根拠へ、戻れるかどうかだ。

 三ヶ月前、自分で書いて配った三行の、二番目に入っている。種類ごとに、戻れる資料を決める。


     ◇


 訓練課へ行く前に、もう一つ手続きをした。


 柏木への協力依頼だ。出したのは宇野で、紙に条件が並んでいる。


    協力依頼  柏木悟 殿


      期間  三ヶ月

      頻度  週一日まで

      内容  記録整理の補助。扱うのは、氏名を除いた一覧と様式の写しに限る

      謝礼  協会の規定額による


「探索の仕事と、両立できる範囲ですね」

「できる範囲にしました。できない範囲を頼むと、断られたときに、こちらが何も学べないので」


 柏木は、その場で名前を書いた。


     ◇


 新人訓練課は、名前と中身が合っていない部署だ。


 扱っているのは新人だけではない。職種の転換研修も、ここが窓口になっている。

 防御職が索敵へ移る。攻撃職が整備へ移る。移る前に受ける基礎研修の、受講可否を決める。


 落ちれば、移る入口が閉じる。

 再配置の紙がどれだけ整っても、この研修に入れなければ、先がない職種がいくつもある。


 担当は、名取という女性だった。

 四十代で、机が一つ。受講申請は年間で千二百件を超える。受け入れの枠は、期ごとに二十だ。

 千二百件を、この人が一人で捌いている。


「同じ文が十一件、というお話でしたよね」


 名取は、こちらが切り出す前に言った。


「様式をもらったとき、書き方の三行も読みました。守れてない自覚はあります」

「三行目ですか」

「三行目です。戻れない種類は、条件にしない。うちの理由は、戻れないです」


 名取は、机の引き出しから古い付箋の束を出した。電話の伝言メモだ。


「去年まで、これでした」

「伝言ですか」

「どうして落ちたんですか、って電話です。答える紙がなかったので、全部その場で喋ってました」

「一件、何分ですか」

「長いと四十分です。切ったあとに、次の電話が鳴ります」


 様式を取り寄せたのは、名取自身だった。六通のうちの一通が、この人だ。


     ◇


 直人は、十一件を一件ずつ確かめた。


 二件は、戻れた。必須研修の未修了で、修了記録を見れば誰でも同じ判断になる。

 九件は、戻れなかった。優先順位に入らない、と書いてあるが、順位表がどこにもない。


「順位は、どこにありますか」


 聞くと、名取は自分の頭を指した。


「ここです」

「基準は」

「あります。言えます。書いてないだけです」


 直人は、その言い方に覚えがあった。

 三年間、直人も同じ場所に基準を置いていた。八十七件が来た日まで、それで足りていた。


 足りなくなった日のことも、覚えている。

 基準を紙にするのに、直人は三ヶ月と、二人の他人が要った。名取は、まだ一人だった。


「私も、同じやり方をしてました」

「でしょうね」

「なぜ分かりますか」

「書いてない人は、書いてない人を見ると分かります」


     ◇


「一つ、先に言っておきます」


 名取は、発送前の箱に手を置いた。


「去年までは、何も出してないです」

「はい」

「落ちた人には、何も届かなかった。今年は、理由と、次の期の受付日が届きます。十一件ぶん、去年より良くなってます」


 直人は、そこは認めた。


「通知が届くようになったのは、改善です」

「でしょう」

「検討されたか確かめられない点は、まだ残っています」


 名取は、嫌な顔をしなかった。箱の上の一枚を、指で揃えただけだった。


「両方、そのとおりです」


     ◇


 必須の欄は、十一件とも埋まっていた。判断した者の名前も、全部入っている。

 埋まっているのに、九件は理由を追跡できない。


 埋まっていることと、戻れることは、別だった。


     ◇


 柏木は、写しの束を日付順に整理しながら、途中で一度、手を止めた。


「これ、私がもらった紙と同じ文です」

「文の型は、同じです」

「型まで売ったんですか」

「見本を付けたので」


 柏木は、そのうちの一枚を長く見ていた。氏名は伏せてある。見えるのは、申請の回数と自由記述の行数だけだ。


「この人、三年連続で申請してます」

「してます」

「自由記述が、毎年短くなってます。三行、二行、一行」


 柏木は、その一枚を置いた。


「これ、私と同じです」


     ◇


「同じ、というのは」

「書いても変わらないって、分かっていくんです。分かると、書けなくなります」

「柏木さんは、そうでした」

「そうでした」

「この人も、そうだと」

「そうだと思います」


 直人は、そこで止めた。


「確かめ方を決めてから、確かめてください」

「……どうやってですか」

「それを決めるのが、確かめ方です」


 柏木は、しばらく写しの束を見ていた。

 それから、メモ帳を一枚破って、何か書いた。書いたものを二つに折って、直人へ渡した。


「見立てを書きました。合ってたか、あとで教えてください」

「今、見ていいですか」

「見せる用じゃないです」

「では、何のためですか」

「私が、あとから書き換えないためです」


     ◇


 帰りに、教育課の前を通った。


 平川は、資料の山の向こうにいた。顔を上げて、こちらを見て、何か言いかけて、やめた。

 直人のほうから言った。


「便箋、助かりました」

「……見ただけですけど」

「見ただけのことが書いてあったので、使えました」


 平川は、少し考えてから、うなずいた。


「憶測を書くと、七枚になるので」

「二枚の本体と、七枚の別冊ですね」

「あれとは違います。あれは、読まなくていいほうです。今回のは、読んでもらうほうなので、一枚です」


     ◇


 直人は、折られた紙を胸ポケットに入れたままにした。


 訓練課には、その日は何も足さずに帰った。欄も、様式も、助言も足していない。

 名取の頭の中の順位表を、その場で全部紙にしろとは言わなかった。全部を一度に書かせれば、千二百件の処理が止まる。


 ただ、全部か、何もしないか、の二択ではないはずだった。

 小さく始める形を持たずに来たのは、こちらの準備の問題だ。持ち帰って、分けることにした。


 地下二階へ戻って、数える紙を一枚作った。


      根拠へ戻れる通知  二件

      戻れない通知    九件


 九件を、誤用とは書かなかった。

 書けるのは、戻れない、というところまでだ。


     ◇


 夜に、宇野が紙を見に来た。


「戻れない九件、どうしますか」

「まだ決めてないです」

「止めさせますか」

「止めさせないです」

「理由は」

「止めると、名取さんは付箋に戻ります。付箋は、九件どころか千二百件が戻れないです」


 宇野は、紙の端に日付だけ書いた。


「決めるまでの期限です」

「一週間ですか」

「一週間です。決めないことを決めるにも、期限は要ります」


 直人は、胸ポケットの折られた紙を、机の引き出しに移した。

 封筒に入れて、表に日付を書いた。柏木が見立てを書いた日の日付だ。


 開ける日のほうは、まだ書けなかった。

 いつ答えが出るのかは、あの一枚の相手が決めることだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。