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一年で、次の人を決めます

 封をしたのは、朝だった。


 昨日はしなかった。書けたことと、出すことは別だと思っていた。

 一晩置いて、変わったところは一つもない。第一希望の欄も、条件の行も、昨日のままだ。


 変わったのは、出す気になったことだけだった。


     ◇


 十七階で、東堂は封を切らずに一度こちらを見た。


「中身を読む前に、聞いておきます」

「はい」

「昨日、君を室長にしない、と判定しました」

「はい」

「不満は」

「ないです」

「それを先に聞きたかったので」


 東堂は、そこで封を切った。


    第一希望  不採択の担当


      条件  仮承認の一年後判定日までに、次の担当を決めること


 手が、二行目で止まった。


「条件を書く欄は、ありません」

「作りました」

「様式を勝手に足しましたね」

「足しました。理由も書いてあります」


 裏に、一行ある。


    足した理由  この欄がないと、一年後に私が残る理由が、私の側にしかなくなるので。


     ◇


「一年、というのは」

「仮承認の一年後判定日までです」

「就任の日からではないんですね」

「判定の日に、二つ揃っていたほうが数えやすいので」

「二つ」

「部署を常設にするかどうかと、私が要るかどうかです」


 東堂は判を押した。押してから、紙を戻さずに続けた。


「決まらなかったら、どうしますか」

「決まらなかった、と書きます」

「書いて、どうなりますか」

「次の人が、決まっていないところから始められます」


 東堂は、そこで首を振った。


「戻しません」

「何をですか」

「決まらなくても、君が一人で続ける形には戻しません」

「では、誰が」

「その場合の引継ぎ先も、期限までに決めてください」

「二つ決めるんですか」

「二つです。次の担当と、決まらなかった場合の行き先です」


 東堂は、封筒を机の引き出しへ入れた。


「これは、こちらで保管します。一年後に、私が読み返すので」


     ◇


 宇野瑠衣が室長になったのは、その翌月だった。


 地下二階に降りてきたのは辞令の出た日の午後で、手ぶらだった。

 部屋の真ん中に立って、机を二つ数えてから座った。相談者側ではない。


「私が見ます」

「はい」

「見られるのが、嫌ですか」

「慣れます」

「慣れるまで、何ヶ月ですか」

「……分からないです」


 宇野は、その答えのほうが良い、という顔をした。


 所属の紙は一枚だけだ。部屋も、机も、椅子も変わらない。変わったのは、直人の上に一行入ったことだった。


    再配置支援室


      室長      宇野瑠衣

      不採択担当   相馬直人


     ◇


「出してもらうものを、三つ決めます」


 宇野は、その場で書いた。


    毎月、室長へ提出するもの


     一 断りの紙の件数

     二 面談を申し込まれた件数と、結論が変わった件数

     三 次の担当の打診状況


「三つ目は、私の欄ですけど」

「一年で決める、と書いたのは、あなたです」

「書きました」

「書いたものは、毎月数えます。そういう手順です」


     ◇


 初日に処理したのは、十四件だった。


 通知を出したのが十三件。残りの一件は、通知を出していない。

 条件が三つとも当たった。記録に本人の言葉が一行もなく、生活条件の欄が空いていて、電話を足しても結論が割れる。


 三時間を配る件だ。判断そのものが、まだ決められない。


 所要は三時間十六分。一件あたり、平均で十四分かかっている。

 そのうち判断に使ったのは半分もない。残りは、どの条件を印字するかを選ぶ時間だった。


     ◇


 断りの様式は、三ヶ月前に作ったものがそのまま使われている。


    不採択通知


      あなたの申請は、今回の順位に入りませんでした。

      入らなかった理由は、次のとおりです。

        (該当する条件を印字)

      次に確認する日  (日付)


      この判断が違っていると思う場合は、面談を申し込めます。

      聞きたいことが決まっていなくても、申し込めます。

      配置が決まったあとも、三ヶ月後と一年後に、協会から確認の書式が届きます。


      判断した者  相馬直人


 項目を数えると、十一あった。三ヶ月前は七つだ。増えた四つは、全部あとから足したものだった。


     ◇


 十四件目の紙を、直人は宇野へ回した。


「これ、私がやったほうが早いです」

「早いです」

「では」

「早いのは、あなたが三年やってるからです」


 宇野は、受け取ってから上に一枚置いた。面談の担当表だ。


「面談は、支援室の三人で回します。あなたは入っていません」

「入れてください」

「入れると、この三人が育たないです」


     ◇


 直人は、その一件の番号だけを控えた。


 三時間を配ると決めたのは直人で、配られた三時間をやるのは別の人になる。

 三年間、その二つは同じ仕事だった。今日から、別の欄に分かれている。


 その人のことは、記録で知っている。等級も、年数も、いつ何を申請したかも読んだ。

 読んだうえで、会わないと決めたのではない。会う件だと決めて、会うのが別の人になった。


 三年間、決めた人が会っていた。決めた人が会わない形を、直人はまだ見たことがない。


     ◇


 夕方に、支援室の担当が面談の予定を入れた。来週の火曜、十四時から三時間。


 直人の予定表には、その時間に何も入らなかった。

 空いている三時間は、断りの紙なら十二件ぶんになる。十二件ぶん、早くなる。


 早くなったぶんがどこへ行くのかは、月次のどの欄にも書いてなかった。


     ◇


 断った件の数え直しにも、二日かかった。


    継続して本人へ確認する件   四十六件

    記録として保存する件      一件

    回答期限の設定が残っている件  三件


 保存の側へ動かしたのは、二十九件目だ。確認の一覧から外して、保存の一覧へ入れる。

 様式の上では、欄が一つ動くだけだった。動かすのに四分かかった。


 紙のほうは、机の下の箱に入れた。保存へ入れると、毎週月曜の朝の一覧には、もう出てこない。

 直人は、蓋を横に立てて置いた。東堂が置いていった箱も、同じ形で机の横にある。


     ◇


 打診の一人目は、査定部の桑原という職員だった。


 三十代の後半で、簡易処理の試行を宇野の下でやっていた人だ。記録の読み方は速い。

 直人は、十五分かけて仕事の中身を説明した。断りの紙の書き方。条件の当て方。次に確認する日の入れ方。


「向いてないと思います」


 最後まで聞いてから、桑原はそう言った。


「理由を聞いてもいいですか」

「相馬さんがやるほうが、早いので」

「速さの話ですか」

「今の速さの話です」


 桑原は、そこは正確に言い直した。


「私がやると、一件に三十分かかります。相馬さんは十四分です」

「私も、最初は三十分でした」

「三年で、十四分になったんですよね」

「なりました」

「その三年を、誰が持ちますか」


 直人は、すぐには答えられなかった。


「三年、というのは」

「今の担当を続けながら覚えると、そのくらいかかります」

「はい」

「減らしてもらえる業務がないなら、私は手を挙げないです」

「減らす話は、していなかったです」

「していないです。だから、今日は断ります」


 桑原は、そこで初めて立ち上がった。


「条件が出たら、もう一度来てください」


     ◇


 直人は、十七階へ上がる前に、宇野のところへ寄った。


「条件を、こちらで作っていなかったです」

「作ります」

「私がですか」

「私です。人を出す側の話なので」


 宇野は、月次の紙を引き寄せた。三つ目の欄のところに、線を一本足した。


「打診の欄の下に、一行入れます」

「何をですか」

「こちらが出せる条件です。出せていない月は、そこも空欄になります」


     ◇


 夕方に、照会が一通来た。


   差出 装備課

   件名 断りの様式について


    うちでも使いたいです。

    様式番号と、書き方の見本をいただけますか。


 直人は、番号と見本を返信した。


 送ってから、見本のほうに書き方の説明が一行もないことに気づいた。

 どの条件をどう当てるかは、現物からしか読めない。三ヶ月やって、まだ紙になっていない。


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