断る様式だけが、よく売れる
様式の照会が、一週間で六通来た。
六通とも、断りの様式だった。配置案の様式を聞いてきたところは、一件もない。
四通は番号だけを聞いてきた。残りの二通は、書き方の見本も欲しいと書いてある。
見本を送ると、二通とも同じところを聞き返してきた。
――該当する条件を印字、とありますが、条件はどこにありますか。
◇
「配置の様式は、聞かれないんですね」
直人が言うと、宇野は月次の紙から目を上げなかった。
「毎日やることのほうに、様式は要ります」
「配置も、毎日やってます」
「件数が違います。断るほうは、うちだけで月に百三十件です」
「十二部署なら」
「その十倍はあるはずです。全部が紙になってるわけじゃないですけど」
「はず、ですか」
「概算です。数えたのは、うちの分だけなので」
条件は、直人の頭の中にある。
書き出そうとして、二時間かけて十九行書いた。書いてから、全部消した。
十九行は部署ごとに違う。装備課の条件と、新人訓練課の条件は、一つも重ならない。
重なっていたのは、条件そのものではなく、作り方のほうだった。
直人は、その三行だけを返信に付けた。
条件の作り方
一 断る理由の種類を、先に数える
二 種類ごとに、戻れる資料を決める
三 戻れない種類は、条件にしない
※条件そのものは、各部署で作ってください。こちらでは作れません。
◇
数え方も、先に書いた。
番号の数だけを数えると、来月から動かせなくなる。番号は、取ったら消えない。
使用中 直近三ヶ月に、記入のあるもの
停止 登録は残っているが、直近三ヶ月の記入がないもの
※暁星戦術指揮は独自版へ移行済み。登録は残るが、使用中には数えない
この定義で数え直すと、登録九件、使用中八件、停止一件になった。
二ヶ月で四件増えている。装備課、登録課、新人訓練課、救護待機所。四件とも断る件数の多いところで、それ以外に共通点はなかった。
◇
二ヶ月ぶんの数字を、月次に書いた。
断りの紙 二百七十一件
面談を申し込まれた件 十七件
うち、結論が変わった件 二件
「十七件のうち、二件ですね」
「二件です」
「残りの十五件で、何が残りましたか」
直人は、答えを探した。
「……出てないです」
「出てないんですか。それとも、書いてないんですか」
直人は、すぐに返せなかった。
三ヶ月前、都築稜の配置は変わっていない。変わらないまま、一行だけ残った。眠れないのは夜勤の翌日ではなく、前日だ、という一行だ。
あれを書く欄は、当時も様式になかった。紙の端に足した。
「都築さんのとき、配置は変わらなかったですよね」
「変わらなかったです」
「何か残りました」
「残りました」
「あれ、どの欄に入ってますか」
直人は、様式を出した。結論の欄と、判断した者の欄と、次に確認する日の欄がある。
都築の一行が入る場所は、どこにもなかった。
「ないですね」
「ないです」
「じゃあ、月次の表からは拾えないです」
「拾えないです」
「面談の記録のほうは」
「三人に戻して、確認します」
直人は、そこで一度、区切った。
「残っていない分は、不明のままにします」
「不明と、ゼロは分けて書いてください」
「分けます」
◇
三日かけて、三人に戻した。
拾えたものが、四件あった。
一人は、様式の余白に書いていた。都築のときに直人がやったのと、同じやり方だ。
もう一人は、書いていなかったが、覚えていた。聞くと出てきた。
残りの十一件は、不明のままにした。
欄がないから書けない、のではない。余白には書ける。書いた人も、現にいる。
問題は、余白に書いたものが、月次まで上がってこないことだった。
宇野は、月次の備考の行に、四件と十一件を分けて入れた。
◇
変わった二件のほうは、種類が違った。
一件は、生活条件だ。電話で読み上げても出なかったことが、三時間で出た。
もう一件は、こちらの読み違いだった。参照していた等級表が、二年前の版のままだった。
「この一件は、次から版番号で防げます」
宇野が言った。
「防げます」
「面談じゃなくてもいいですね」
「よくないです。今回は、面談で見つかりました」
言ってから、分かった。違う話をしている。
宇野は防ぎ方の話をしていて、言い返したのは、三時間の側だった。分かっていて、口が先に動いた。
「見つけ方と、防ぎ方は別です」
「……別です。防ぎ方のほうを、先に作ります」
「もう一件は」
「あれは、まだ短くできないです」
◇
追跡票が一通、戻ってきた。
配置から三ヶ月経った人に、協会が自動で送る書式だ。処理したのは査定部で、支援室の件ではない。
写しが回ってくるのは、当室が申し送りを付けた件だからだった。
自由記述の欄に、二行ある。
五年前の記録に理由が書かれていない、と申し送りがありました。
あれ、誰が書いたんですか。
◇
その人が来たのは、三日後だった。
ドアは開いていた。入ってきてから、名乗るまでに間があった。
「あの、相馬直人さんは」
「私です」
「柏木です」
名乗ってから、もう一度言い直した。名字だけでは足りないと思ったらしい。
「柏木悟です」
三十五歳。攻撃C。十二年目。
入口から二歩だけ入って、それ以上は進まない。椅子を指してから、さらに四秒かかった。
「書いたの、相馬さんですか」
「私です」
「なんで書いたんですか」
「書いてないことが、六年残っていたので」
柏木は、そこで少し止まった。
「……六年ですね」
「六年です」
「五年だと思ってました」
直人は、当時の記録を出した。六年前の紙で、三行しかない。
単独行動を希望。本人の適性に合致。
「これ、見たことありますか」
「ないです」
「一度も」
「見せてもらう欄が、ないので」
◇
柏木は、その三行を二回読んだ。読み終わってから、三行目に指を置いた。
「合致、って書いてありますね」
「書いてあります」
「当時は、合ってました」
「はい」
「今は、どうですか」
直人は、そこは自分で答えなかった。
「そこは、柏木さんが答えるところです」
「……今回の査定まで、聞かれたことなかったです」
「六年、ですね」
「六年です」
「あの申し送り、そのあとどうなったんですか」
柏木が聞いた。
「査定部が、六年前の三行を資料から外しました」
「消したんですか」
「消してないです。今も単独向きだ、と決める材料には使わない、という扱いにしました」
「……扱いが変わっただけですか」
「変わったのは扱いです。中身は、そのままです」
柏木は、その言い方をしばらく持っていた。
「じゃあ、聞き直されたんですね。単独がいいかどうか」
「聞き直されました」
「はい。二週間、考えました」
◇
「今は、何をやってますか」
「二人組の斥候です。先に入るほうをやってます」
「どうですか」
「うるさいです」
「うるさい」
「後ろの人が、ずっと喋ってます」
柏木は、そこで初めて口の端を動かした。
「六年、誰も喋らなかったので」
◇
帰りぎわに、机の上の束を見た。その日ぶんの断りの紙が、十一枚ある。
「これ、全部そうですか」
「そうです」
「一日でですか」
「一日でです」
柏木は、束の高さを目で測っていた。
「この人たちも、自分には別の働き方がないと思ってるんですか」
直人は、答えを持っていなかった。
断った件に、そういうことを聞く欄はない。聞いたこともなかった。
「……分からないです」
「分からないんですか」
「聞いたことがないです」
「六年前の私は、思ってました」
◇
また来ます、とだけ言って帰った。何をしに来るのかは、言わなかった。
直人は、机の上の十一枚を見た。十一人ぶんある。
どの紙にも、条件と日付と、判断した者の名前が入っている。入っていないものを、柏木が置いていった。
◇
打診の一覧は、三行埋まった。
二人目 査定部 断られた理由 人事考課の項目に入っていない
三人目 登録課 断られた理由 向いてないと思う
二人目は、考課の項目を最初に確認してきた。入っていない、と答えた。
三人目は、断りの紙を五枚読んでから断った。読んだ時間は、二十分あった。
二人とも、桑原と違うことを言っている。ただ、行き着く先は同じだった。
断る仕事は、やっても件数しか増えない。増えた件数が評価に入る欄は、どの部署にもなかった。
◇
月次の報告日に、宇野が三つ目の欄を見た。
「三人ですね」
「三人です」
「こちらから出せた条件は」
「まだです」
「では、そこも空欄で出します」
宇野は、空欄のまま判を押した。
◇
その日の夕方、装備課から二通目が来た。
様式の件ではない。件名に、ゲート前装備検査所、と入っている。
装備検査補助の有期契約について、更新の可否を検討しています。
参考意見があれば、今月中にお願いします。
直人は、日付を見た。三月まで、あと三週間だった。




