断る仕事に、向いています
椅子が、四脚に戻っていた。
総務が朝のうちに二脚運んできて、伝票を置いていった。用途の欄に、査定のため、と書いてある。
期間の欄には、本日限り、と入っていた。
直人は、その二行を書き取った。
◇
九時に、四人が来た。
査定をするのは宇野。立ち会いが東堂。
材料を出すのが、玲奈と若宮蓮だった。
「四脚しかないですよ」
直人が言うと、若宮が壁のほうを指した。
「立ってます」
「座ってください」
「立ってるほうが、数えやすいので」
◇
若宮は、大学ノートを一冊持っていた。
表紙に、番号だけが振ってある。中身は、ゲート前の滞留記録だ。
三ヶ月前に玲奈が写してきたとき、三段目が空欄だった。
今日は、埋まっていた。
ゲート前 装備検査所 若宮蓮
見るもの 線の手前で三秒以上止まった人
残す 通行証番号と、秒数
使う 止まった人に、こちらから声をかける順番に
「使い道、決まりました」
「いつですか」
「先月です」
「何を見て決めましたか」
「止まった人が、そのあとどうなったかを見ました」
若宮は、ページをめくった。
「三秒以上止まった人の三割が、その月のうちに、また止まってます」
「二回目のほうが」
「長いです。平均で、一秒くらい」
◇
「もう一冊あります」
若宮は、二冊目を出した。
こちらは、通行証番号が一つしか入っていない。
「これ、相馬さんです」
「……私ですか」
「三ヶ月ぶんあります」
直人は、そのページを開いた。
来所 四十一日
線の手前で止まった日 十九日
止まらなかった日 二十二日
「なんで数えたんですか」
「数えるものが、あの線しかないので」
若宮は、そこは言い訳をしなかった。
「止まる日と止まらない日で、違うことがあるそうです」
「そこは、私が出しました」
宇野が、横から紙を出した。
「若宮さんからもらったのは、日付と秒数だけです。中身は見せてないです」
「はい」
「止まった十九日のうち、こちらに記録が残っているのが十四日ありました」
「記録、というのは」
「あなたのストップウォッチです。迷っている時間を書いてる、あの欄です」
宇野は、その紙を裏返した。
「十四日とも、一時間を超えてます」
◇
直人は、その十四という数字を見ていた。
ストップウォッチを買ったのは、宇野の机が運び出された週だ。それより前の日は、数字がない。
数字がある十四日は、十四日とも一致している。
線の前で止まる日と、机の前で止まる日が、同じ日だった。
◇
「もう一つあります」
若宮は、ページの端を折ったところを開いた。
「この日だけ、二十二秒止まってます。三ヶ月で一番長いです」
直人は、その日付を見た。
四十五枚に判を押した日だった。押すのに十二分かかって、途中で二回手が止まった日だ。
止まった時間は、机の上で一分四十秒。線の前では、二十二秒だった。
「線の前で何をしてたか、覚えてますか」
若宮が聞いた。
「覚えてないです」
「そうだと思いました」
「なぜですか」
「止まってる人は、たいてい覚えてないので」
◇
玲奈は、紙を三枚持ってきていた。
一枚目は、五ヶ所の様式の使用状況だ。今も動いているのが四ヶ所で、一ヶ所が独自版へ移っている。
二枚目は、六卓の綴りから抜いた、直人が救難管制へ照会を出した回数だった。
三年間 〇回
この三ヶ月 四回
「三年、一回もないんですね」
宇野が言った。
「ないです」
「送るだけは」
「送るだけは、たくさんしてました」
玲奈は、二枚目を置いてから、こう足した。
「相馬さんは、うちに一度も指示を出してないです」
「はい」
「出してないのに、様式が同じ形になってます」
◇
三枚目は、玲奈のノートの写しだった。
三ヶ月前、名前だけ書いて、その横が空いていたページだ。
相馬直人 未定
今日は、三段が入っていた。
相馬直人
見るもの 誰に時間を使わないか
残す 使わないと決めた理由
使う 次に、誰に使うかを決めるのに
「私、言ってないです」
「見てたので」
玲奈は、それ以上説明しなかった。
◇
宇野が、査定の紙を出した。
「先に、数字を出します」
あなたが名前を書いた紙 百十九件
配置案を出した紙 二十二件
断りの紙(不採択) 五十二件
会わないと決めた紙 四十五件
「百十九件のうち、配置案を出したのは二十二件です」
「はい」
「残りの九十七件には、断る紙か、会わない紙が出てます」
宇野は、その下に一行足した。
「配置した件より、断った件のほうが多いです」
「……はい」
「これから、もっと多くなります」
◇
「試験運用より前の三年ぶんも出しました」
宇野は、次の紙を出した。
三年間 配置が決まった件 八十九件
一件あたりの平均面談時間 二時間五十分
「三年で八十九件です」
「そうなります」
「同じ期間の申請は、一万件を超えてます」
宇野は、そこは言い方を変えなかった。
「配置が下手なわけじゃないです」
「はい」
「上手いから、一人に時間を使いすぎます」
◇
宇野は、査定の結論を書いた紙を、伏せたまま机に置いた。
「読み上げます」
相馬直人
全員を配置する仕事には、向いていない。
誰に時間を使い、誰に使わないかを決める仕事に、向いている。
配置しない理由を残す仕事に、向いている。
直人は、その三行を二度読んだ。
「一行目は」
「はい」
「三年やってきたことです」
「向いてない、と書きました。できない、とは書いてないです」
宇野は、そこで一度、紙の向きを直した。
「四千件規模でやると、向いてないです。二十二件なら、あなたが一番うまいです」
◇
三行を、もう一度読んだ。
三年間、直人がやってきたのは、一行目のほうだ。全員を配置する仕事。
二行目と三行目は、この三ヶ月で作った。作ったというより、作らされたほうが近い。
三行目だけ、書き方が違う。
配置しない理由を残す仕事、と書いてある。残す、と書いてあって、決める、とは書いていない。
「三行目、決める、じゃないんですね」
「そこは迷いました」
「迷った理由は」
「決めるのは、誰でもできます」
宇野は、そこは即答した。
「残すほうを、三年やってる人が少ないです」
◇
「その一言、三年で何回言いましたか」
宇野が聞いた。
「どの一言ですか」
「あなた、冒険者を辞めませんか」
直人は、答えを探した。
「数えてないです」
「これからは、言わない人のほうが多くなります」
「……はい」
「言わないと決めた人にも、紙は出るんですよね」
「出します」
宇野は、査定の紙を揃えた。
「じゃあ、あの一言は、半分しか仕事じゃなかったですね」
直人は、返事をしなかった。
◇
東堂が、そこで初めて口を開いた。
「判定を出します」
東堂は、判定書を机に置いた。三ヶ月前と同じ様式で、一番下に名前の欄がある。
再配置支援室を、常設の部署とする。ただし仮承認とする。
一年後に、使用状況を数え直したうえで、本承認の可否を判定する。
「部署にはします」
「はい」
「室長は、君ではないです」
◇
直人は、そこで一度、息を吸った。
「理由を聞いてもいいですか」
「三ヶ月前に、一人でやらない形を示せ、と言いました」
「はい」
「示したのは、君ではないです」
東堂は、玲奈と若宮のほうを見た。
「五ヶ所で回っているのは、君が指示していないものです。それは君の手柄ではない」
「……はい」
「手柄ではないから、制度として使えます」
◇
「室長は、誰ですか」
直人が聞くと、東堂は判定書を閉じた。
「来月決めます」
「候補は」
「言いません」
「宇野さんですか」
「言いません」
宇野は、そこは何も言わなかった。
ストップウォッチを鞄に入れて、口を閉じたままだった。
◇
「一つだけ、決めておいてほしいことがあります」
直人が言った。
「どうぞ」
「断った件の確認日が来たとき、誰が見ますか」
「まだ決まっていません」
「三ヶ月前も、同じ答えでした」
「同じ答えです」
東堂は、そこは動かなかった。
「決めるのは室長です。来月になります」
「確認日は、来月まで待ってくれないです」
「待たせません」
東堂は、そこは即答した。
「室長が決まるまでは、確認日が来た件を君が見てください」
「引継ぎ先は」
「来月、室長と一緒に決めます」
「決まらなかった場合は」
「そのときは、決まっていないと書いてください。空欄のままにしないで」
直人は、その言葉を書き取った。
書き取ってから、それが自分の欄ではないことに気づいた。書いたのは、東堂の言葉だ。
◇
三人が帰ったあと、若宮だけが残った。
二冊目のノートを、直人の机に置いていくつもりらしい。
「若宮さん」
「はい」
「三月に、誰に聞いてほしいですか」
若宮は、線の前で止まるときと同じ顔をした。
「相馬さんがいいです」
「私がいなかったら」
「……そこは、決めてないです」
「決めておいてください」
「はい」
若宮は、ノートを置いて出ていった。
三段目まで埋まったほうは、持って帰った。
◇
机の上に、判断保留の紙が残っている。
判断保留 相馬直人
理由 検証の結果が出た当日である。比較できる件が、ほかに一件もない。
次に確認する日 (本日の日付)
処理 担当
判断保留 水瀬玲奈
次に確認する日の設定 東堂啓介
――
直人は、結論の欄に二文字書いた。
結論 続ける
それから、空いていた三行目を埋めた。
結論 相馬直人
三人の名前が、縦に並んだ。
誰が何をしたかが、一行ずつ分かれている。並べて書くと、どちらに聞けばいいか分からなくなる。
十四年前の様式には、この欄そのものがなかった。
◇
机の一番下の引き出しを開けた。
協会の封筒が、四通立ててある。倒さないように指で押さえて、一番手前を抜いた。
中は異動希望調査票だ。第一希望の欄が、三年ぶん白紙のまま重なっている。
直人は、一番新しい一枚を出した。
第一希望の欄に、字を入れた。
書くのに、二分かかった。書いてから、二回読んだ。二回目は、直さなかった。
◇
ドアのところに、宇野が戻ってきていた。
ストップウォッチを忘れたらしい。机の端から取って、それから調査票のほうを見た。
「書けたんですね」
「はい」
「三年かかりましたね」
「三年と、三ヶ月です」
宇野は、その欄を読まなかった。
読める向きに置いてあったが、読まなかった。
「読まないんですか」
「担当じゃないので」
宇野は、ドアを閉めて出ていった。
◇
地下二階に、椅子が四脚ある。
夕方には二脚が戻される。伝票にそう書いてあった。
直人は、残りの二脚の位置を直してから、調査票を封筒に入れた。
封はしなかった。
出す先は、まだ決まっていない。




